第26話

 律は車へ戻ると、早速愛奈からの封筒を開いた。中には便箋と写真が1枚入っている。便箋に描かれた内容は以下の通りだった。



***


 律さんへ。


 幼馴染が突然長旅に出かけようと言ってきたため、そちらへ出かけてきます。行先は何度尋ねても、「秘密」と言って私にも教えてくれませんでした。


 ヒントと言って渡してくれたのがこの写真で、森の奥にあるコテージへ行くようです。この写真を見た時に、私はここが事件現場であることを思い出しました。恐らく、私はここで殺されます。犯人はやっぱり思い出せないですが……。


 本当は直接お話をしたかったのですが、幼馴染がそれを許してくれません。大家さんに挨拶を行くという体で律さんにこの手紙を渡したのはそのためです。


 最悪、私が殺されることになっても構いません。どうか、犯人を捕まえてください。


 愛奈より。



***


 律は便箋を読み終えると、写真を改めて見た。その写真には、森の中にある目立った特徴のないコテージが写っている。コテージの名前はなく、コテージの場所を表すヒントとしてMYと描かれたロゴの入った看板が少し端に写っている程度だ。


「MY――どこかで見たことのあるロゴだな」


 律はそう呟くと、顎に手を当てた。


 ――確か、何年か前に行った美術展の協賛社紹介のところで見かけた気がする。


 律は協賛社に興味がなかったこともあり、それが何の会社だったのか全く思い出せなかった。思い出せたのは、その美術展は森雄介の個展だったということ。


 雄介とは彼の息子が殺された事件以来会っていない。律は彼に連絡を取ってみることにした。



 雄介に連絡すると、久しぶりに会って食事でもどうかと誘われた。今は一刻も早く愛奈の元へ行きたかったが、ひとまず情報収集が先だと本日の昼食を彼と約束する。


 約束した場所は小洒落たレストランだった。


「律君、久しぶりだね」


「お久しぶりです」


 久しぶりに会う雄介は相変わらず整った顔立ちをしていたが、長男である森康太が亡くなったこと、康太が慧の描いた絵を自分の絵として発表し受賞したこと、など処理しなければいけない問題が多いのか、やや疲れたような顔をしている。


「それで、私に聞きたいことがあると言っていたね」


 早速本題に入った雄介。律は愛奈からの封筒に入っていた写真を取り出した。


「このマーク、見覚えありますか?」


 雄介は写真を手に取りよく見る。そして、何のマークか分かったのか、「ああ」と言うと写真を律に返した。


「マツヤグループのマークだね。私の個展に協賛してくれた会社だ。今度、息子――次男の慧が開く個展にも協賛してくれているよ」


 マツヤグループといえば、ホテルを始めとする宿泊施設を経営している大企業だ。この写真のコテージも、恐らくそこが管理しているのだろう。


 しかし、大企業ゆえに似たようなコテージがたくさんあると考えられる。端からあたっていくほど時間に余裕はなかった。


「このマークがどうかしたのかい?」


 不思議そうに尋ねる雄介に、律は曖昧に笑って誤魔化した。


「この写真のコテージが素敵だなと思いまして。ぜひここへ行ってみたいんですが、マツヤグループ関係の人を紹介してもらえたりしますか? 明日からもう忙しくなるので、その前――今日中に予定を立てたくて」


 若干無理があるような話だったが、探偵という特殊な仕事柄を理解しているのか、雄介は納得したように頷く。


「なるほど。確かにマツヤグループのコテージはいい。自然が綺麗で癒やされると思うぞ」


 雄介はそう言うと、スマートフォンを取り出した。


「確か今日、慧がマツヤグループの上層部と話があると言っていたな。律君のお願いだし、そこで話ができるかかけあってみるよ」


 その返答に律は胸をなでおろす。ひとまずは、すぐにこのコテージの情報が得られそうだ。


 雄介は慧に電話をかけたようで、その場で話をし始める。そしてしばらくして話が終わったのか、スマートフォンをテーブルの上に置いた。


「今日の午後1時に打ち合わせがあるらしい。慧も律さんの頼みならって、快諾してくれたよ。場所は――」


 律は幸先のいい展開に期待を寄せながら、雄介から聞いた待ち合わせ場所をメモに取る。


「ありがとうございます。急なお願いで本当にすみません」


「いやいや、律君は息子――康太を殺した犯人を捕まえてくれたからね。これくらい当然のことだよ」


 その言葉に、律は静かに首を横に振った。


 ――康太の命は救えなかったのに。


 律はあの事件のことを思い出し複雑な心境に陥る。そういえば、あの事件の時、愛奈と出会ったのだ。


 何も話さなくなった律に、空気が若干重くなる。それを察したのか、雄介が話題を世間話に変えた。律はそのことをありがたく思ったのだった。


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