第12話 自己同一性の変遷

1.お品書き:未読歓迎

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本話は『叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼』関連エッセイです。シリーズを横断してうろちょろしている幽霊が見える公理智樹こうりともきと、不幸の申し子藤友晴希ふじともはるきが呪いの家に入ったり入らなかったりする話です(雑。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330657885458821

 それからストーカー関連の話はわりとよく書いている。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651205338087


 そんなわけで、今日のテーマは家の2章、橋屋家撲殺事件にあわせて『ストークする人々』を少しだけと最終話にむけて『同一性』について書いてみようかなと。

 刑法的なものも一度調べたことがあるんだけど、それだけだと無味乾燥でつまらないから、色々取り混ぜていこうかなと。

 このエッセイは本編を書くのにあたって、色々調べたところをブッパするお気楽エッセイです。にわかなので間違いがあればお気軽にご指摘くださいませ。


2.ストーカーの分類

 ところでストーカーってストーク(stalk)が語源なわけだけど、これはもともと狩猟用語で獲物を追い詰めるときに使われる語だ。で、何故ストーカーがストークするかという話なんだけど、ググれば色々分類方法は出てくるわけだが、多分まだはっきりとした指標はない、と思う。

 そして小説を書く上で、そんな分類なんて正直意味がないところではあるものの、主人公または主人公の対立軸にいるはずのそのストーカーにリアリティを持たせるには、やはりその心理というものは検討してもいいのかな、と思ったやつ。

 とはいえ、現実的な問題としては「相手が嫌がるのに続ける」というところに集約されると思う。嫌がるのに続けるってことは、あるストークする人自身の行動とか動機のなかに『他人がどう思うか』という視点を欠落しているのは間違いない。そうすると、ストーカーの中で相手の存在とは何なんだろうね。


 警察関係の文章でよく引用されているのは福島章の論考だ。その中でストーカー行為を精神病(本当に病)、パラノイド(勘助系)、ナルシスト(自己肯定目的)、サイコ(自己目的を自覚)、ボーダー(自他の区別がつかない)に分類している。

 なお、()内は僕の独自注釈なので間違ってるかもしれない。

 けれども他にも分類方法自体は色々ある。その行為の外形から分類して、有名人にストーキングするファン型(ジョン・レノンを銃殺したマーク・チャップマンとか)やエロトマニア(強固に好かれていると思い込まれる、いわゆる勘助)等。


 それでそのような分類があるんだな、というのを頭の片隅に置いて、どうやってキャラを動かすかを少し考えてみたい。

 主人公視点で現実的に解決したいなら、逃亡一択じゃないかな(証拠を押さえて警察に告訴して逃亡というのも含まれるけど)というのはさておき、基本的に病気ならば治療(措置入院ができるかどうかという問題?)だし、勘助だけなら勘違いと告げるのが解決の一助となるのではないかと思われる。

 ナルシストなら他に被害者を付け替えるの話が考えられるのかな。サイコは正直、諦めるしかないのでは。いや、最古はもうホラーにして殺し合いするしかないパターンじゃないか。

 ということで広いジャンルで使えそうなボーダーとストークの話にしようかと思う(強引)。どちらかというと境界性人格障害の過去からの扱われ方、といニッチで誰得な話。


3.自我の変遷

 そもそも境界性というからには境界があるわけです。それでは人格とはどのような捉えられ方をしてきたのか、という話をしてみる。

 学問としてではなく歴史の話をすると、外せないのがみんな大好き、大好き、大好き、大嫌い、なフロイトの話から。ネーミングセンスがストレートすぎることから微妙な評判を読んでいるフロイトさんなのですが、1番の功績は「無意識」という概念を医学的に打ち立てたことだろう。

 この辺は詳しい人は今更感はあるのだけど一応説明を入れておく。

 フロイトは意識と、意識が全く関与できない広大な無意識、その間の緩衝材的な前意識というのがあって、その緩衝材と無意識の間に存在する意識が全然認識できないし記憶にも残らない『抑圧』という壁があると考える。僕のイメージでは浸透膜。

 それで抑圧を超えて現れたものだけが意識として人が認識しているという区分。

 で、意識、前意識、無意識に対応するものが自我、超自我、エスなんだけど、どうも位置づけがおかしい気がするのだが、端的に言えば、生まれたばかりの時は無意識≒エスしかなく、教師的な役割として後天的に学習した道徳や理性といった前意識≒超自我を形成しつつ、この二者のバランスをとるためのアウトプット窓口として意識≒自我が存在する、という構造と思う。

 家の話は後々デカルトの話があるけど、哲学者が自我が存在するか否かという激論を机上で戦わせているのを考えると、臨床というのはそれだけで根拠となりうるのでとてもシュールである。


 それで僕は結局、フロイトが主張する心理モデルが正しいかどうかという話をしたいわけでは全くないので、話を進めます。

 なお、超自我は属する文化のなかで一定の規範を自己の中に確立することを目的としている、とされるのだが、名前はよく知られている幼児から大人になる過程論、口唇期とか肛門期とか男根期とかを通じて超自我が形成されていくわけで、そういう人間の心理的な成長過程のモデルを『心理性的発達段階説』と呼んでいる。

 やっぱもう少しソフトなネーミングにしたほうがいいのではないかと思う。


 さて、ようやく「同一性」という概念が出てくる。ようはアイデンティティだ。

 これはエリクソンという心理学者がフロイトの心理性的発達段階説ってのを発展させたもので、いわゆる青年期に明確に自己が自己であるという確信を得られると、その後の人生が精神的にはイージーモードになれるという代物だ。

 けれどもこれは、こうだったらよかったな、という話、だと思う。

 エリクソンの同一性を簡単にいうと、「自分は何者か、自分は何を成すのか、それから自己に対する社会の位置付けを肯定的かつ確信的に回答できる」状態にあることだ。

 具体的に言うと、

①俺は紛れもなく独自で固有な俺で、どんな状況でも俺が俺であることを俺が認めているし他人からも認められる。

②以前の俺も今の俺も一貫して全部俺と自覚してる。

③俺は集団に属していることに肯定的で、同じ集団の構成員からも俺が俺であることを認められている。

 強ぇ。


 日本人のメンタルには不可能に近いのではないかと思う。逆に病みそう。

 何故こんな発想に至っているのかといえば、この説が提唱されたのはアメリカの黄金期でみんな自信に満ち溢れていた時代だからだと思う。そもそも現代アメリカと比べても、コミュニティ感がすでに現代とは大分違う。

 つまり、この同一性論の出処は、当時の時代感だ。


4.同一性の不確実性

 やっと戻ってきた、境界性人格障害という病気について。

 簡単に言うと、自己像が不安定で対人関係に対して過敏に反応し、これによって極度の気分変動が発症する障害、とされている。

 現在でも原因は幼少期の各種ストレスが大きいとされている。違うとはいわないんだけどさ、どうも原因論については古典的な心理学者って決め打ちしたがるよね。 


 それで境界性人格障害は1950年代からずっと研究されてきた病気なんだけど、当初は「同一性の不確実性」が根幹にある病だと認識されていた。

 DSM(WEBでも見ることができる有名な診断マニュアル。専門家版とご家庭版があります。)では境界性人格障害は昔は単純に人格障害に分類されていた。けれども1980年頃に分離して、その時「同一性の不確実性」という項目が診断項目の1つとなった(なお、1994年のVer4では必須項目ではなくなった)。だから以下の話は現在の臨床とは結構違う話なので注意。


 エリクソンは境界性人格障害の中核を「同一性の不確実性」、先程の3つの要素の不確実性に置いたんだけど、その起源はフロイトの言うところの口唇期後期の両親との関係の喪失とか欠落に求めている。ようは本来子供のころに得るべき「同一性」の欠損、愛情不足だ。フロイト一派なので考え方はいつも同じ。

 そして青年期にアイデンティティが統合されていくわけだが、その基底に欠損があるからうまくアイデンティティが再構成されず同一性が確立されない、というのがエリクソンの帰結のような気がする。

 だいたいのフロイト派が乳幼児期に原因を盛っていくのは仕様である。


 結局エリクソンの言うところの境界性人格障害がどういう病状なのかというと、「同一性が不確実」な状態に陥ると、「突発的に虚脱状態に陥ることによって乳幼児のころの混乱と退行が生じ、最初からやり直そうとする絶望的な願望に襲われる」のだそうな。つまり悪くなった関係性を全部なかったことにして、良い関係性を再構築させようとするわけ。

 この点についてマイケル・バリントという医師が境界性人格障害の患者から聞き取ったところ、自分の中に欠落を感じていて、その欠落が他原因と感じた上でそこに大きな不安感を感じており、再統合を望んでいる、そうだ。

 つまりここまでが家の話の伏線です。


 注意すべきはこのエリクソンという人が幼少期に自分の親が誰かについて疑念を抱き、青年時に芸術に傾倒して最終的に宗教方面に心の平穏を見いだした人なのだ。だから多分に実体験に基づく一臨床例を広げていったのではないかと思うわけ。


 とはいえエリクソンも臨床心理学の黎明期の人なので、臨床例の統計も少ない中で理論を打ち立てるわけです。そして臨床例が蓄積された結果、現在の境界性人格障害の診断は下記のうち5つが当てはまれば該当することになっている(MSD-5)。

・見捨てられること(実際のものまたは想像上のもの)を避けるため必死で努力する

・不安定で激しい人間関係をもち,相手の理想化と低評価との間を揺れ動く

・不安定な自己像または自己感覚

・自らに害を及ぼしうる2領域以上での衝動性(例,安全ではない性行為,過食,向こう見ずな運転)

・反復的な自殺行動,自殺演技,もしくは自殺の脅しまたは自傷行為

・気分の急激な変化(通常は数時間しか続かず,数日以上続くことはまれ)

・持続的な空虚感

・不適切な強い怒りまたは怒りのコントロールに関する問題

・ストレスにより引き起こされる一時的な妄想性思考または重度の解離症状


 エリクソンの当時の同一性判定より、現象面から客観判断ができる診断基準にシフトしている。そうでなければ、おそらく診断のしようがない。頭蓋骨を開けても心は見えない以上、人の脳を何らかの方法でデータ化できるようになって初めて、客観的な機序を検討しうると思われる。そんな話もよく書いてるわけだけど。

 結局のところ臨床心理という分野は、えーと、そのうちフーコーの話で書くんだけど、市民革命の後に神がかりを病気の範疇に落とし込む必要をもとに生じた分野だろうと思う。

 社会が多様化すればするほど考えうる機序と原因は拡散し、遡って特定することは困難となる(エリクソンの同一性はあの時代でないと成り立たない)。その結果、現象面をもとに対処療法をタグ付けしている分野かなと思う。その結果、病の名前というものの重要性が相対的に下がっている気がしなくはない。

 例えば多重人格に対する薬が出るわけではなく、多重人格によって例えば危険行動をしたり抑うつ状態になったりするのなら、それを解消するために投薬を行うという方法。多重人格自体は薬では治らないらしいし。


5.ストーカーに戻る

 家の貝田さんの行為は呪いの影響によるものなので、そもそもテーマがズレてはいる。

 臨床的なストーカーの研究は警察再度で結構されてはいるけれど、HowToにまでは至らない。大本の恋愛感情から多種多様なわけで、そこから条件分岐を考えていけばその後の心理状態に基づく機序が判明できるものではないと思う。

 前述の福島章のように分類によるある程度の傾向と対策は可能な部分もあるけど、そこから先はパーソナリティの問題なので結局個別対応になるだろう。

 つまり結局、ストーカー対策も対処療法に落ち着く。

 だから対策の話を少し。


(これを書いたのが2021年なので、以下はアップデートされているかもしれません。)

 1番の対策は姿を消すことだ。

 けれども完全に姿を消すのは難しい。健康保険を使うなら住民票を移すことになる。危険性が高ければ、自治体が連携して住民票を移さないまま転居も可能な場合があります。

 住民票を移さざるを得ない場合、役所に「住民基本台帳事務におけるDV等支援措置」を申し入れましょう。期間は1年だけれど、1ヶ月前から延長申請できます。けれどもこれは、弁護士なんかの照会は防げない。

 逃亡が不可能な場合は、常に録音をしつつ常に誰かと一緒に行動するしかない。それから所轄の警察の生活安全課で相談をする。110番通報履歴(確か受理簿といったような)の保管期限は1年、当直の日誌類の保管期限は3年なので、適宜情報開示請求をするのがよいでしょう。でもこれらの記録は自分が言った所以外は黒塗りで出てくるので、全体を別途録音しておくのがよいと思います。DV相談窓口や精神科のカルテも証拠になります。

 また、警察で「文書警告の申出」をすると警察がストーカーに文章で警告するので、証拠になります。それでも止まらない場合は「禁止命令等の申出」をして接近を禁止してもらう。けれども禁止されても必ずしも守られるわけではない。


 刑法的な話とか接見禁止命令の手続きとかリクエストがあれば展開しようと思うけど、ネットで調べればある程度出てくるからとりあえず割愛。


6.おわり

 あんまりまとまりませんが、このエッセイはいつもまとまりません。

 貝田事件の次は大量不審死事件で、法医昆虫学の話になります。あれもまとまらない話だなあ。

 リクエストがあれば受け付けるかもしれません。

 ではまた。

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