第4話 ブードゥー教とゾンビ映画

1.お品書き:未読歓迎

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本話は『君と歩いた、ぼくらの怪談 ~新谷坂町の怪異譚~三章』関連エッセイです。未読OKなので、ネタバレとか出オチとか気にしてはいけない。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649666532797

 このエッセイは本編を書くのにあたって、色々調べたところをブッパするお気楽エッセイです。にわかなので間違いがあればお気軽にご指摘くださいませ。


2.ブードゥ教といえば

 さて、ブードゥー教って何で一番有名かっていうと、やっぱりゾンビ映画ですよね。と、書いてて今思ったんだけど、これって既に共通見解ではなくなっているのだろうか。

 振り返れば、今は既にゾンビはゾンビという独自のキャラクター性においてドラゴンと同様に一般化している気がしてきた。文化の浸透というものと共にロメロの偉大なうっかりに思いを馳せる。

 ともあれ、ゾンビ黎明期、つまりゾンビ映画が出始めた頃にはゾンビはブードゥ教と紐ずいていたので、今日はその話をします。

 なお、映画としてのゾンビの価値はそのうちこちらの映画エッセイで『『ドーン・オブ・ザ・デッド』で死んだゾンビ』という記事を上げるので、ご興味がありましたらお読み頂けるととても嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649585737698


 さて、ゾンビ映画の走りはロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」です。これは今から見るとちょっと牧歌的なところもありますが、白黒の画面のなかでこれまでにない「死」への恐怖を描いたまさに金字塔といえる作品で、ここから現在に繋がる様々なゾンビが発生しました。

 スパイダーマンでヒットしたサム・ライミももともとゾンビ映画をたくさん作成していました。「死霊のはらわた」は恐怖のなかでも笑いがおこる名作です。サム・ライミと聞くと自分ははらわたイメージなんだけど、今はやっぱスパイダーマンなんですかね。

 なお、自分は足が速いのも遅いのも等しく好きですが、好みはルチオ・フルチのゾンビのです。フルチの映画は内容は微妙なんですが、ゾンビの質感等にこだわりがみられて、生々しくてとても好きです。


 さて、今回のテーマはゾンビ映画ではなくブードゥ教ですから、最初のゾンビ映画の話をします。それは「恐怖城」又は「ホワイトゾンビ」と呼ばれる白黒トーキーの作品です。

 でも「恐怖城」ってタイトル、なんか違和感ないですか? どっちかっていうとゾンビじゃなくてドラキュラっぽい。まあそれも当然でありまして。


 「恐怖城」の製作は1932年です。

 主演は「ベラ・ルゴシ」っていう目力のすごいめっちゃイケメン俳優さんですが、前年に「魔人ドラキュラ」のドラキュラ役で大当たりした人でした。

 当時はホラー映画ブームで、さりとてドラキュラやフランケンシュタインという古典ホラーは使い倒され、ニューカマーとしてやってきたのがゾンビです。

 そこでドラキュラ役のベラ・ルゴシを主演にすえ、解体途中のドラキュラのセットを流用し、フランケンシュタインのメイクさんを起用して作られたドラキュラ感あふれる低予算ゾンビ映画、それが「恐怖城」。

 なお、ルゴシは亡くなった時もドラキュラの衣装で埋葬されたという筋金入りです。私生活にまつわるアレコレもなんか哀愁あふれて面白いんですよね、ルゴシ。それも前述の映画エッセイの『『死霊の盆踊り』の恐怖』で書いてます。


 さて、タイトルどころか内容もあまりゾンビ感はありませんが、簡単にあらすじ。

 ハイチに新婚旅行に来たカップルが現地の地主に横恋慕される。地主はゾンビマスター(ルゴシ)からもらったゾンビパウダーを嫁さんにかけてゾンビにするんだけどちっともなびかなくて、マスターに文句いいにいったらゾンビにされちゃて、その後も色々あって結末は伏せるけどラストまでいってもなんだそりゃっていう話。


 文化の差かもしれないけれど、面白いかというとなんとも微妙。全体的に芝居がかった感じは嫌いじゃないんですが。

 でもやっぱりゾンビ感……ないよね?


3.生きているゾンビ

 さて、そもそもの誤解があるかもしれません。

 この映画「恐怖城」のゾンビは「死体」じゃない。「生きてる人間」です。そして作中のゾンビは基本的にハイチの砂糖工場で真面目に働いていて、人を襲ったりしません。


 素人なので、以下は誤りがある可能性があります。

 ブードゥー教はもともと西アフリカあたりの民間宗教で、自然や祖先を大事にする宗教です。映画で「ゾンビ」というイメージがついたので、ややもするとおどろおどろしい印象がありがちだけど、もともとは穏やかな民間信仰です。信者も結構多い。

 ブードゥー教自体には厳しい戒律があったりするわけではなく、現在では基本的にキリスト教に準拠した教えとされています。これは、西アフリカから奴隷として連れてこられた際、宗教的弾圧を免れるために混ぜ合わされ、現在の姿になったと言われています。


 ブードゥー教では、真なる神様がどこかにいるけど、神様は基本的に人間に関与しないし、人間も神様に会えたりはしない。神様と人間の橋渡しをするのがたくさんのロアと呼ばれる存在。ナーロッパでいうところの大妖精なんかのイメージに近いかもしれないですね。

 ロアにも色々いまして、愛のロアとか海のロア、森のロアなど様々なロアがいます。この辺は日本の神話とかギリシャ神話っぽいかも。本編で治一郎の師匠がブードゥー教と神道の共通性を覚えています。

 ロアにも系統があり、和魂っぽいラダというグループと荒魂っぽいペトロというグループ、あと死神のゲーテがいます。アフリカとアメリカのブードゥはこの辺で違いがあるようですが、未調査です。


 さて、そろそろ本題のゾンビ。

 『ロアの神官』という役割の人がいて、歌い踊ってロアをおろし、神託や裁判をします。このへん沖縄のユタと似てる気がします。

 そして裁判の結果ゾンビの刑となった場合、ロアの神官が持ってるゾンビパウダーを使って刑を執行します。


4.ゾンビの製法

 ゾンビを作るゾンビパウダーの前にゾンビ化について考えてみます。

 ここのゾンビはいわゆるゾンビ映画の「死体がよみがえる」的ものじゃなくて、恐怖城の「犯罪者を砂糖工場で働かせる」的なほうのゾンビ、ゾンビパウダーをかけてゾンビにするっていう方です。


 この効果をよく考えれば、ゾンビパウダーとは人を催眠状態にする等で単純作業させる代物です。人をそのような状態に陥らせるためには、魔法薬を使う必要はありません。すでに見当がおつきでしょうが、精神系の薬とか使えば実現可能でしょう。向精神薬とかね。

 ハイチの刑法では「ゾンビの儀式を行ってはいけない」というのがあるそうです。刑法に定められるためには、通常は加罰の必要性があり、何をすればその行為に該当するのかという構成要件が必要でしょう。「魔法薬の使用」では、恐らく何を罪にしてよいか、判断がつきません。ですから、ゾンビ化には何らかの効果がある薬品を使われている。だからこそ法律になったんじゃないのかなと思います。


 そのゾンビパウダーの内容については、ウェイド・デイビスという人類学者が調査してます。

 デイビスはゾンビ化の原因はフグ毒だと強プッシュしていましたが、様々な事実からは少し懐疑的です。今はデイビスが組成を調べたゾンビパウダーの中に含まれていたダチュラ成分がゾンビ化の原因だという説が有力じゃないかなと思います。


 ところでこのダチュラ、ホームセンターとかに行けば普通に売っていたりします。朝鮮朝顔のことです。

 朝鮮といっても原産は朝鮮じゃなくて南アジアで、「外来」という意味でつけられた朝鮮ですね。

 日本でもダチュラの誤飲や食中毒でたまに人が亡くなっていますが、ダチュラを摂取した場合に起こる副作用の一つに意識障害やかせん妄があります。様々な生薬類を組み合わせたのでしょうが、これを使用した強制労働は使用効率が悪そうです。なお、知人が誤飲したようなのですが、恐ろしいバッドトリップを引き起こすそうなので、くれぐれも誤飲にはご注意ください。


 ダチュラは江戸時代真っ赤に華岡青洲が『通仙散』という名前で麻酔薬として使いました。全身麻酔としては世界初だそうで、今も日本麻酔学会のロゴマークとしてダチュラが使われています。

 華岡青洲は主に乳がんの手術にこれを使っていたそうですが、当時の成功率(完全緩解かはさておき)はかなりのものだったようです。ちなみにこれ、明治時代くらいまで使われていたので、作中の治一郎の師匠の頭にもあったかもしれません。


5.おわり

 いつもどおりまとまりませんが、金のたまごで紹介していただいたので、近々もう一本アップしますね。時流には乗る主義。

 同じ怪談のネタで2の予告にしていた『アルチンボルドと認識の誤作動』あたりにしましょうか。リクエストがあれば受け付けるかもしれません。

 ではまた。

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