さくらんぼと判官の騎士
@arwiki
第1話
瞼の裏にルービックキューブが回っている。
なんてカッコつけないでも単に視界に光が明滅したと言えばいい。
普通の場所じゃない。地下のナイトクラブというなんとも私に不似合いな場所にいた。
パンク系の歌に合わせてカラフルな光が瞼から入る。
「だるい」
こんな時にこんな場所でカッコよくヴィジュアル系ファッションにめかし込んでヤニを咥えながらカクテルを飲んでいる人達にウンザリしていた。
やる事がないから来た?
今更何をしても手遅れか?
「いや、ねえよ──!」
心の中の否定の言葉が舞台から聞こえた。
みればバンドメンバーの一人がボーカルの胸ぐら掴んで一触触発みたいな状況だった。
思わず溜め息をついた。
手前に腰かけた名も知らない男性の顔にかかる。
男性の振りあおぐような仕草を無視して私は席を立つ。
無名アーティストのライブ会場内は喧騒と黄色い声で色めきだっていた。
先日──彼氏が死んだ。
事故だった。
私と一緒に渋谷からJRで移動中、駅のプラットフォームを歩いていた最中の事だ。
彼が急によろけた。
そして目前に迫っていた電車の、線路内に身体が投げ出される格好になり──。
私は絶叫する余裕さえなかった。
息をするのも忘れてその光景をただただ見ていた。
たった一秒ほど。
しかしその時間はスローモーションで百倍近く長く感じられ、しかし身体は動かなかった。
気づいたときには彼氏はあの世だった。
表現するも悍ましい光景に、周りの赤の他人の絶叫にも構わずただ放心していた。
気付けば警察に事情を聞かれ、流れ作業のように葬式があり、関係者がゾロゾロと暗い顔をしていた。喪服に囲まれていて、彼氏の家族が喪主を務めて、私はずっと何をしていたか覚えていない。
既に四九日も過ぎて彼との付き合いも遠い過去だ。
初めて付き合った訳じゃない。だから特別大事だったかと言われると謎だ。しかし何か穴が空いたような気分だった。
数年前に天涯孤独になった私からすればそれは当然の心境だった。
彼氏は事故として処理される──筈だった。
しかし警察が明かしたのは予想外の事実だった。
『他殺の可能性があるので、あなたは重要参考人としてしばらくの間協力をお願い致したく」
「他殺? は?」
「あなたの恋人さんの死体にとある連続殺人を想起するメッセージがありました」
その言葉を聞いた瞬間私は何かに思い当たり、
事情聴取の後、警察署を飛び出していた。
聴取はわりかし短かった。
あくまで参考人であり疑惑はなかったらしい。
そのまま私を止める者はなく、気付けば駅に、気付けば駅構内のコンビニの新聞を手に、
「これ、お願いします」
手早く購入を済ませて紙面を覗き込んだ私はようやく腑に落ちた事実に膝が砕けた。
しばらく周りの目も気にせずに放心した。
『犯人は未だ不明。チェリーチェインの犯人は未だ手掛かりすら掴めず、関係性すらも不明瞭なままです。誰の悪戯なのか、亡くなった201人目の死者の口からまた例のさくらんぼの柄だけが突き出していました。ただの悪戯にしては手が込み入り過ぎている今回のこの事件、犯人は一体どんな目的で』
その遺体には例のさくらんぼ。
口から突き出た柄があった。
このさくらんぼ事件。別名チェリーチェイン事件を知らない人は赤ん坊くらいだ。
いまや空前の社会現象になりつつある。
殺人や事故死、はたまた病死など、死因に関わらず死者の口にさくらんぼの柄が突き出している。
謎のダイイングメッセージが死者が出したメッセージだと考えるのは馬鹿げていた。
巷では悪霊の仕業だとか、祟りや呪い、変人の奇行など様々な憶測が飛び交っている。
実際には疑惑含めてもう200件近い事件が発生しているにもかかわらず、警察は未だに何の手掛かりも掴んでおらず、噂ではもう匙を投げているらしい。
さくらんぼの犯人が殺したと決まっている訳じゃないし、げんに私の彼氏は目の前で電車に轢かれて死んだのだ。誰かにつき落とされたようなシーンはなかった。
悩んでいた。
低酸素で喘ぐ様に。
いつしか浮浪者のように都会の街中を徘徊していた。
そして気付いたら彼が好きだった街にきて、ふらっと立ち寄っていたのがここ。
ストレス発散に立ち寄ったのは今日が2度目だ。
「さて」
どうしようか。
考えるように顎を持ち、思考に耽りながら私はナイトクラブの出口から夜の街へと飲み込まれていた。
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