第3話 彼女たちのこと、これからのこと



「ところで、だ。俺からも二人に聴きたいことがあるんだけど、いいか?」


 ひと段落の後、俺は改めて二人に向き直る。


「はい、なんでしょう?」

「さっき、二人はここに来た記憶が欠けてるって言ってたよな。それで、ちょっと気になったことがあって」

「っていうと、他の記憶?」


 回答を先取りしたサテラに、肯定の頷きを返す。


「もしかしたら、他にも欠けた記憶があるんじゃないかって思ってさ。差し支えなければ、いくつか質問させてほしいんだけど」

「なるほど、了解です。過去の出来事でいいんですよね?」

「あぁ。単に忘れてるだけの可能性もあるから、深く突っ込みはしない。どこで何があったかってのを答えてくれればいいからな」


 そう取り繕ったものの、実際の目的は他にある。それは、「彼女たちが過去の記憶俺の考えた妄想をどこまで把握しているのか」ということだ。


 先ほど話題に上がったマリーリア幻域の話から察するに、どうもこの二人は、「中の人がプレイヤーとして経験してきたゲーム内の出来事」を、「自分自身が体験した経験」として記憶しているらしい。

 そして、今しがたやっていた「団結を確かめるためのグータッチ」は、本来ゲームの中には存在しない仕様――つまるところ妄想の産物である。付け加えるならば、彼女たちに与えた性格設定や口調なども、元々は妄想を補うためのフレーバーに過ぎなかったのだ。

 にも関わらず、二人はそれが当然であるかのように自然な振る舞いを見せ、俺と経験を共有している。そうなると、彼女たちの記憶がどこまで「俺」のものと一致しているのかも、調べる必要が出てくるのだ。


 二人が頷くのを確認してから、俺は過去の出来事を――かつて俺がプレイヤーとして経験してきたことを、質問として二人にぶつけ始めた。



 


 それから小一時間ほどかけて、二人の過去の記憶を確認した。


 その結果わかったのは、彼女たちはやはり、「俺の記憶と妄想に基づいた知識と思い出を、過去に自分たちが経験した記憶として有している」らしいということだった。



 例えば、俺がゲームの中で経験してきた出来事に関する知識。

 俺がエタフロの中で冒険を繰り広げてきた過程で起こった出来事のあれこれ――例えばゲーム中に歩いてきた数々のフィールドや、攻略してきたダンジョンに関する情報などは、二人からしてみれば「実際に歩んできた冒険の軌跡」であるという認識らしい。先ほど話題にあがったマリーリア幻域と、そこで遭遇した擬態魔獣との戦いの思い出などが、その最たる例と言えるだろう。


 そしてさらに驚くべきなのは、俺が脳内で書き留めてきた「妄想」や、彼女たちに付け加えた、書面だけの事実であるはずの「設定」ですら、セレネとサテラにとっては「現実に体験した思い出」であり、「彼女たちの根幹を成す過去」という認識であるというところだろう。

 アステルと彼女たちの初邂逅の時の思い出から、クラスチェンジに至った経緯。さらには、本来ゲーム中には設定すら存在しない、彼女らの出生にまつわる秘密――訳ありの竜人族イリス超古代機人族エンシェント・マキナという、ゲーム的には再現不可能な創作設定に至るまで。フレーバーテキストとして書き連ねた設定はいまや、彼女たちにとっての「本物の思い出」になっていたのだ。



 ただ、彼女たちの記憶はあくまでも「俺が知っている知識」や「俺の妄想の中の出来事」だけで構成されているらしい。

 例えば、「どこで何をしたのか」という、俺が妄想の中で考えた出来事に関する大雑把な記憶は保持している。しかし、その合間に起きた出来事――「何かをするまでの間にどんな行動をとっていたのか」というこまごました記憶は、彼女たちにとっても「忘れてしまった記憶」という扱いになっているようだ。


 総括すれば、彼女たちの保持する記憶は「俺がゲーム中で経験した出来事」と「プレイ中に考えてきた脳内妄想」を基にしている。

 そして、俺の妄想にはなかった合間合間の出来事はとくに補完されておらず、忘れた記憶という扱いになっている……といったところだろうか。纏めてみれば、異世界転生と同等かそれ以上にトンデモな話である。





「……と、そんなところでしょうか。えっと、こんな感じでよかったですか?」

「うん、大丈夫。聞いた感じ、こっちと記憶の齟齬はないみたいだ」


 一通りの話を聞き終えて、脳内で情報を整理する。

 彼女たちが一人の人間として確固たる自我を有している、というところだけでもかなりの驚きなのだが、その内情を聞いたことで、その驚きはさらに大きなものとなっていた。

 なにせ言ってしまえば、「理想の彼女たちが本物の人間になりました」といっても差し支えない状況なのだ。驚くな、という方が無理があるだろう。


「なら、よかった。……でも、そうなると不思議。どうして、この召喚の地まで旅してきた記憶だけが、すっぽり抜け落ちてるの?」

「そこなんだよなぁ……」


 ちなみに、質問攻めの際に発覚した話なのだが、彼女たちはこの召喚の地に来たという事実どころか、この召喚の地にやってくるまでの旅の記憶そのものがないらしい。

 これが何を意味するのかというと、二人の記憶はどうやらサービス終了日の「前日」のもので止まっているということなのだ……が、その辺りに関しては正直なところさっぱりわからないというのが本音だった。

 そもそも、空想の中の存在が現実? の存在になるだけでも、十分どころか五十分くらいの異常事態なのだ。そこにどんなイレギュラーが介在していたとしても、それがどういう意味を持つのか、どういう理由で発生したのかなど、知るよしもないだろう。


「まぁ、分からないことをいつまでも議論しても埒があきませんからね。今はひとまず、これからの身の振り方を考えましょうか」

「ん、それもそう。先のことを考える方が有意義」


 二人の意見に頷いて、俺は一つ提案を持ち出す。


「なら、ひとまずここを離れて、街で腰を落ち着けようか。召喚の地は安全な場所のはずだけど、だからっていつまでもこんな森の中でしゃべくってるわけにもいかないからな」

「そうですね、賛成です。……ここからだと、街まではどのくらいかかるんでしょうか?」

「まぁ、〈アンファング〉ならそこまで距離はなかったはずだけど……ってそうか、ここを知らないってことは、近くにアンファングがあることも知らないのか」


 微妙な記憶の齟齬に不便さを感じつつ、脳内でゲーム中の光景を思い出す。

 ゲームの中だと、せいぜい五分ほどアバターを走らせれば着く程度の距離だったはずだが、それはあくまで「常にダッシュで駆け抜けられたゲームの中の話」であり、今は自分の足で歩かなければならないのだ。それを考慮するならば、出発は早いに越したことはないだろう。


「なんにせよ、行動するなら日の高いうちがいいだろう。まずはアンファングに戻って、それからは宿をとった後にでも考えよう」

「了解です。なるほど、ここはアンファングの近くだったんですね」

「言われてみれば、植生がエーアスト地方のそれと同じ。気づかなかった」


 サテラの思いもよらない着眼点に内心で舌を巻きながら、周囲を見渡す。

 召喚の地の祭壇から、記憶を頼りに出口を探せば、見当通りの場所に、木々を分けて顔を覗かせる小道を発見する。あの道を通れば、召喚の地を擁する森を抜けて、アンファング近郊の平原――エーアスト地方最大の平原地帯である〈エーアスト平原〉の街道に合流できるはずだ。


「二人とも、準備は大丈夫か?」

「問題ないですよ。いつでも行けます」

「右に同じく。……というより、目を覚ました時からいつも通りの状態だったから、別に準備の必要はない」


 言われて気づいたが、セレネもサテラも、その格好は俺のよく知る旅装束――もっと言うなら、エタフロのサービス終了時に着せていたそれだ。


 セレネが身に纏うのは、いくつもの種類の衣装を組み合わせて構築した、中の人謹製きんせいのこだわりのコーディネートだ。

 白を基調に、金と黒の差し色で装飾された貴族然とした丈ジュストの長い上着コールを身に纏いつつ、その下には黒いフレアのミニスカートにニーハイブーツ……というそのいでたちを一言で形容するなら、「戦うお嬢様」とでもいうべきだろうか。金属装甲を持たない分、特殊な繊維と魔術的な防護によって高い防御力を実現した……という設定の布鎧は、こうして直に見ても、セレネによく似合っていた。


 そしてもう一方、サテラの衣装は、これまたこだわり抜いてコーデしたものだ。

 膝上までの純白のワンピースと、裾の内側まで脚を覆い隠すサイハイソックスを身に着け、その上から藍に近い紺色のジャケットを羽織っている……といういでたちのそれは、どちらかと言えば現代地球のそれに近しい衣装だ。「職人の技術の粋を集めて造り出された特殊な繊維で編まれた、見た目と実用性を兼ね備えた一着」という設定が与えられているらしいそのコーデは、セレネ同様、また非常に良く似合っていた。


「あぁ、それもそうか。――なら、日が暮れないうちにアンファングに移動するとしようか」


 二人が揃って頷くのを確認してから、俺は踵を返す。


 ビギナー時代、画面の中で慣れ親しんだマップは果たして、今のこの目にどう映るのだろうか。

 多大な期待と、ほんの少しの未知への不安を胸に抱きながら、俺はセレネとサテラを連れて、召喚の地を後にした。

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