第45話 王女への謁見 3


 リイネ・ヴ・スレ・グウス。

 清掃の行き届いた大広間でモエルを出迎えた女性は、グスロットの元国王の実の娘だということだ。

 その点だけならば、別段おかしくはない―――王女の娘くらい、いるだろう。

 存在はするだろう。

 そして特に接点もなく、互いに生活をするだろう。

 ただ彼女の家———じゃあないな、城に呼び寄せられるとは一体何ごとか。



 装備を身に着けた衛兵が並んで、少し離れて整列している。

 昔本で読んだ甲冑とは異なるものだった―――あまり銀色ではないが、金属はこの世界で、どの程度普及しているのだろう。

 とにかく、そんな軍勢?を率いるくらいだ、大層な身分であることは間違いないようだ。

 そんないま彼女は、頭を下げる。


「お辞儀か」


 モエルはうかつにリアクションを取らない心づもりで居たが、さすがに目を見開いた。

 王女に感謝されているだと……?


「ええ―――もともとはここになかった文化ですわ」


 実は、ですけれど……異世界の王女候補は言う。

 勇者を呼び、地の果ての人を呼び。

 彼女の中で日本についての知識は蓄えられた。

 どこか自慢げな成金にも見える笑顔だが、鼻につかないくらいすぐ消えた。


 彼女は言う。

 説明をした、解説をした。

 ミキには、助けが必要だったこと。

 大人しくしていろ、といつも言って聞かせている――わけではないが、女剣士は様々なことに首を突っ込みがちだ。

 最終的に腕っぷしで強引に解決することも多い。

 王城での剣術顧問、外部担当者としての立場もあるのに、気分だけで動かれても困る。

 ただ今回の件は特に大事だったことのようで、彼女にとってどうしても譲れない理由もあった。

 彼女の出自にもかかわるとのことだった。


 今回のことはミキにとって、身の振り方を覚えるためのいい薬になっただろう。

 いや、なったかどうかわからない。

 けれど通りすがりの殿方に助けてもらったことで、すこしは柔らかい性質になってくれることを望む。



「まあ――はぁ、俺は構わんよ、ええと―――王女さま」


 いや、リイネ王女さま―――なのか?

 緊張しつつも返答する、モエルは少し楽しい気分だ。

 感謝されることが楽しいのではない。

 高貴な彼女がミキを叱りつけディスっていて、それでいて女剣士は黙って聞いている。

 そのあたりが、気分がいい。


 少しリイネという人間を気に入ったかもしれない。

 この次期王女———俺がミキに対して言いたかったことを次から次へと言ってくれる。

 いや数倍にしていってくれるのだ。

 いいぞ、もっとやれ。

 やっぱり偉い人間ってすごいなあ。

 それでいて地の果ての人自分に対しては好意的というか、時には憧憬を持って向き合ってくれるだろう。

 恩を売ってよかった……のか?



 ミキに比べると、という考え方にはなるが―――「武」のイメージは一切ない王女。

 目つきが柔らかく、平和なオーラが見て取れるようだ、とモエルは第一印象をまとめた。

 美人である、と簡単に片づけるのは良くないだろうか。

 口に出すには気を揉むことだ。


 ただ欧風な顔立ちというか、瞳がキラキラとしているな、と思った。

 日本人地元はもう少し、目が死んでいたような気がする、というのがモエルの中にある地元イメージである。

 金髪女性は目が生き過ぎている。

 これはこれで、威圧されるというか、どこか身構えてしまう火属性である。


 気が付けばいくらか汗をかいているモエルだった。

 異世界で何か怒られるようなことをする―――してしまう。

 これはもう避けようがない、ルールも違う、文化が違う。

 地の果ての人に対する、街ぐるみのサポートが実在していたとしてもだ。


 だがそれらをすっ飛ばしてレイネ次期王女様に感謝されてしまうとは。

 王家の―――つまり、余裕というものだろうか。

 向き合っているだけで、自分が小さいと思わされてしまう―――癇症かんしょうな己のありかたに気づく。


「お礼にお食事の席をご用意させていただきましたわ」


 黙って聞くモエル。

 ここまで話がいいと裏があるようにも思えてくる……。

 そもそもに、ミキって何者なんだ?

 助けたら、街の王女から感謝されるような女なのか?

 例えば街のお偉いさんだったとしても、それで女に対して態度を改めることはないモエルだが―――。


「それとも何か、別のものをお望み? でしょうか?」


 モエルの沈黙を、不満げなそれと取ったリイネ。

 咄嗟に手を振るモエル。

 イヤではないのだが。


「聞けばモエルさまは、グスロットに来てからまだ日が浅いということ……一廉ひとかどの人物……いえそれ以上の能力を扱える『地の果ての人』といえど、不便なこともあるでしょう」


 故郷ふるさととは勝手が違いますものねえ?

 そう言われても火属性男、グスロットは意外と治安が良いなあくらいしか。

 最初は水道以外抵抗があったものの、井戸から汲んだ水を直飲みするのも慣れた。

 日々の魔獣討伐は大変だが、それでもモエルに不可能な任務クエストは回ってこないし、やりがいは感じられた。

 毎日汗を流しているのは、シンプルに健全だというのが火属性男の生きる方針であった。


 全体として不満はなく、異世界に来てから生活が回っているのだった。

 王女はしきりに俺の顔色を窺っているようだが―――それがもはや、むず痒い。

 女はもううんざりなんだよ……基本的に。


 しかし、異世界……異世界ね。

 何か言わないと、と焦ったモエルは、この街にいる間、ふと浮かんだ疑問をそのまま口に出すこととなる。

 それはぼんやりと意識下にあった事ではあるが……。


「なぜ俺は―――ここにいるんだ?」


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