第37話 闇夜の遭遇、土厳塁根4


 霧―――霧の中を進むモエルとミナモ。

 深い霧のなか、というよりはうっすらしたものだった。

 沈黙のままに、ただ手を引かれていく火属性男。

 ミナモは特別足が速いというわけではなかったが、それでも引っ張られるような印象があったのは、モエルが後悔の中にいた。

 後ろ髪惹かれる心境である。

 身体というか心が立ち止まっていた。

 

 土厳塁根どげらいね———あれが。巨大魔獣———。

 その存在に対してまるで通用しないのか、炎が。

 奥が深い、というべきなのかもしれないが。

 白い霧に囲まれてる、それを腕で肩で、裂くように進んでいく。

 絵になる光景かとも感じたが、このぶんでは五メートル先からでも見えないだろう。


 巨大魔獣を振り切った―――離れて、そして樹が一本、倒れようとも被害の全くない位置に身を潜めた。

 姿勢を低くしたまま―――ミナモが向きなおる。

 モエルを見つめていた。



「ミナ……モ……」


 周りを見回すモエルに、言いたいことを察したらしいミナモ。


「視界を悪くした―――! これでいい、たぶん、ひとまずだけどね」


 いつものように穏やかでアクセントなめらかな口調だった。

 だが心なしか真剣み、感じられる。

 モエルは発言の意味を正確には理解できないまでも、ミナモがことは明白だった。

 また、樹が一本倒れていく、大きな綱が引き裂かれていくような、めりめりという音が森に響いた。

 工事現場のような―――いや、異なるかもしれないが。

 緊張感のある音が続く。


 やつはまだ暴れていて、俺のことを探しているのか。

 あるいはただ何となく暴走し、別方向に行くのやも知れないが。

 音しか聞こえなくなった。

 どちらにせよ、人間ではないものの行動だ―――野生だ。視界の外で動き続けているというだけで、読めない。


「モエルくん……」


 言葉を多くはしなかったが、どうやらミナモは真剣らしい。

 戦うのをやめてくれ、やめろ。

 視線だけでわかる。


 モエルは歯噛みする。

 渾身の一撃が通用しなかった。

 ただの的———そのように見えた、直撃はした。

 異世界に来る前の、あのおっさんの試験テストのようには、いかなかった。


「あいつ……放っておいていいのかよ」


 音のする、地響きのする方向をちらりと見るモエル。


「街に近い位置に出たことは間違いない……でも、キミじゃなくていいんだよ」


「だからァ……!いずれは地の果ての人が倒すんだろう! 俺が! 俺みたいなやつが」


 自分がやらなくてどうするんだよ……?

 ミナモが真剣なら、モエルの困惑も真剣だ。

 火属性の能力がある。

 なるほどあの巨大魔獣には、敵わないかもしれない、だが町から追い払うか、それに似た―――威嚇のようなことをする。

 それは可能だろう。

 ミナモはしばらく黙ったが、返答した。

 このまま、奴の攻撃を回避するというか、それ以前にリーチに入らないで様子を見ること自体は容易である。ただ下手に刺激したらどうなるかわからない(主にモエルが)。


 ミナモにも、最適解が出せないと見たモエルだった。

 モエルの考えでは、放っておくと危険が自分たちではなく街のほう―――王都の近くの人々であるという感覚だった。

 一般人をも危険に晒す。

 長くこの地方にいるミナモには、もちろんその見解が間違っていることがわかっているが。


「被害は出ないと思っていいのかよ」


「それは!……大丈夫だよ、百パーセントだ」


 それを聞いて、やっと身体から、心から力を抜いたモエルだった。

 しかし本当の現実を、すぐさま思い知らされることとなった。 



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