第18話 初日を終えて


 なんだかんだでその日の晩、布団を与えられたモエル。

 異世界生活初日としては、好待遇な住居生活であると自覚していた。

 実際に住むというわけではなく、当然の借家ではあるが……。

 

 至れり尽くせりである。

 与えられたというか、巻き込まれたというか。

 チビっ子が毛布を持ったまま相撲を取ってくる。

 相撲かあるいはレスリングか。

 なお石造りの町並みはヨーロッパの方のパンクラチオンだっけ……、そういう格闘技も連想させた。


「こぉら、ルッペーやめなさいねー、お兄ちゃんお休みよ!」


 モエルは思わず表情、ほころんでしまいながらも膝に突っ込んでくるタックルに慌てる。

 それなりに苦戦してしまっていた。

 町から聞こえる声も多くが遠く消え去った時間帯だ。もっとも時計の類は部屋に掛かっていなかったが……モエルはミナモ家のチビッ子らに囲まれて寝室にいた。

 

「ほーら、こっちおいでえ」


 ミナモはしっかりと、お姉ちゃんをやっているようだ。

 声を張り上げている……いや、声量は小さい。

 全体として、なんというか控えめなトーンの声質ながらも、小さな身体を引きはがして引きるなど作業していた。

 どうやら明日も馬車に乗って運ばれるのがメインらしい。


 月灯りが窓から差し込むなか、眠気が襲ってきた―――日中の疲れがあるのかもしれない。

 チビッ子達に毛布を掛けたのはミナモ。

 その穏やかな顔がちらりと見えて、意識を喪失していく。

 馬車に揺られた時間が大半だったが、波乱万丈だった。

 いきなりギルドに追われるとは。

 なかなかに疲れていたらしい―――。





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 気が付けば、居酒屋にいた。

 オレンジ色の照明に、カウンターの方には酒瓶が並ぶ。

 見覚えがある……しかし日本語記載はないようだ、酒の瓶。

 よくよく見ると世界中のどの言語か―――、さっぱりわからない。


「よぉ、燃絵流くんよ、旅は良いぞ」


 にやついた、胡散臭いおっさんがジョッキを持ち、自分のことを眺めていた。

 ああ、この男———これは夢だ。

 やたらと昔のことを思い出すようになってきたのか、俺は―――モエルは困惑する。

 というか回想だ、と、だんだん気づいてきた。

 あの時。話していたのだ、色々なことを。


「旅はいいぞ。 まあ移動するだけでもいいけどな極論。 旅に出ると―――自分がいかに立ち止まったままだったかを知ることが出来る」


 目元はにやけ、その周りに皺が集まる。

 そうして子と父ほどはあるだろうかと思われる年齢差を感じる燃絵流。


「あんたかぁ、黙って聞いてりゃあ……」


 燃絵流は苛立つ。

 俺が立ち止まっていただと、何だその言い方は。

 人生経験が多い、だからマウントを取ろうとでも考えているんですかねえ。


「おっさん、あんたの言う、『別の世界』って言うのがあるとしてだなあ」


「旅は良いぞ燃絵流くん」


 これは……夢?

 というかあの会話の続きを、その記憶を思い出しているだけかもしれない。

 燃絵流はそう思って会話を試みる。

 もう少し説明が欲しかったな……という想いは、やはり強い。

 仮に説明が丁寧なら許せたってわけでもないがな。


「そもそも、普通もっと、転生の儀式の間があったり、もっとそれっぽい着物を神様とかさあ」


 なんとはなしに、雑談に突入する。

 転生の時の部屋って、もっと神々しい感じで、何なら光に包まれたいとか神殿か祭壇みたいなものでもあるのじゃあないか、と。

 この、食べ物の匂いが集まる居酒屋は、このおっさんが選んだのだろうか。

 それは、何らかの意味があるのだろうか。


「ああ! 燃絵流くん、そういうスタンダードな感じの方が良かったか―――良くあるベタだねえ―――」

 

 ふむふむ。と頷きながらペンを取る。

 いつの間にか男は、取り出していたメモ帳に何ごとかをつらつら書き始めた。

 


 ……そう真剣にメモされると、嫌になるなあ、なんか。

 すごく慣れている感があるんだが、こういうことを日常的にやっているのか、この男?

 飲みニケーションの延長線上ともいえる。

 こんなところで俺の、人生を丸ごと移動させるという、大仕事が決まってしまうのか―――改めて思うが、正気かよ?


「酒の席の方が、燃絵流くんの本質も見えるからねえ」


 多少はね。とおっさんは言う。

 ……それも含めて試験、テストのつもりだったのかい。

 まあ俺も、酔って喧嘩を吹っ掛けるような奴になるのは御免だね。


「……おっさん。この場所さ、あんたの趣味だったのか?」


「いいや、まあ―――細かいところはわたしの好き勝手があるけれどね。 燃絵流くんだって、仕事だったら取り組むだろう?」


 一応は頷く燃絵流。

 単なるアウトローや不良になったつもりはない。

 しかしまあ、それでも石橋を叩きつつこの男を相手にするとしよう。

 基本的にこの男、笑んでいるというか、立場上、抑え込まれているような感覚が続いている。


「ま、そうよね―――燃絵流くんも、女の子が出てきた方がいいよね、女神様とか……」


 転生、いや転移の儀式のことに話を戻し始めたらしい。

 燃絵流が睨む。

 話を逸らす人間め、これ以上俺の人生を狂わせるな。

 そもそもホームレスおっさんが何者なのかもわからない。

 世界間移動を行うひと?なのは―――わかったが。

 解説役にでもなろうというつもりか。

 ……欲しいけど。

 説明してくれる人。

 もうね、全てに説明が欲しいよ。


「俺にアドバイスでもするつもりかよ、なんなんだ。まああんたの言うように別の世界に行った、行かされた―――それでいいじゃあないか」


「おお、それでいい。 話はシンプル。深く考えないことだ」


 燃絵流くん。

 きみはこれから、別の世界で必要とされる、されていく。

 その過程で人と関わったり、困難に立ち向かうことになろだろう。

 そうまとめる


 ぐい、とビールを飲んだホームレス。

 異世界に渡っても、言葉は通じるし、何よりその能力は十全に使用可能だということである。

 のちにそれはその通りになったわけだ。

 燃絵流は異世界の説明を一通り受け終わる。

 だが……本当かぁ?

 新手あらての詐欺じゃない?


「まあ、飲みなァよ!」


 そう言うおっさんは、実に楽しそうに酒を飲む―――喉ぼとけの動きがわかるほどだった。

 燃絵流は嘆息した。

 まあこの世界で、それなりに一生懸命やっても、厄介ごとは多かったしなあ。

 異世界の方がイージーであるという可能性も捨てきれない燃絵流だった。



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