第15話 この世界は 3



 馬車は順調にアスファルトではない道を進み続ける。

 機械でも何でもない生き物である馬が、きちんと人間の言うことを聞いて進んでいくことに、妙に驚いているモエルがいた。

 馬の背中。

 なんとなくその毛並みのつるつるを眺めた時間が続いた。

 ……もとの世界にも、馬はいたはずなのだが、触れはしなかった。


 そうこうしているうちに、草木よりも通り過ぎる馬車が目立つようになってきた。

 なにやら、巨大な、コンクリートみたいな色のトカゲを引いている人もいた。

 モンスターか?

 モエルは目を見開いてしまう程度には衝撃を受けたが、それだけで、何の事件にもつながらなかった。

 車が通り過ぎていくように、普通にすれ違った。

 すぐさま飛び掛かるような雰囲気はない生物だったが、あれも人間の役に立つ系統の家畜なのだろうか。



 やがて、ミナモが何事か、衛兵らしき人間と言葉を交わす。

 モエルに、影が落ちる―――建物の影。

 城門を抜けて。

 町についた。

 町………町と言うよりも、それは大都会だった。

 馬車の上にいる俺たちだが、周囲の騒がしさに、目が回りそうだ。


 人、人、人。

 そのカラフルな衣服が多すぎて道がよく見えないくらいである。

 石を敷き詰めた道路であることは、なんとか見て取れたが。

 町の規模もそうだが、何よりその人口の密度よ。


「うはあああ―――ッ!す、すげえ!」


「大きい町でしょ。びっくりした?ここは『リンジガ』という町よ」


 モエルの旅路、その第一歩目―――始まりの町。

 感嘆の声を漏らす。

 それまで気分は沈み込んでいたはずだが、それでも状況が変われば、気が晴れやすい性質の男である。


「うん!うん!今日から俺はここで暮らすのかあ」


「そうは言っていないわ」


「え?」


「え、じゃあなくて……私、っていうか私とミナモ、追われている身だって話をしたでしょう」


町というよりも経由地のような扱いらしかった。


「ん―――そりゃあそうだ。だから、俺はあんたらの世話になるつもりはないぜ」



 確かに勇者であるミキさんは忙しいようだ、それは仕方ないな―――とモエルはなんとなくから返事。

 ……仕方ないのか?

 え、マジ?

 実質ホームレスですか俺は?


 モエルは一度考え込んでから、いったん話をしよう、ということになる。

 三人は微妙に立場が違うということがわかった。


 まず、モエルは突然この世界に送り込まれたようで(送り込まれた?それとも元の世界から厄介払いされたような意味か?)、右も左もわからない。

 しかし町につけば何とかなるだろう、というようなことは考えていた。

 不安げな顔をしたミキとミナモだった。

 だが彼女らも、他人の心配をしている場合ではないようだ。


 ミキは、例のギルド……『伝説の芳香』の男どもと敵対関係になってしまった。

 やたらと大勢から狙われて、モエルは見ていないが、手荒な真似を使ってここまで逃げて来たらしい。

 ギルドのあった、どこかしらの町から。

 それなりに歴史のある、魔獣討伐のギルドらしい。

 彼女が暴力を受けたのではない―――どうやらその剣術は本物のようだ。

 また、剣も普通ではない―――もとは父のものだ。

 通常の武器屋では決して手に入らない―――とだけ言った。


 ミナモはと言えば、ミキの移動手段、逃走のため、馬車を用意した商人の娘だそうで。

 いわば、ミキの共犯にあたる関係だろうか。

 モエルはそう理解していったが、ここでミキは剣の柄に手を掛けた。

 共犯とは一体。

 私が悪事をしたとでも……?

 言ってモエルを睨む。

 モエルは両手を上げつつも、苦笑いした。


「おうおぅ……ナイフのような心かい」


 刃物が刃物を持っている、みたいな女だ。

 こんな元の世界にはなかなか見なかった……まあいたけどさ。

 そういえばあの時の炒飯チャーハン、冷蔵庫に入れたんだっけ。

 もったいない……もう食べに行けないか戻れないか、こんなところまで来たら。

 自分が馬鹿馬鹿しくなり、にやけるモエルを、ミキが睨みつける構図が続いた。


 話をミナモに戻すと、この町で少しばかり食料などを補給して、王都に向かうとの予定である。

 彼女の父の伝手つてで、複数の協力先がある。

 彼女、だよな……おそらく女だと思うモエルだ。

 容姿は、悪いわけではないが紛らわしい。


 彼女が商人仲間を巻き込まないようにするには、ミキのギルドの件だということは伏せざるを得ないだろうが……。

 まあどちらにせよ隠密に、静かに移動したい。

 ええと……王都?


「ああ、ボクらは王都に行く。 そこにたどり着けばゴールってことだね―――どんな巨大ギルドでも、王族に歯向かうことまではしないから」


 聞いていて、随分と話が大きくなってきたな、とモエルは思う。

 王様、王女様。

 そのあたりの、高尚なお方まで絡むのか?

 まるで勇者だな……勇者なのかマジで。


 困惑だ。

 俺としては、どこかで働いてみるしかないだろう……。

 まずは生計を立てないとどうしようもないなと思っていた。

 そのレベルの生活を想像、想定していた。

 この世界のことをさらっと聞いたが、魔導士の端くれならば、食いっぱぐれることなく生きることは可能だろうと。


魔獣討伐は町周辺では必要だ、ミキはそう言い切った。

 この世界で、それこそどこかのギルドに所属し、有害魔獣の討伐をしようという流れだ。

 そのためミナモの発言に、瞳の形をねじまげて困惑した。 


「そしてキミもだよモエルくん。キミには炎の力がある、その力を城で見せるんだ」



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