第7話 飲み会に見えるが転移の儀式らしい


 わいわい、がやがやと喧騒が溢れる場所だった。


「ご注文の品を持ちいたしましたーあっ」


 笑顔を向ける女の店員が、酒を置いていく。

 ジョッキのビールだ。

 別段、おかしな景色ではない―――繁華街ではままある光景だが、そこに燃絵流は異常性を感じる。

 何とも言えないおかしさが、その場を満たしていた。


 火属性男は、なんとなくその様子を見ている。

 暖色な感じの照明に包まれ、隣の席の大柄な男の背中を目で追っていた。

 男も、向こうの席では女も―――何か楽しげな様子で話している。

 いるけれど……あれ、ここは何だ?

 何時から自分は居酒屋に来たんだっけ?


「ま、燃絵流くんよぉ」


 とぽとぽとぽ―――とビールをぎながら、おっさんは言った。


「自己紹介が遅れたが……わたしの名前は覚えずとも良い、覚えるのはのことだ―――。 そこが、大切なんだからね、燃絵流くん」


 おっさんでもホームレスでも自由に呼ぶといいよ、と男は言った。

 確かに風貌はそれで違和感がなかった。

 正体不明で、さらに言えば意味不明だ。

 燃絵流にとっては―――。


「ええと、なんだっけなあ、酒の好みの話じゃあなくて……そう。 これから簡単に、異世界の説明をするぜ」


「あ、あんた!」


 キャップ帽を取り、明るい店内でその姿を見ることとなったが―――あの―――あの、小汚いおっさんだった。

 人懐こく、その表情はにやけてはいるが―――!

 燃絵流は胸ぐらをつかんだ。

 顔を近づける。


「どういうつもりなんだ……あの怪物は一体?」


「もう出さないよ。そもそも出せないよ?こんなところ、店内だとね」


 そのために場所を選んでみたんだが―――とその男は言った。

 燃絵流はちらりと周りを見る。

 一人二人、顔を酒気で赤っぽくした者が口元にコップを持ったまま、視線だけ送っていた。

 なんだなんだ、酔っ払いの喧嘩か、といいがちな瞳。


「……ちぃっ!」


 燃絵流はばね仕掛けのように離れ―――どかり、勢いよく席に尻を落とす。

 何もかも様子がわからない。

 化け物を、出したり消したりするこのおっさんは―――能力を使う?

 しかしそういう性質の能力は噂すら知らない。

 火、水、雷———そういったものを発生させるものがこの世界で現れたよくある―――よくある、というわけでもないが、一般的な能力性質だった。


「私は君の能力に興味があってね」


「本当かあ?そんなこと言って」


 それから胡散臭うさんくさいこの男は、嘘か本当か判別つかぬ話をした。

 異世界の存在。

 違う世界で旅に出ることになる。


「キミはこの世界では役立たずだ」


 燃絵流は、ゆっくりと男の目を見る。その意図がさっぱりわからない。喧嘩を売るにしたって、このおっさんに


 男の目には、光があり、悪意が見えない。


「そして―――だが、とある世界では、役に立つ」


 人の役に立つ、とおっさんは言った。

 近所に住んでいる気のいい兄ちゃんみたいな感じだった。

 火属性能力者は、訝しむように目を細めていく。

 この男との会話に、果たして意味とか結果オチなどがあるのかどうか。

 そのレベルで心配だ、という目の色だ、視線だ。

 なんなんだ、こいつ。


「あんた……なにを言い出すかと思えば―――どこの誰かは知らないが、知らないおじさんについていくなって、教わるぜえー、学校でよぉ……!」


 燃絵流は嘲笑あざわらった。

 そのまま興奮しつつ語調を早めていく。


「言ってたぜ。あの先生はダメだった。 大事なことを忘れていたんだ。俺は今日、ヤツから! 良く知っている女からぼろくそ言われて出て行かれた。俺は今日……俺が手料理を作ってふるまってやったのに―――まあ焦がしちまったけど―――でも! にもかかわらず! その日の機嫌と気分とかのノリなんだ。すべてそうやって決める……ッ」


 テーブルのジョッキを睨みながら、興奮を高めていく燃絵流。それを黙って眺める男。

 


「———つまりおっちゃんよぉ、言いたいことがわかるか? 知っているヤツについていっても、いけないんだっ、どーしようもないんだ! 知らないおじさんと知っているおじさん! どっちにしろ両サイドから! この世界の全てが、みんなで! 束になって俺を追い詰めるんだよォオオオオオオオ」


 みんなそうなんだ!どっちもどっちなんだ、———と演説して。

 おろろーん、と手のひらに顔を押し当ててメソメソとする男に、みすぼらしいおっさんは口元だけ笑う。

 精神的にダメージを受けている男だ、ねぎらいの言葉くらいは変えておいてもよいだろう。


「まあ飲みなよ」


 言われて燃絵流はふと、黄金が注がれたジョッキを見た。

 指を伸ばせば冷気が伝わってくる。

 だが持ち手を握りはしなかった。

 

 激動の一日だったが、こういう扱いを受けると、怒るに怒れなくなる。

 何ともシンプルな自分であった。

 一見して敵意を感じないホームレスから奢られている。

 戦闘行為はあったものの、結局五体満足でここにいるのが自分の現状である。

 公園での大立ち回りもド派手に見えたが―――手加減があったのかと、今さらながら思う。


「あれ? っていうかあの化け物?怪物?———に公園で襲われたんだよなあ。 この店までどうやってきたっけ」


 記憶が曖昧な火属性能力者だった。

 頭にクエスチョンマークが浮かんだのは今日、何度目であろうか。


「ああ―――燃絵流くん、ここは現世と異世界のはざまの部分にあたるよ」


 男は言った。

 まるで雑談のように言ってのける。


「簡単な説明さ、といっても能力を自在に使いこなしているし、別の世界でもやっていけると思うよ」


 飲みなよ、と男は自分の持っているジョッキを卓上のもう一つに、こつん、とぶつける。

 グイっと飲みだした。

 勝手に乾杯したつもりらしい。

 

 ……別の世界だって?

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