第3話 炎のような失恋 2


 女は自分の鞄をひったくるように取り上げる。

 そのなかにいくつかの私物を放り込んだのち、歩を進める。

 機敏なムーブだ。


「ちょぉ……ッ!?」


 燃絵流が狼狽うろたえて、ダブル炒飯を床に落とさないようにしているあいだに、すぐ横を通り過ぎた。

 室内でのムーブとしてはスピーディ。

 燃絵流、———アンタは今日から追放よ!

 とでも言わんばかりの差別っぽい表情をキッと見せつけ、バタンとドアを閉める。


 女はいなくなり、部屋には彼と、あんまりインスタ映えしない炒飯だけが残された。

 湯気だけが動いていて、炒飯を歪め写している、いたが―――。


「……クソがぁ!」


 彼は戸棚からラップを取り出すと、ビビィ―――ッと音を立てて二皿の炒飯に透明を引っかける。

 スピーディな挙動で冷蔵庫にぶち込み、そのあとドアに手をかける。

 今しがた出て行った不機嫌な女を追いかけた。

 冷蔵庫ではなく常温でもよかったかな、などと走りながら思った。



熱子あつこぉ!まてえ!」女を呼び止める燃絵流。


 追いついたのは街灯のみが照らす、夜の公園。

 その路地である。

 足を止めて、くるりと振り返った女。


「炎を使える癖して、肝心の炎すらもまともに扱えないわけ?信じらんないんだけど」


 痴話喧嘩の開始を察して、犬の散歩をしている老婆が無表情で通り過ぎていく。

 犬が吠えてるわあ、というような感想のみを持つ。


「違っ…………、これガス代の節約だよ、あとは、つまりクセで」


「癖で!?癖でこんな消し炭を作ったのね!どんだけ待たせてんのよ、あと電話がなげえんだよ何様なんだ手前てめぇはよォ」


「いいから食べてみろって!食べればわかる!」


 燃絵流は譲らない、お焦げは美味しいのである。


「嫌われ者の能力者が! 邪魔者、新参者。料理もろくに出来ないとなるとどーすんの?」


 人種差別は比較的少なかった日本の歴史上、能力者の登場はそれなりに社会の混乱を生んでいる。

 どうすればいいかわからず、持てあましている部分があるのだ。

 そんなこんなで、徹底された罵詈雑言を言われた、とショックな燃絵流は怯んだ。

 あと料理———一口も入れずに見ただけですべてを判断するのはあんまりである。



「ふざけないで頂戴! アタシがスマホいじってたらそれはもう、インスタグラフィーに投稿アゲる準備ですよアピールなの! そのあたりを考慮して炒飯作りなさいよ!」


「見た目重視かよ、うええ!」


 男の料理になに過剰期待してんだ、と不機嫌を顔に出してしまう燃絵流。

 それならそうと言ってくれれば加減も火加減も出来たのに。


 その後は。

 お互いの過去のくだらない失敗を羅列するなどの口論が繰り広げられた。

 そして炒飯はパッと見た感じ中華料理としての地位を確立しているから中国の料理に思えますが、実は全くその通りであり、中国で誕生したんですよ。

 などという食の豆知識的な論争も展開しつつ、あれこれと問答、再びお互いの汚点の発表会に舞い戻る。

 犬も食わないレスバトルを展開したのち、戦いに終わりが訪れた。


「万死に値するわね!」


 鋭い平手打ちが男の頭部は跳ねた。

 炎のように熱くなる頬を抑えつつ、男は背を見せぐんぐんと歩いていく女に手を伸ばした、いや、手を降ろす。

 声が漏れ出た。

 もう知らないぜ……。


「知らねえよもう!お前なんかどこにでも行けえ!」



 ――――————



 燃絵流は、すぐそばに見えたベンチに腰を下ろし、頬に手を当てている。

 すぐに部屋に戻る気が起きなかったのだ。

 そういえば先輩のあの電話、シフトが開いたみたいだから、仕事は出ようかな。などと思いつつ―――。

 ええい、こんな時に。

 頭が混乱していることをより一層痛感する。



 頑張れ、負けるな。

 火曜日燃絵流かようびもえる

 強く生きるんだ。

 女なんてみんなそんなもんだ。

 男だって頑張ってるのに、ひどいことばっかり言うんだ、あいつら。


「くそう……何故こうなる……料理を作ってやったのは俺なのに、そこまでやる意味がわかんねえ」


 うなだれる。

 嫉妬の炎ではないが、彼の周囲に蜃気楼のように現れた熱波が、暴発の兆しを見せ、運動公園の芝生に熱気が触れる。

 おっと、いかんいかん、と思う。

 自制心はあるがブレブレだ。


「―――そこの兄ちゃん、どうしたんだい」


 声がした。

 声の男が、隣に座った。

 ご近所さんに迷惑だぜ、とでも説教するつもりだろうか。

 羽虫がやってきたような不快感を覚え、ちらり、燃絵流は見た。

 

 ややみすぼらしい風貌の男だという印象を受けた。

 どこのメーカーだか全くわからないキャップ帽をかぶっているために顔はうかがえない。

 男は、手にガラス小瓶を持っていた―――酒かと思われる。

 結構前から失恋能力者を眺めていたのやもしれない。


「………うるせぇ」


 突然哀れな自分の前に現れた男。

 悪趣味だと思われる男を煙たがるしかない。

 あんたに、今の俺の気持ちがわかってたまるか。

 清々した気分もあるにはあるが、

 恥ずかしさと、憎しみの渦中。

 そんな燃絵流にぼそりと声をかける謎の男。


「―――あんた、能力者かい?」

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