アヤの告白

「大切な話? それって……」


 クロイがそう言いかけた時、突然アヤが予想外の行動に出た。電光石火、腰の剣を抜き様に、クロイに斬りかかる。


「――なんのつもりだ、アヤ」


 反射的に身を逸らし、アヤの斬撃を難なく躱したクロイが問いかける。


「予想通りとはいえ……こうもあっさり躱されると、少しショックだな。魔法の方はともかく、剣の腕は結構自信あったんだけど」

「いやいや、躱さなかったらそのまま当ててでしょ、今の。普通そこは寸止めにしない?」

「大丈夫だ、刃引きはしてある。それに当てる気があるかどうかくらい、クロイなら簡単に見切ってしまうだろ?」

「勘弁してくれよ……」


 苦笑いを漏らすクロイに、アヤは深々と頭を下げた。


「すまない、試すような真似をして。決闘での動きを見て、こうなるだろうとは思っていたんだけど。どうしても、もう一度確かめたかったんだ」

「……なにか、そこまでする理由があるのか?」


 真剣なアヤの様子に、クロイは一度事情を聞いてみることにした。アヤが嘘をついている様子もない。クロイが躱せると予想していたというのも、おそらく本当のことだろう。害意を向けているので無いなら、クロイにもそこまで責める理由はなかった。


「今の動きで確信したよ。クロイ、君は実戦経験済みコンバットプローブン魔法師だろう? 先の魔王戦役でも、君は戦列に参加していたんじゃないかと思ってね。しかも、それほどの腕前だ。最前線に近いところで活躍していたはず。……違うかな?」

「……だとしたら、それがどうした?」


 誤魔化しきれないと悟ったクロイは、肯定的に、しかし曖昧な答えを返した。クロイも人前で戦う以上、ある程度技量がバレる可能性は想定していた。だからかなり手札は制限して、動きも手心を加えていた。それでも見る人が見れば、実力の一端は見抜かれてしまうものだ。「実戦経験がある」程度の情報なら、バレても別に致命的なものでもない。


「いや、気分を害したのならすまない。別にクロイの素性を暴きたいわけじゃないんだ。ただ、少しだけ教えてほしいことがあってね」


 アヤは少し息を吸い込むと、意を決したように言った。


「クロイ、君は麗しの英雄様に会ったことはあるのか?」

「う、麗しの英雄様? えーっと、それはどちら様のことで……?」

「おいおい、英雄様と言ったらあの方に決まっているじゃないか。誰もなし得なかった魔王打倒を成し遂げ、長きに渡る争いに終止符を打ったあの英雄様だよ!」

「お、おう……いや、麗しの英雄、なんてそんな呼ばれ方してたかな……?」


 誰がそんな恥ずかしい呼び方始めたんだ、と思いつつクロイは小声で反論する。しかしその程度の声は、興奮したアヤの耳には入らなかった。


「誰もが認める、人類最強にして最高の英雄。しかもそれに驕らず、謙虚に自分の情報をひた隠しにしている……ああ! 一体どんな素敵な方なのだろう! きっと清廉潔白で思慮深い、聖人君子のような方に違いない……!」

「えーっと、それはどうだろう。ほら、身元を隠すのも何か事情があるだけかもしれないし……」


 弱々しく反論しながらも、クロイの背中には凄い勢いで冷や汗が流れていた。いつのまにか、世間にはこんな間違ったイメージが出来上がってしまっていたのか。実態とのあまりのギャップに、クロイは頭を抱えたい気分だった。


「それで、クロイ? もしかして、君は英雄様に会ったことが……?」

「いや、はないよ、俺も」


 まさか、目の前にいるクロイがその英雄様本人だ、なんてことは言えるはずもない。クロイがそう答えると、アヤはガックリと肩を落とした。


「そ、そうか……残念だ。魔王戦役の最前線にいた君ならあるいは、と思ったのだけど……じゃ、じゃあせめて、何かあの方の情報は知らないか? どんな些細なことでもいい、好きな食べ物とか、誕生日とか!?」

「本当にごめん、アヤ。あの方の情報は厳重に制限されてたから、極々一部の上層部しか知らされてないんだ」

「そ、そうなのか……」


 クロイの言ったことは(彼が英雄本人であることを除けば)事実だ。魔王戦役におけるクロイの動きは極秘作戦であり、一般の兵士と直接接触する機会もほとんどなかった。


「というか、そんなことを知ってどうするんだ、アヤは? あまり意味のある情報とは思えないけど……」

「そうかな? 憧れの人のことを少しでも知りたい、そう思うのは自然なことだと思うけど」

「憧れの人?」


 いまいち話についていけないクロイに、アヤは頷きながら言葉を続けた。


「私にとって英雄様は、遠い憧れで目標なんだよ。あの方に少しでも近づきたくて、私はこのトリコンコルディア魔法学校に入ったんだ。聞くところによると、あの方は魔法を自在に使いこなして戦うらしいからね。それに、魔王戦役に参加していた騎士団なら、あの方の情報を何か知っているかもしれない。……出来ることなら、一目でも英雄様に会ってみたいけどね」

「へ、へえー……」


 クロイは「さっきその英雄様に斬りかかってたけどね」と言うわけにもいかず、気まずい相槌を打つしかなかった。


「一目会ってそれで……言いたいことがあるんだ」

「言いたいこと?」

「うん」


 アヤは頷き、柔らかい微笑みを浮かべた。


「『魔王を倒してくれてありがとう。私たちのために戦ってくれてありがとう』って。……そう、伝えたいんだ」

「……そっか。いつか伝わるよ、きっと」


 月明かりに照らされた彼女の笑顔が、クロイにはやけに眩しく見えた。

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