決闘

 決闘場の中央。ダグラスとクロイは向かい合い、互いを睨みつける。


「これより、ダグラス・プロミネンスとクロイ・スミスの決闘を執り行う。決闘形式は、魔法使用もそれ以外も何でもありの制限なし バーリトゥード。勝敗は一方の気絶及び戦闘不能、または降参宣言によってのみ判定する」


 決闘の立会人を務める教師が、決闘の口上を述べていく。


「決闘者たちに問う。貴公らは、この決闘に何を賭ける」

「エマさんに謝ってもらうぞ、ダグラス」

「思い上がるなよ庶民ごときが……てめえは犬にしてやる。毎日俺の靴を舐めろっ!」


 2人は激しく視線をぶつけ合う。一触即発の雰囲気の中、教師が言葉を続ける。


「決着は言葉ではなく、決闘でつけることだ。両者条件に合意し、決闘の結果に従うことを誓うか?」

「誓います」

「ああ、誓ってやるよ」

「では、2人とも位置に」


 多くの生徒たちも見守る中、2人は反対方向に歩き出し、定められた決闘の開始位置に向かう。両者の開始位置は十分に離れており、数十歩以上の距離がある。


「どどどどうしよう、本当に始まっちゃった……!」

「落ち着いて、エマ。こうなってしまっては、もう止めようがない。せめて、私たちはクロイを信じよう」


 言葉ではそう言うアヤ。だが彼女の手は固く握り締められていて、血を流さんばかりだ。

 そんな2人の横で、シルビアは呟く。


「ちょっと目を離した隙にこんなことになるとは……でも、いい機会かもしれません。貴方の本当の実力、しかと見せて頂きますわ」


 一方、他の大勢の生徒たちも、口々に応援の言葉を発している。


「庶民なんて捻り潰して下さい、ダグラス様!」

「やっちまえー、クロイー!」


 ダグラスを応援する特選クラスの声援も目立つが、それ以上に一般クラスの生徒たちの声援が多い。様々な観衆たちの思いを他所に、ダグラスとクロイはそれぞれの位置につく。ダグラスは両手を前に突き出して構え、クロイは自然体で立ったまま動きを止める。


「両者、準備はいいな? では――決闘開始!」


 教師の合図とともに、ダグラスは叫び、続けて朗々と詠唱を開始する。


「格の違いを見せてやるよ! 猛き炎輪ハング狂える獅子アイオ・――」

「【石弾ストラクタ】」


 すかさず響く、静かなクロイの詠唱。目にも止まらぬ速さで生成された石弾が、正確無比にダグラスの顔面を目掛けて飛ぶ。


「――いいっ!? ひ、卑怯だぞ詠唱中に!」


ダグラスは叫び、大げさに身を翻して石弾を回避する。その間にクロイはすたすたと歩き出し、ダグラスとの距離を縮め始める。急ぐでもなく自然な調子で歩いてくるクロイの様子に、ダグラスは何か異様なものを感じ取った。


「くっ、来るな! 猛き炎輪ハング・――」

「【石弾ストラクタ】」

「ひいっ!?」


 再び迫り来る石弾を、ダグラスは必死に回避する。なんでもないただの石の塊が、今は震えるほどに怖い。回避する他ないが、これでは詠唱もままならない。


「くそっ、こうなれば……【石弾ストラクタ】!」


 ダグラスはとっさに、【石弾ストラクタ】を放つ選択をした。ダグラスにとっては、こんな低俗な魔法を使うなど、貴族にあるまじき振る舞いだ。しかし、背に腹は代えられない。今はとにかく、クロイに詠唱を中断されない魔法を放つ必要があった。


「どこを狙っている?」


 クロイは歩きながら、わずかに身を傾けるだけで石弾を回避する。実際には、ダグラスが狙いを外したわけではない。クロイが最小の動きで回避してみせただけだ。


「くっ――【石弾ストラクタ】、【石弾ストラクタ】、【石弾ストラクタ】!」

「どうした、当てないのか? これがプロミネンス家の本気か?」

「ええい、ちょこまかと!」


 もはやなり振り構わず、石弾を連射するダグラス。クロイは最小の動きで回避を続けながら、そんなダグラスに着実に迫っていく。

 「このままでは、ただクロイの接近を許すだけだ」――そう悟ったダグラスは、最後の賭けに出る。こうなれば、クロイが避けきれない広範囲魔法を放つしかない。多少詠唱に時間はかかるが、クロイの石弾を避けながら詠唱を完成させる。もう、それしか道はない。


「うおおっ! 飛鱗の炉心アルトメルス這いずる蛇クラーク灼けフィア――」

「【石弾ストラクタ】」


 予想通りクロイの石弾は飛んできたものの、ダグラスはなんとか身を逸らしてそれを避け、そのまま魔法を完成させる。


「――【炎扇波バンファーラン】!」


 ダグラスの前方に突き出した手の先、扇状の炎が左右広い範囲に噴き出る。もう逃げ場はない。全てを飲み込むような大きな炎の波が、クロイの身に迫る。


「――【土壁ウォーレン】」


 波に飲まれる寸前に響く、クロイの詠唱。ダグラスはほくそ笑んだ。無駄なことだ。壁の左右を回り込んだ炎が、奴を焼き尽くすだろう。そうじゃなくても、次の魔法で確実にとどめを――。


「ダグラス様、上です!」

「……え?」


 ダグラスは上空を見上げた。その視線の先には、空中で拳を振りかぶるクロイの姿があった。クロイはやや斜め前方に突き出すように生成した土壁を駆け上がり、ダグラスの上方に跳んでいた。


「や、やめ――!」

「その恐怖と痛み……よく覚えておけ!」


 落下の勢いとともに、クロイが拳を振り抜く。鈍い打撃音が響き、殴り飛ばされたダグラスの身体が地面に転がる。その回転が止まった時、ダグラスはとっくに気絶していた。


「ダグラス・プロミネンスの意識消失を確認。よってこの決闘――勝者、クロイ・スミス!」


 教師の宣告に続き、場内に割れんばかりの歓声が沸き起こった。

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