第19話 反逆の処刑斧

 〝アロンダイトZツヴァイト〟―――数日前にリンケージたちが戦闘中に出会った、ウルズ帝国の騎士・ランスロット。コンスタンチンの同族だ。

 機体の体格差は倍以上あるはずだが、CALブレードは動かない。

 青のハルクキャスターは白刃取りしたブレードを手元に引き寄せると、その勢いで〝クロスエンド〟が前につんのめるようにバランスを崩す。

『失礼』

 その胴体を蹴り飛ばし、20メートルを超える白亜のガーディアンが森を滑った。

『コンスタンチン卿、貴卿に帝都への召喚命令が出た。ビフレスト開口の手筈も整えている』

 凛とした青年の声が、スピーカー越しに外気を震わせ、この場の全員の耳に届く。

 敵の増援―――。

 コンスタンチンを追い詰められたのは、ガーディアン4機による間断ない攻撃があったからだ。4対1のアドバンテージを生かした連撃は、コンスタンチンに冷静な判断をさせなかったという結果も生み出した。

(こいつは……)

 だが、これはただの仕切り直しではない。それでは済まない。

 リンケージたちはカンボジアに到着したその日に〝アロンダイトZ〟の戦闘を直に見ている。〝ラブリュスD〟だけでも問題だというのに、更にコンスタンチンと同じ騎士―――高い戦闘能力を持つハルクキャスターがもう1機増えたという事実は、絶望という他ないだろう。

 その空気を察したかどうかわからないが、ランスロットはリンケージたちに告げる。

『警戒する必要はない。こちらはこれ以上の戦闘をする意思はない。任務はあくまでコンスタンチン卿とラブリュスの回収だ。無論、邪魔をするならばその限りではないが―――』

 不本意ながらも、レオンは安堵した。それはケイゴたちも同じだ。

 勝ち目が薄い戦いを避けることができるならば、それに越したことはない。このまま戦いを続ければ、良くて1機と刺し違え。最も高い可能性は皆殺しだ。

 こちらも手を引く。そう言うことが、最も賢い選択肢であることはわかりきっている。

『ふざけんなよ』

 この場でただひとり、それを良しとしない者がいた。

『お前、その男がここで何をしたかわかってんのかよ…!』

 結城銀河だけは、コンスタンチンを逃がすことを許さなかった。

『そいつのせいで、どれだけの人間が苦しめられて、死んだと思ってるんだ…!』

 銀河は保護した少女・ヤサの顔を思い浮かべる。やっとの思いで武装集団から逃げられたと思ったら、自分の帰る場所も親もなくなっていた。村の人間は、コンスタンチンたちAAAに怯え、ヤサを排斥しようとした。それはきっと、この場所では特別なことではないのかもしれない。銀河にはコンスタンチンがもたらした具体的な被害はわからない。コンスタンチンがいなくても、AAAが力を持って、一帯に強い影響を与えていたかもしれない。

 それでも、銀河は『治外法権』の一言で見過ごすことなどできない。

 対して、レオンは『この場を去るというのならば見送れ』という、全く逆の考えだ。

 戦場での生死は最終的には運だが、生き残るために最も重要なことがある。ある者は高い戦技だと言い、ある者は生き残るという強い意志だというが、レオンの見解は違う。

 勝てない戦いをしない。

 銀河が耳にすれば反論するであろう理屈だが、自分より強い相手に挑まない、勝ち目のない戦場に赴かないことが、死なないコツであり、傭兵として生きる者の鉄則である。

 他のリンケージの意見は二分されていた。ジョーは銀河のようにこれでは筋が通らないと思い、ケイゴは彼我の戦力差から、これ以上の戦闘継続は不可能だと判断した。

『抑えろ、結城銀河』

 レオンはノートゥングによる機体修復のフィードバックに苦しみながら、微かに焦りや怒りを滲ませ、脂汗をかきながら銀河へ言い聞かせる。

『戦局はこちらに不利だ。ランスロットの申し出は、結果としてこの地を救うことにもなる』

「―――そうじゃない」

 コックピットで肩を震わせながら、銀河は答える。

「なんで『戦いを止めて連れ帰ってください』って頼まなきゃならないんだ!俺はそんなもの―――」

 〝クロスエンド〟が飛び出す。

「俺は、認めない!」

 CALブレードによる横薙ぎ一閃。

 だが〝アロンダイトZ〟はバック宙のように機体を一回転させ、回避。大振りに傾ぐ〝クロスエンド〟に向けて左腕の白いブレードボックスから白刃―――ハンドカッターによる突きを、頭部に向けて繰り出す。

(頭部―――センサー類を破壊すれば……)

 この状況下、ランスロットは極めて冷静かつ、可能な限り穏便に事を収めようとしていた。

 ランスロットは数日前にリンケージたちに助けられたことを、本心から感謝していた。リンケージたちがいなくとも、状況は打開できたであろうが、あの少女―――ヤサが無傷でいられたのは、ガーディアンが加わったからだと思っている。

 ランスロットは銀河を殺すつもりがない。顔はわからないが、その操縦から直情的ながらもまっすぐな潔さを感じられる、嫌いなタイプではない人間だ。

 胸部をごっそりと削られながらもじわじわと修復されていく小型の機体と、機体から火花を散らす青い龍型機は、しばらく動けないと判断している。双剣の武者も、見たところ隙さえ見せなければ襲って来そうにない。

「―――大人しくしてもらう!」

 白刃が23メートルの巨人、その光学センサーを貫く。

「―――っ!?」

 はずだった。

 〝クロスエンド〟の首が右に傾き、2メートルの刃が切り裂いたのは頭部センサーではなく、側頭部の防御フィールド、その残滓だけだ。

(だが―――!)

 〝アロンダイトZ〟が刺突の勢いを回転運動に変え、そこに右脚の回転を上乗せする。全身を使った踵落とし―――ただし、〝クロスエンド〟に向かって振り下ろされたのは脚部ブレードボックスから伸びる、腕部のそれと全く同じ2メートルの白刃だ。

 左肘を切断するはずの斬撃。20メートルを超える巨体では回避直後の連撃に反応が追いつかない。

 だが、銀河は対応してみせた。

 左肘を引くことで、BCビームコーティングシールドを割り込ませ、刃を防ぐ。

(二度も反応した!?)

 一度だけなら偶然と片付けるが、二度目となるとそうはいかない。

 ランスロットは白亜の機体のパイロットへ明確に警戒心を抱く。銀河はただ向けられた敵意に対してがむしゃらに回避しているだけだということを知らずに。

 白亜の巨人が反撃に動く。

 シールドで受け止めた刃を弾きながら、CALブレードを縦に振るう。満月をかたどるような軌跡を描く長い刀身が、青の騎士を両断するように振り下ろされた。

 ランスロットは咄嗟に左腕を構え、CALブレードの剣戟を白刃取りで受け止める。

(後ろ―――!)

 そこで、更なる追撃の気配を感じ、同様のシールドを、右腕を向けて展開した。

 右腕に展開された魔法陣に、重い一撃が加わる。

 初めは二刀の鎧武者―――〝姫鶴一文字〟だと思ったが、シールドで受け止めたのは斧。

「どういうつもりだ、コンスタンチン卿」

『どうもこうもねぇよ』

 グレーの角型の頭部が、青い魔法陣越しに青の騎士を見据え、剛腕で斧を叩きこんでいた。

『俺はイグドラシルに―――ウルズには戻らねぇ』

「陛下から直々の命だ。それに従わないということの意味を、貴卿が理解していないはずあるまい」

『俺は、ここの王だ。俺が法だ!俺が絶対だ!国に戻ったらあの小僧アーサーにヘコヘコする毎日じゃねぇか!俺はそんなモン認めねぇぞ!』

「コンスタンチン卿、聞かなかったことにしてやる。陛下の名の下に、わたしとウルズ本国に戻れ。これはアーサー陛下の命だ。逆らうことは―――」

『黙れと言ったぞ、ランスロットォォォォォッ!!!!』

 斧を押し付ける力が強まる。ラブリュスの八天神具としての特性により、〝ラブリュスD〟の機体出力が跳ね上がっていく。

『テメェのように、十代のうちに騎士になったやつにはわからねぇだろうよ!』

 徐々に、斧の刀身が魔法陣のシールドを軋ませる。

『俺の血反吐を吐くような努力が、30年以上続いた死ぬような鍛錬の結果が、騎士の末席だと!?史上最年少でランスロットを襲名した貴様や、代々騎士の家系のすまし顔野郎ガウェイン、最年少皇帝のクソガキアーサーなんぞに、40そこそこでやっと騎士にしがみついた俺の苦しみなんぞ理解できないだろう!!』

 ラブリュスによる重厚な斬撃が、とうとう青の魔法シールドを破壊した。

 ランスロットは尚も己を切り裂かんと迫る斬撃を右腕で防御するが、ブレードボックスが粉砕され、眼下の森に落ちていく。

 コンスタンチンは帝都近郊にあるスラム街の出身だ。彼の周りには二種類の人間がいた。奪われる者と、奪う者。前者は弱者で、後者は強者。窃盗と殺人と強姦が日常の世界に生き、出生からして強姦された十代半ばの少女から生まれた少年にとって、生きることはすなわち強者になることと同義だった。

糞溜めスラムの中から力を手に入れるため……皇帝アーサーになるために死に物狂いしてきた俺を、鼻で笑うような連中がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 そんな少年を、母である少女は愛し続けた。心身が荒む環境の中、この母子家庭はまだ『まとも』だったといえた。母は少年をまっすぐに育てようとし、少年は母にまともな暮らしをさせたいと思っていた。周囲の人間のように、手近な弱者から搾取しては、いつまで経っても弱者のままだ。だから、少年は10年に一度行われる『選定の儀』―――勝者が騎士となる、数十万人が挑むバトルロイヤルに賭けた。教育環境すらまともになかった少年は、ゴミとして捨てられた情報端末をとある人脈で修理してもらい、魔法の勉強をした。体格をよくしなければならないと思い、母への罪悪感を抱きながらも食料の略奪も行った。露店から食べ物を盗んで逃げ、パルクールのように街を駆け回り、体力をつけていった少年は、十代半ばで初めて『選定の儀』に挑み、その予選で敗退した。次元が違った。少年が相対したのは一回り年上の男性だったが、少年は呆気なく意識を飛ばされた。さらに衝撃だったのが、自分を敗北させたその男は騎士に遠く及ばなかったことだ。

 少年は、10年毎に『選定の儀』に挑み続けることを決意する。力無き者に人を導く資格なしというウルズ帝国の思想に心から共感し、希望としていた少年は、青年になり、血の滲むような鍛錬を繰り返し、日課とし、実力をつけていく。『選定の儀』に挑む度に敗れ、己の無力を嘆き、母に申し訳ないダメだったと奥歯を嚙み締め、「よく無事に帰ってきた」と慰められる。それを三度繰り返し、遂に四度目に騎士となり、スラムの少年は『コンスタンチン』を襲名した。

 だがここで、コンスタンチンは二つの事実を突きつけられた。一つ目は十代二十代が多くを占めていた今期の騎士(殊更にこの年の騎士は若年が多かった)の顔ぶれ。自分が30年以上積み重ねてきたものを、才ある者が簡単に手に入れているような錯覚。それが自分の惨めさをより引き立たせ、嘲笑われているように思えたのだ。

 二つ目は、母の死だった。強盗だ。スラムではよくあることで、大衆食堂で一食食べられるかどうかという金額のために、刃物で殺傷された。

 コンスタンチンは打ちひしがれた。自分が前回騎士になっていれば、母はこんな目に合わずに済んだのではないか。力がないから奪われ、力があるから皆が自分を恐れ敬う。今の自分には力があるから金も地位もある。生活は脅かされない。

 だから、コンスタンチンは心の底から思った。

 力ある者で居続け、常に奪う側に居続けるのだと。死ぬのは弱いから。弱者は悪だ。ずっと強者であり続けるのだ。

 だから―――

『俺を認めないウルズになど、誰が戻るかぁぁぁ!!』

 今までで一番強烈な斬撃が、

『ましてや、あのクソガキ陛下になんぞに―――』

 裂帛と共に打ち下ろされる。

かしずくかってんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


「言いたいことはそれだけか」


 対照的に、ひどく落ち着いた声で、ランスロットが呟く。

 一瞬のうちに、青の騎士は〝クロスエンド〟を森に突き落とし、ラブリュスの刀身を片手で掴み取っていた。

「自分だけが不幸を背負い、自分だけが努力し、その努力が報われて然るべきだと喚く…」

 斧が動かない。いや、動かせない。

「その上、陛下への侮辱を二度三度と繰り返すとは、それが選定の儀により選ばれた騎士の様か!!」

 コンスタンチンはピクリとも動かない手斧に焦りながらも、苛立ちが勝る。

『陛下陛下うるせぇんだよ!とっととくたばれってんだ!』

 拘束から逃れようと、〝ラブリュスD〟の太い脚部が〝アロンダイトZ〟の顔面を蹴りつける。だが―――

「コンスタンチン卿―――いや」

 そこに青いハルクキャスターの姿はなく、

「ゴードン・レーガン、国家反逆罪及び八天神具の不正私用により、騎士『コンスタンチン』の名と第5位ラブリュスを剥奪し―――」

 灰色の巨躯、その頭部が切り飛ばされた。コックピット内で光学センサーがブラックアウトする。

「貴様を処刑する」

 近くに、〝アロンダイトZ〟の姿はない。

「その命で、祖国と陛下に償え―――!!」

 既に、彼我の距離は5キロ近く離れていた。

 青い騎士の手には、背中に収めた剣―――アロンダイトが握られていた。刀身のしのぎ中央から縦半分に切れ目が入り、前方にスライドする。その隙間を埋めるように、青い光が集まり、瞬時に結晶化して青く透明な刀身を作り上げる。格納状態では5メートルの刀身が、9メートル近くに伸長し、身の丈を超える大剣となる。

 大きく弧を描くような軌道で旋回し、一気に加速。〝ラブリュスD〟へ向けて伸長した大剣を八双のように構え、突進する。

 空気を切り裂きながら加速し、音速を超え、超音速、極超音速へと遷移し、時速にして6千キロを超える。

「デストロイド……キャメロットッッッ―――――――――――!!」

 極超音速で突き進む20トンの質量が、グレーのハルクキャスターを捉え、その中心を貫く―――などという生易しい結果にはならなかった。

 〝ラブリュスD〟に剣先が接触した瞬間、機体表面の防御フィールドが安々と弾け、胸部装甲が拉げ、搭乗しているコンスタンチンごと刹那の間に粉砕した。命中は胸部だが、四肢を含めて粉々に粉砕され、分厚い灰色の装甲も、十数センチ四方に満たない歪んだ金属片と成り果てる。コンスタンチンに至っては、発生した衝撃波も相まって血の一滴すら残さず、骨粉の欠片も確認できないほど、言葉通り、この世から消えてしまった。

 唯一の残滓は、森の中に落ちていく両刃斧―――八天神具ラブリュスのひび割れた柄だけだった。

 ランスロットは機体を急旋回させて素早くラブリュスを拾い上げると、その場で呆然とするリンケージたちを見下ろす。

『身内の醜態を晒してしまったな。その点は謝罪しよう』

 〝アロンダイトZ〟は反転し、高速で飛び去っていった。

 青のハルクキャスターが消えた方向を、リンケージたちはただ見上げる。

 自分たちがどうにか連撃で畳みかけ、やっとのことで勝機を手繰り寄せられた相手を、ランスロットはさも当然とばかりに『処刑』した。

 そう、あれは戦闘の末に勝利したわけではない。

 ランスロットが一方的に『始末』したのだ。

 ある者は戦慄、ある者は安堵、またある者は静かな闘志を抱きながら、彼方に飛び去ったハルクキャスター、その方角をただ眺めていた。




 同じころ、クサック・スメイ基地の格納庫でも、決着がついた。

 銃撃の間隔が長くなり、やがて止んだ。

 コウイチが恐る恐るコンテナの陰から顔を出すと、先ほどまで溢れていたAAA構成員と思われていた男たちが消えていた。

「逃げた…?」

「ボウズたちが勝ったんだろ」

 コウイチの隣では、郷田が煙草を咥えながら懐を探っている。

「目敏いんだろう。ずっと向こうの戦況を聞いてたか、増援の依頼をしたときに応答なしになったのかはわからねぇが、後ろ盾がなくなった途端にコレだ」

 郷田は自分の足元に転がっている、破損して油が広がっている安物ライターに気付き、煙草をポケットに仕舞い直す。

「わたしたち、助かったの…?」

「うん、なんとかね」

 不安げな様子で恐る恐るコウイチを見上げるマナミは、いまだ警戒を続けながらも雰囲気を弛緩させる仲間の様子にそっと胸を撫で下ろす。

 幸いにしてこちらに死者は出ていない。しかし、応急処置だけを受けた負傷者、少なくとも7、8名はすぐに病院へ搬送した方がいい。

 無事だったのは、AAA側が殲滅するつもりではなく、輸送機や装備品を奪うこと(ついでに女の確保)を目的にしていたからだ。

(そうじゃないと、ロケットの一発でも持ち出されてれば詰んでたもんな)

 何気なく、コウイチは自分の腕時計を見下ろす。

 日付はとっくに変わり、午前1時に差し掛かろうとしていた。

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