第1話 出立

 11月9日13時50分――

 リンケージたち11人は、ニューカッスル基地司令執務室に集められた。

「貴様たちにはカンボジアに飛んでもらう」

 禿頭にサングラスの司令官は、椅子にふんぞり返ったまま告げた。

 対してリンケージたちは「どういうことだよ」「いきなりなんで」と困惑を見せた。ただし、レオンはひとり冷静だった。

(やはり、そういう使い方をするか…)

 レオンたちは試作機とはいえ最新鋭のハルクレイダーを圧倒し、強力なワンオフ機のハルクキャスターを撃墜した。更に先日、たった5機で2個機甲中隊相当のAAA部隊を無力化している。

 存在価値を認めさせることに成功しているが、力を見せ過ぎた、というのがレオンの見解だった。

 MUFは多国籍統合軍、つまり国際軍事集団だ。それを敵に回せば、即ち世界を敵に回すことになる。如何に強力なガーディアンとて、物量に押されれば磨り潰されてしまう。

 以前西オーストラリアに向かう前に行われたライナス司令官との会話を、MUF二等兵となっているレオンは思い出し、自らが置かれた状況を痛感していた。

「オーストラリアから離れることになるが、なぜここの戦力を?」

 わかっているからこそ、レオンは話を進める。ケイゴたちと基地に帰ってきてから、銀河たちにも自分たちがMUFに半ば拘束されている状況である旨を説明はしている。尤も、それを理解しているかは別だが。

「以前から、ハルクキャスターの目撃情報があってな」

 ライナスはピンボケ気味の写真データを見せた。

 頭部と両肩に大きな角を生やした機体だった。手には両刃の斧を持っている。

「極秘裏に各国部隊が送り込まれているが、それらは全て消息を絶っている。貴様らは現地でこのハルクキャスターの情報を収集し、可能ならば鹵獲しろ。最悪撃破しても構わん」

 無茶なことを言うオヤジだ。

 銀河やコウイチたちは呆れと倦怠を伴って項垂れそうになるが、

(私兵、だな)

 レオンだけはライナスの思惑を察することができた。

 現在ニューカッスル基地は機能の半数以上を回復させている。倒壊した格納庫を中心とした建造物はまだ復旧していないが、滑走路は3本が整備されている。人的被害のほとんどはパイロットや格納庫に偶然詰めていた整備員であり、直接基地を運営している人員に大きな欠員は出ていなかった。戦力は不足しているが、オーストラリア軍のシドニーやブリスベンの戦力が臨時防衛戦力として駐留している。もし戦闘があっても、為すすべなく壊滅することはなくなっている。

 しかし、あくまでそれらは『オーストラリア軍』である。

 ライナスはMUFの基地司令官であり、彼らに対する命令権はない。駐留軍の戦闘は『有事の際にニューカッスル基地を防衛する』ことであり、積極的攻勢任務に駆り出せるものではないのだ。

(それに……)

 レオンはライナスの置かれた状況を推察する。

 強奪・撃墜された5機の新型ハルクレイダーは、世界中のMUF基地で開発されたものだという。それらが破壊されれば、責任は基地司令官であるライナスにあるのは当然の帰結になる。となれば、他の基地の責任者はライナスに抗議してくるだろうし、MUFの上層部もライナスの評価を大きく下げるだろう。

 つまり、わざわざカンボジアまで行けというのは、ただのポイント稼ぎであり、失敗を功績で相殺したいということなのだろう。

「尚、それに伴い、貴様らの所属を変更する。二等兵で構成された部隊では示しがつかんからな」

 もったいぶりながら、ライナスが改まって告げる。

「貴様らを第666独立機甲中隊として編成する。隊長としてレオン・ホワイト特務中尉、副隊長は橘コウイチ特務少尉、他は特務准尉に特例昇格とする。尚、これら階級には他部隊への命令権はない、特別なものであることを付け加えておく」

 要は体裁上士官であるが、何の権限もない人員と部隊であるということだ。ライナスの手足のように動く忠実な手駒にしたいという魂胆が見え見えだった。

「出発は明日0600時。輸送機の手配はすでにできている。第4整備中隊を連れて行け」

 話は終わりだと、ライナスはリンケージたちを追い払った。


「なんなんだよ、あいつは」

 銀河は退室するなり不満を漏らした。それは、少なからず全員が抱えているものだ。

「確かに、これでは…」

 ケイゴも戸惑いを隠せない。

「すまんな」

 そんなリンケージたちへ、長身の黒人男性が声をかけた。

「副司令……」

 コウイチが目を合わせると、バーナード・コリンズ大佐が苦笑を浮かべていた。

「こうなるであろうことは、予測していた」

 レオンは冷静に語る。

「俺たちがMUFの所属になったという時点で気付くべきだった問題だ」

「だが、今回の命令は利用できる」

 対して、コリンズは柔和な――いや、意味深にというべきか――笑みを浮かべながら言う。

「君たちは横須賀に行け」

 唐突な発言に、全員が固まった。

「君たちはカンボジアに向かうという、オーストラリアを北上する大義名分を得た。もし任務中にニューカッスルからの指示が仰げない状況下に置かれれば、MUF所属の君たちは連絡の取れるカールニコバルか横須賀のMUFに連絡を取らねばなるまい?」

 レオンたちはコリンズの言いたいことを瞬時に理解した。確かに、そういう状況になれば副司令の言うとおり、別の基地へ指示を仰がなければならない。一時的であれ、ニューカッスルの――ライナスからの指揮から外れることができる。

「君たちの帰還方法については、横須賀の高遠司令の許にいたほうが、情報が得られるだろう。これはまたとない機会だ」

「同行する輸送機や整備班は?『律儀に仕事をする』人間がいれば、司令官殿へ露見する可能性があるが」

 レオンは輸送機や整備班の人員が行動監視の役目を負っているのではないかと疑問を口にする。だが、コリンズは首を横に振った。

「問題ない。第4整備中隊は先の事件で定員割れの16名だが、身元は保証する。君たちを運ぶ408飛行隊も、陽気な連中だ。少なくとも、あの司令に媚を売るような奴はおらん」

 MUFハルクレイダー整備中隊の定員は50名である。定員の半分にも満たない整備チームをつけるというのは、ガーディアンの解析作業に第4整備中隊が参加していたことと、リンケージたちに対する投げやりな扱いによるものだった。通常12機編成のハルクレイダー中隊ではなく9機編成の変則中隊だから、というのも理由のひとつだろうが、規格外の機体ばかりということも考えれば通常編成の整備中隊でも荷が重いことだろう。

「ああ、そうだ。部隊名の通称を考えてくれ。早めにな」

 そう言い残し、コリンズは去っていった。

 リンケージたちは「なんでそんなことを?」と首を傾げていたが、彼らは知らない。

 現在司令執務室では山田マナミの体を思い浮かべたライナスが「あの尻は素晴らしいからな。〝プシーキャッツ(メスネコ)〟などどうだろうか」と考えていることを。


 翌日未明、輸送機への搬入作業が始まった。

駐機場(エプロン)では巨大輸送機C-17H-SCA〝グローブマスターⅣ〟が4機並んでいる。 空挺部隊によるハルクレイダーの小隊規模での運用を前提に作られた輸送機で、ペイロードは120トンを超える。そこに人員と機体、それに補給物資や機材を乗せて遠路カンボジアまで12時間のフライトとなるわけだ。

「やぁ、諸君」

 積み込み作業もほとんど終わり、あとは整備班が物資の最終確認をすれば終わりというところで、陽気な男の声が上がった。

 やや陽に焼けた30代の白人男性で、身長は180センチを超えている。茶色がかった逆立ち気味な髪は、決して強風に当たって崩れたわけではないだろう。

「一番機機長のアーノルド・ボートフェルト大尉だ。よろしく頼むよ、トラベラー諸君」

 陽気に右手を差し出す男に、レオンは「666中隊隊長のレオン・ホワイト特務中尉だ」と握手する。コリンズの言うとおり、気さくな男のようだ。

 握手を終えると、ボートフェルトの陰から小柄な少女が顔を出した。

「副長のリィル・ルイリ少尉です。歓迎します、中尉」

 銀色の髪をツインテールにした10代半ばの少女だった。あまり感情を表に出さないタイプのようで、レオンを見上げる瞳からは感情を読み取ることはできない。

 周囲では、同じように機長が搭乗者と挨拶をしていた。

 長く退屈なフライト――

 誰もがそう思い、そして、後にその予想を裏切られることになるとは露とも知らずに、1時間後の午前6時、4機の大型輸送機は離陸を開始した。

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