第27話 ケイと毛の色

 ケイの定期検診。


 月に一度、第三水曜日にケイを連れて近所の和泉動物病院にやって来るが、今日は和泉先生だけでなく、年配の人がいた。


「山田さん、わたしの先生の猫屋敷先生です」

猫屋敷ネコヤシキです。よろしく」


 白髪のスラっとした長身でいかにも賢そうな六〇過ぎと思われる猫屋敷先生……ネコヤシキ……すごい名前だ。


 彼は大きな身体を縮こめているケイを見て言う。


「この子が……アラスカンマラミュート系なんだろうか?」


 和泉先生が、説明をしてくれた。


 血液のデータやらあれやこれやを出身大学に送って、ケイの健康状態の調査をしてくれていたようなんだけど、そのデータに興味をもった猫屋敷先生がケイに会いたいということで、やって来たそうなのだ。


「ノズルは長めで、垂れ耳で、毛の色は黒一色……」


 猫屋敷先生の言葉に、俺はキョトンとした。


 この先生、目がおかしい? 色がわからない病気なんかな?


 ケイは真っ白い子なんだけど……。


 和泉先生が笑う。


「猫屋敷教授、変なこと言わないでください。ケイちゃんはトライカラーですよ」

「なに? そんなことはないぞ」


 二人とも、おかしいことを話している。


 ケイは、真っ白なんだけど……え?


 どういうこと?


 俺がケイを見ると、ケイは早く終わらないかなという不安げな目で俺を見ていた。


 結局、猫屋敷先生と和泉先生がお互いの主張を曲げず、俺は白だと言い、看護師の人は「えぇ!? ケイちゃんはとてもキレイな茶色の子ですよぉ」と言ったものだから、検診どころではなくなってしまった。


 狭い部屋で窮屈だったケイが、キュンキュンと言い始めたので、とりあえず今日は帰ると言って病院を出た俺は、ケイに話しかけながら歩く。


「ケイちゃん、どうして他の人には白く見えないのかな? 俺がおかしいのかな?」

「きゅーん」

「きれいな白い子なのにねぇ?」

「きゅん」


 甘えてくれる顔がかわいぬぅ!


 帰宅すると、鍋に水を入れる佐田さんがいた……。


「お! おかえり! ラーメン作るからな!」


 また……この人が部屋にいる間、三食すべてラーメンになる。ラーメンかつけ麺かタンメンか担々麺か酸辣湯麺か味噌ラーメンか塩かあれやこれやで変わるものの、麺であるのは間違いない。


 まぁ……抜群にうまいからいいんだけど、さすがにずっと麺で飽きるんだよなぁ……。


「山田。番犬の散歩おわったのか? ならばしばし待て。そこでチャーシューの火加減を見ながら待ってくれていいぞ」


 手伝えと言っているわけです……。


 ふと、佐田さんはケイの元飼い主だし、もしかしたらケイの色のことなにか知っているのかもと思った。


「佐田さん、ケイは何色に見えます?」

「ん? お前は馬鹿か?」


 あんたに言われたくない!


 チャーシューの匂いをクンカクンカするケイの頭を撫でながら、俺は病院でのことを佐田さんに話すと、彼女は笑う。


「我からみて、番犬は白だ。山田、お前が正しい」

「ですよね! そうですよね!」


 佐田さん! あんた、いい人だ!


「しかし、他の色に見えるという者たちも嘘は言っておらん。番犬は、見る者の人間としての格で、色が変わる」

「かく?」

「格付けが下のほうだと、色が濃い」


 ……猫屋敷先生、下のほうなんだ。


「どういったことで、格は決まるんです?」

「番犬が、好きか嫌いかだ」

「つまり?」

「番犬が好きな相手だと、番犬は本来の色を見せる。だからお前の目に映る番犬は、本当の色だ」


 俺は大喜びしたいけど、佐田さんがニコニコしてて「嬉しかろう?」と言うものだから、皮肉を言いたくなった。


「……嫌われている佐田さんも白く見えるのに?」


 佐田さんは、目を大きく見開いて俺を見る。


 驚いた! という顔だ。


「山田! ひどいではないか! 我は番犬の元の主だぞ!」

「嫌われて、逃げられたんでしょ? だからケイは俺を選んだ……ケイぃ、佐田さんには、黒く見せればいいよ」

「山田! お前のつけ麺には煮卵はつけてやらん!」

「ごめんなさい。煮卵ください」

「やらん! 番犬、こいつの分もお前にくれてやろう」


 佐田さんはそう言っているけど、ニコニコと笑っていた。

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