第30話 スパイラルスター時を超えて


 旭橋を渡りきり左に曲がると、そこはもう「いーはとーぶアベニュー材木町」通りだ。ちなみに普段の帰り道は材木町通りに入らずに直進している。この通りの歩道には、宮沢賢治像を始め、チェロや星座など彼に因んだモニュメントがいくつか立っている。毎週土曜日には「よ市」という路上マーケットが開催され、県内外から多くの観光客で賑わっているのだ。

 村定楽器店は材木町通りに入ってすぐのところにある。一説には宮沢賢治はここでよくレコードを買っていたという。「楽器」と書いているが、CDやブルーレイ販売がメインである。もしかしたら昔は、それこそ宮沢賢治がいた時代では、楽器も販売していたのかもしれない。

「おっ、あんじゃん!」

 CDの棚の目立つところに紫波さんのコーナーができていた。

 『紫波真紀 ニューシングル「揺らぐ想い」発売! 特設コーナー』

 ノリが早速一枚取った。僕も一枚棚から取る。

 紫波さんは今年の三月まで、僕らが通う盛岡西高校の生徒だった。学生でありながらシンガーソングライターとなり、今まで三枚CDをリリースしている。四ヶ月ぶりのニューシングルは東京へ上京して初めてのリリース曲となる。

 僕らはそれぞれ紫波さんのCDを買った。


「揺らぐ想いかー。どんな歌詞なんだろうな」

「楽しみだね」

 僕らは材木町通りを抜け、いつもとは違う通りを歩いていた。空は紺色に染まっていた。

「実はさ、俺も想いが揺らいでるんだよねー」

「なに? どうした?」

「大地だから言うけどさ」

「うん」

「俺、岩田さんのことが好きなんだ」

「え……そうだったんだ」

「驚くだろ? アイツのこと散々からかってるのに好きとか」

「仲良いな、とは思ってたけど」

「マジか」

「うん。割と」

「実はさ。さんさ踊り、一緒に行く約束したんだよね」

「マジか、え、すご。え、二人で?」

「まぁ、そうだな」

「すごいじゃん、え、待って。もう付き合ってるの?」

「いや。まだ。それで、さんさ踊りの時に告ろうかなって」

「いいじゃん、いいじゃん。いけるって!」

 渡ろうとした信号がちょうど赤になり立ち止まる。

「でもさ。俺なんかが告白していいのかなって思ってさ」

「え、なんでよ?」

「アイツさ、今めっちゃ勉強してんじゃん?」

「そうだね。三年になってからよりそう思う」

「俺なんかバカだからさ、どんなに勉強しても釣り合わないっていうか」

 ノリはいつだって真剣だ。おちゃらけているようでいつも真っすぐに物事を考える。ノリも悩んでるんだ。と思った。

「俺、アイツの夢、応援したいんだよな。それなのにこんな大事な時期に自分勝手に告白なんかしていいのかって思ったりする」

 信号が青になる。僕たちはまた歩き出す。

「でもさー。高校最後の夏じゃん。やっぱ自分の想い伝えたいよなー」

「いいんじゃないの? 伝えても。ほら、紫波さんの歌詞にもあったじゃん《踏み出したのなら届くかな 届きたい きみの星に》って」

「そうだよな」

「そうだよ。せっかくふたりでさんさ行くなら、うまく行くって」

「だといいけど」

「応援するよ」

「あぁ」

「しかし、ノリは岩田さんだったのかー」

「どうした?」

「いや、しずくちゃん、しずくちゃん言ってるから、てっきり春野先生のことが好きなのかと」

 ノリがどういう反応するか、さりげなくしずく先生のことを話に出してみた。

「しずくちゃんは可愛いけど、やっぱ歳が離れすぎてるっていうか、俺らのことなんてガキとしかみてないっしょ」

 僕の想いなど知らず、ノリは痛いところを突いてくる。

「それにさ、しずくちゃん、コージローといい感じじゃんか。あれ付き合ってるって噂だし」

「え……そうなの」

 ノリは僕の想いなど知らず、グサグサと刺してくる。コージローとは今年入ってきた一年生の先生だ。この三月まで大学生だった。爽やかな先生で、直接授業を受けたことはないけれど、僕らのクラスの女子にも人気がある。

 確かにしずく先生とは一歳差だし、同じ教員だし、付き合ってもおかしくないかもしれない。

「まぁーなんていうか、しずくちゃんは手の出せないアイドルみたいなもんだよな。住む世界が違うっていうか」

 ノリはザックリと言葉のナイフを突き刺してくる。僕はもうメタメタだ。

「つーか、そういう大地こそ、好きな人いんの?」

「え? いないよ!」

 まさかこのタイミングでしずく先生が好きだなんて言えたもんじゃない。

 ノリは口が堅いし、信頼できるし、相談に乗ってもらいたいところもあるが……。

「大地ならカッコいいから誰とでも付き合えそうだけどな。まぁ、アイドルのしずくちゃんは無理だろうけどな」

 やっぱりノリには言わないことにした。

 

 

 イギリス海岸に日が落ちて

 きみの笑顔が映り込む

 それは僕の悲しみ

 アリスのように旅をする

 

 気怠そうな山猫が

 それでもまっすぐ投げかける

 「きみには無理さ」

 「大人になれよ」

 

 気づいたんだ

 どうしようもないことだって

 

 だけど……

 

 手を伸ばしてもっと

 届かないずっと

 それでもやっと

 踏み出したのなら届くかな

 届きたい

 きみの星に

 銀河の星に

 

 スパイラルスター

 時を超えて


 スパイラルスター

 時を超えて

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る