第4話 恐怖

俺は鉱山奴隷である。

鉱山内での担当作業は、掘り出された岩――鉱石入り――をカゴに積んでトロッコまで運ぶという物だ。


採掘作業に比べれば、運搬は楽な作業ではある。

そのため鉱山内のヒエラルキーは、発掘作業が運搬係より上になっていた。


同じ奴隷じゃないのか?

そう思うかもしれない。


だが同じ奴隷であっても、重要な仕事をこなせる奴の方が当然現場では重宝される。

そのため優遇される発掘作業員に対して、運搬係は頭が上がらない状態だった。


「邪魔だくそがき、さっさと運べ」


「は、はい」


掘り出された岩を寸胴状のカゴに入れていると、作業の邪魔だとばかりに蹴り飛ばされた。

正直イラっとしたが、ぐっと堪えて俺は作業を進める。


……記憶を取り戻す前なら、ただ怯えるだけだったろうな。


子供が大人に蹴られるというのは、想像以上に恐ろしい物だ。

それは俺自身、嫌という程体感させられている。

この鉱山で。


「よいしょ……」


カゴに岩を詰め終わった俺は、両手でゆっくりとそれを持ち上げた。


発掘作業より楽とはいえ、掘り出された鉱石を運ぶのも十分過ぎるほど重労働だ。

子供の体なら猶更である。

だから此処に連れて来られた当初は、余りのきつさに、毎日の様に俺は泣いていた。


2年経って慣れこそしたが、それでもきつい事に変わりはない。

本当につらい毎日だった。


が――


「ふんふんふん~」


発掘作業のおっさんから少し離れた所で、俺は片手で鉱石の入ったカゴを持ち、鼻歌交じりにスキップする。


……まったく、嘘みたいだ。


訓練空間での、無限潜水とやらの効果は劇的な物だった。

以前はあんなに苦しかった運搬作業が、今ではお散歩気分になるまでに体が鍛え上げられている。


……1年間、回遊魚みたいな真似した甲斐があるってもんだ。


普通に考えれば、発狂物の訓練内容だ。

だが、それ程苦しくは感じなかった。


確かにちょこちょこ酸欠状態になるので苦しくはあったが、とにかく精神回復の効果が大きい。

人間、ストレスが重なりさえしなければ、少し苦しいぐらいなら屁でもない事を実感させられる。


「はぁ……はぁ……」


トロッコに付近で他の運搬係を見つけ、カゴを両手に持ち替え慌てて辛そうな真似をする。

もうなんなら運搬より、こっちの方が遥かにしんどい位だ。


「坊主、今日もがんばっとるな……」


相手はトムと言う名の、白髪白髭のやせた老人だった。

この老人は、以前から子供である俺の事を気遣う様に声をかけてくれる優しい人物だ。


まあそれ以外、何かしてくれる分けじゃないけど……


それでも、自分の事を気にかけてくれる人が居るというのは、子供だった俺にとって大きな励ましとなっていた。

だからまあ、彼は一応恩人と言えなくもない。


「はい。お互い頑張りましょう」


そう返事を返し、俺はカゴの中身をトロッコに移し替える作業に取り掛かる。

その気になれば一気に投げ込む事も出来るのだが、他人が見てるのでチマチマ作業を進めていく。

そんな俺の姿を、トム老人が目を細める様に見入って来る。


「坊主、お主……」


「はい?」


「いや、何でもない。ほどほどにの」


何か意味深な事を口にすると、トム老人は自分の空になったカゴを持って去っていく。


ひょっとして、俺の体力が上がってる事に気付いたとか?


いや、まさかな。

特に何かした訳でもないのに、身体能力が上がった事に気づける訳がない。


『あの老人には、気を付けた方がいいですね』


その時、急にキュアが出てきた。

彼女は普段消えており、必要な時だけその姿を晒す。


因みに晒すとは言っても、見えているのは俺だけだ。

声も同じで、俺にしか聞こえていない。


『トム爺さんの事か?なんでだ?』


俺は作業を続けながら、心の声で答えた。

心の声でのキュアとのやり取りは、無限潜水中に繰り返しやってたのでもう慣れた物である。


『相当な手練れですよ』


『手練れ』


キュアの言葉に俺は首をかしげる。


手練れってのは、物理的に強い――腕の立つ人間の事を指す。

だが俺の知るトム爺さんは、やせ細った只の老人だ。


『とても強いとは思えないんだが?』


そもそも本当に強いんなら、こんな所で運搬係なんてしてないだろうに。


『私は嘘をつきません!キュアを信じる者は救われます!』


『それ……完全に人を騙す時の台詞だぞ』


まあとは言え、キュアが俺に嘘を吐くってのは確かに考えづらい。

という事は、本当にトム爺さんは強いって事か?


――しかし疑問はある。


『仮にそうだとして、何でお前がそんな事知ってるんだ?』


キュアが知りえる情報は、一般常識や俺の知識が元になっている。

トム爺さんが強い事が事実だったとして、何故彼女がそれをしっているのか?

まさか鉱山で働く老人が強いなんて事が、世間の常識って事はないだろうし。


『もちろん、セイギさんからの情報ですよ』


『俺からの情報?』


何言ってんだこいつは?

俺はトム爺さんの強さんなんか微塵も知らないぞ。


『ちっちっち』


キュアが右手の人差し指を立て、斜に構えてその指を横に振る。

こいつこれ好きだな。


『情報ってのは、何も知識だけじゃありませんよ』


『知識だけじゃない?』


『体感だったり。本人が明確に認識出来ない、ちょっとした微かな恐怖みたいな感覚も情報として私は扱えるのです。どうです!凄いでしょう!!』


『成程。体感や、無意識レベルの感情か』


それが情報になるというのは、まあなんとなく理解できる。

ただ分からないのが、それがどうトム爺さんの強さの認識に繋がるかだ。


どう考えても、恐怖のきょのじも感じた事がないんだが。

あの人からは。


『その表情……ちょっとわかり辛かったですかね?いいでしょう。もっと細かく説明いたしましょう。何故なら……キュアはセイギさんの疑問に答えるために生まれて来たのですから!!』


キュアが鼻の穴を膨らませ、荒く息を『ぷすー』とそこから吐き出す。

自らの使命に、やる気満々といった感じである。


『いいですか?生物には、本能的に強力な生物を感じ取る能力があるんですよ。長い進化の歴史の過程で、生き延びるために獲得した物ですね。要はその生存のための能力が、無意識化であのトムという老人の強さに反応したという事です』


『成程』


今度こそ理解できた。

相手の挙動や行動にではなく、そのうちに秘めた力を俺の本能が感じ取って恐怖を感じた訳か。


トロッコに積む作業が終わったので、俺はカゴを持って立ち上がる。


『それで、トム爺さんはどれぐらい強いんだ』


納得できた所で、今度は興味が湧いて来た。

トム爺さんがどれぐらい強いのか。


『って、分からないか』


が、質問してから気づく。

本能的な恐怖から、相当強い事が分かったからといって、どれぐらいの強さかなど分かるはずない事に。


『正確には無理ですが、ざっくりとした物なら分かりますよ』


『分るのか?』


『ええ、キュアは優秀ですから!セイギさんの今の能力と、感じた恐怖の度合いである程度は算出可能です!!』


どうやらキュアは、俺が本能的に感じた恐怖の度合いで相手の強さが分る様だ。

便利な奴である。


『私の見立てでは、あのおじいさんの実力は恐らく究極騎士レベル以上かと』


『究極騎士とか……滅茶苦茶強いんじゃ?』


この世界での強さの段階は、いくつかに分かれている。

その中で究極騎士は相当高いレベルだったはず。


『そうですね!この鉱山を軽く鼻歌交じりに壊滅させる位の実力はあるんじゃないかと!!』


あの爺さん……


何もんだ?

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