第9話 昔話

「疲れたから今日はここまでなー」


 師匠の宣言と共に、今日の稽古が終わった。

 肩で息をしている俺とは対照的に、師は言葉とは違って汗一つかいていなかった。


 ただ、恐ろしく集中力を使うのだろう、という事は想像するに難くない。

 なので普段なら俺もここで引き下がるのだが。


「もう少し⋯⋯もう少しお願いします!」


「えーっ。やだよー」


「そこを何とか!」


「ダメダメ、終わり」


「⋯⋯分かりました」


 師匠は椅子に座ってしまった。

 こうなると梃子でも動かない。


 仕方なく、俺は今日の稽古で感じた反省点を思い返しながら、素振りを始めた。


「おっ。いつもなら俺が止めたら一緒にやめるのに。稽古復帰早々やる気だねぇ!」


 からかうように言ってくるが、無視して剣を振る。

 しばらくそのままひとりでトレーニングしていると、師は退屈だったのか俺に聞いてきた。


「何でそんな頑張る気になったんだ?」


 剣を振るのを止め、俺は答えた。


「アルトの構え見たんですよ、差を感じちゃいましたね」


「ふーん」


 ⋯⋯聞いておいて、全然興味無さそうだった。

 まあ、いつもの事⋯⋯あ、そうだ。


「あと、父と約束したんですよ。一年間死に物狂いで頑張るって」


「⋯⋯へー」


 おや? 何となくだが⋯⋯ちょっといつもと違う感じがする。

 あくまでも勘だが、少し興味有り気というか。

 もう少し詳しく話した方が良いのか?


「いきなり立ち合う事になって⋯⋯なんか知らなかったんですけど、父さんは剣が使えるみたいで。結構強かったです」


 先を続けると、いきなり師匠は立ち上がって俺の両肩を掴んだ。


「マルスの奴が剣を!? ど、どうだった!?」


 な、なんだ?

 かなり慌ててる様子だ、こんな師匠は初めて見る。

 俺が驚いていると、師匠はハッとした表情になり、椅子に戻った。


「今のナシ」


「いや、無理でしょ⋯⋯? 師匠ウチの父さんと知り合いだったんですか?」


 十年以上の付き合いだが、全然知らなかったんですけど⋯⋯。

 師匠は俺の質問をしばらく無視してたが、急に何かに気が付いたように言った。


「えっ? 俺さっき何か言ったっけ? 覚えてないわぁ」


「いや、無理ですって」


「えっ? 何が?」


 とぼけやがって⋯⋯。

 まあ、いいや。


「まあ、父に聞くんでいいですよ」


「あっそ」


 ⋯⋯違うな、こうじゃないな。

 攻め方を間違えているみたいだ。


「師匠から色々聞いたって言います。ベラベラしゃべってたって」


 俺の言葉に、師匠が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 どうやら正解らしい。


「この、卑怯者が」


「師匠の弟子ですし」


 俺がニッコリ笑って答えると、師匠は『はぁー』と、深く溜め息を吐いた。


「⋯⋯俺が言ったって絶対言うなよ?」


「はい、約束します」


 頭をがしがし掻きながら、師匠は話し始めた。



「アイツと俺は同門だったんだよ」


「父さんと師匠が?」


「ああ。一回も勝った事無かったけどな⋯⋯」


「マジすか⋯⋯」


 師匠は頷くと、先を続けた。


「今まで色々な剣士を見てきたが、アイツより才能がある奴はいなかったな。何より⋯⋯俺の剣と違って華があった」


「華ですか?」


「ああ。一撃一撃が才気に溢れ、見るものを虜にする⋯⋯本当なら、伝説のチャンピオンと呼ばれたのはアイツだったろうさ」


「⋯⋯」


「だけど⋯⋯アイツが一五の時、突然『剣を止める』って言い出した。俺は思わず責めちまった。『勝ち逃げするのか、俺との約束はどうなる』ってな。どちらかが大会で優勝しよう、って約束してたからな。アイツはただ謝って『すまない、その代わり、俺は二度と剣を握らない』つってよ。アイツのオヤジさん⋯⋯つまりお前の爺さんが倒れたって聞いたのはそのあとだった」


 ああ、そうか。

 家計を支えるため、父が働き出したのがその時だ。


 つまり⋯⋯父は兄弟を育てるために、剣を捨てた、という事か⋯⋯。


「俺は後悔したよ。アイツから剣を奪ったのは状況もあるが⋯⋯最後は俺の言葉って事だ。だから俺はアイツの代わりに大会で優勝し続けようと思ったんだ⋯⋯だけど、ダメだった」


「ダメって⋯⋯三連覇もしたじゃないですか」


 俺の言葉に、師匠は首を振った。


「アイツなら、十年は無敗のまま引退しただろうさ、途中でギルモアに負けたりせず、な。そこで俺は折れちまって、逃げ出しちまった。何が史上最強のチャンピオンだ、俺はお前のオヤジから剣を奪い、負けたらさっさと逃げ出す⋯⋯ろくなもんじゃねぇよ」


 ふて腐れたように師匠は吐き捨てた。

 普段から自分の偉業を誇った様子も見せないが、そんな事情があったとは。


 だけど⋯⋯。


「父は⋯⋯そんな風に思ってないと思いますけど」


 父はそんな事で、人を責めるような人間じゃない。

 むしろ仕方ない事情とはいえ、約束を破った事に罪悪感を覚えているだろう。


「まあ、そうだろうけどな⋯⋯実は昨日ここに来た」


「えっ?」


「久しぶりに会ったと思ったら⋯⋯思い出話もせず『約束を破った、すまない。フェスを頼む』だってよ。頭を下げながらそれしか言わねぇし⋯⋯本当あの野郎はよ⋯⋯まさかお前と立ち合ってたなんてよ」


 そうか⋯⋯昨日父が出掛けたのは、ここに来てたのか⋯⋯。


「まあ、今日また来るらしい。交換条件として、酒でも飲みながら昔話しようぜって約束したからな」


「そうですか⋯⋯なら、そろそろ俺帰った方が?」


「ああ。あんまり遅くなると、アイツが来ちまうかもな」


「わかりました」


「あ、俺が言ったって絶対、絶対言うなよ?」


「わかってますって」


 俺が答えると、師匠は話しは終わりとばかりに手を振った。










 夜遅く、父が帰るまで俺は寝ずに待っていた。

 父は珍しく深酒したらしく、立っているのもやっとの様子だった。


「んんー? まだ起きてたのか」


「うん。肩を貸すよ」


「ああ、すまんな」


 父に肩を貸し、寝室に連れて行きながらチラッと顔を見る。

 いつも通り厳めしい顔だが、どこか嬉しそうでもある。

 酔っ払い、半分寝ぼけているみたいだ。


 そのまま歩いていると⋯⋯。


「フェス」


「ん?」


「頑張れよ」


「⋯⋯うん」


「お前ならできる⋯⋯俺の息子だからな」


「うん」


 そのままベッドにたどり着くと、父はすぐに寝息を立て始めた。


 ──父が約束を破ってまで、俺と立ち合ったのは何故だろう。


 何か確認したかったのか、それとも、自分の後悔や未練を断ち切るためか。

 それとも⋯⋯俺に何かを託そうと思ったのか。


 とにかく、俺は──この一年、頑張らなければならない。



 父の寝顔を見ながら、改めて誓った。



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