24.変わらないのか、変えられないのか

「僕が、やったこと、か……」


 柳生は繰り返すと、うーんと考え始める。


「考えることなのか?」

「秘密に触れない程度だと、どこまでなら話せるかなって考えてた。触れない程度って難しいね。見張りと、話し相手になること、くらいかな」

「見張り?」

「なんの見張りかは、言えない」


 引っかかった単語をそのまま問えば、速攻で返された。


「言えないことが多い……」

「仕方ないだろ、秘密にするって言っちゃったんだから」

「言わなかったら、俺に教えてたのか?」

「教えるはずないじゃん」

「……」


 先程までのしおらしい態度はどこへやら。

 いつもの柳生に戻っていた。


「そういえばさ」

「ん?」

「さっき木津、僕に、僕の幸せはなんだって訊いてきたでしょ?」

「そうだな」

「木津は?」

「俺?」


 柳生がうなずく。


「俺の幸せは……」


 あれからずっと考えていた。

 でも結局答えはいつも同じ。


「三人で、一緒にいることだ」


 柳生の顔が歪む。


「無理なのわかってる?」

「わかってる。でも、思うくらいはいいだろ」

「思う? 叶わない幸せを願い続けるってこと? それは」

「無駄だって言うなよ?」

「……」


 遮れば、柳生が不服そうに口を閉じた。

 言いたいことは思いっきり顔に書いてある。


「俺の、今の幸せは、三人でいることだ。ちなみに中学の頃は、一人で好きなように過ごすことだった。お前だって多分、その時々で幸せを感じる事柄は変わるだろ?」

「……つまり、僕が今までやった事は全部無駄だってこと? 僕が、二人に幸せになって欲しくてやった事は全部」

「無駄かどうかは、やりきるまでわからないだろ」


 柳生の顔が、益々歪んでいく。


「やりきるまでわからない? あと一日なのに? なにが変わるんだよ、なにも変わらないんだよっ!」


 柳生が怒鳴ったのを見たのは、恐らく初めてだった。

 驚いて、ただただ、立ち上がった柳生を見上げる。

 肩で息をしている柳生は、自分の怒鳴り声に驚いたようで、不安気に顔を曇らせていく。


「……ごめん。木津、ごめん。余裕がなかった、本当にごめん」

「いや、大丈夫だ。でも、驚いた。柳生も怒鳴るんだな」

「……ほんとに」


 首を横に振りながら、柳生は再び座った。

 

「幽霊になってわかったことがあるんだ」

「なんだ?」


 柳生が小さく笑う。

 その目には確かな、絶望の光があった。


「僕ら死人には、生きている人の人生には干渉出来ないってこと」

「それはどういう……」


 スマホが鳴る。

 柳生を見れば、どうぞ、と手でスマホをさしてきた。

 うなずいて、画面を見る。


「田所だ」

「え、田所さん?」

「出るぞ。……もしもし」

「あ、木津くん。突然で申し訳ないんだけど、明日、会えるかな」

「空いてるが……どうした?」


 明るい声色だが、どこか違和感があった。

 なにか吹っ切れたような、寂しそうな。

 嫌な予感が、そっと羽で胸を撫でていくような感覚。


「お話をしたくて」


 そのままサクサクと予定が決まり、電話を切る。


「田所さん、なんて?」

「話したいことがあるってさ」

「……そっか」


 時間が時間なのもあり、また明日、と柳生は帰っていった。

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