18.起きろ

 あれから五年が経つ。

 柳生は無事生きている人に姿を見せられるようになった。

 それが出来てからは、体力を貯蓄するためにしばらく寝ると言って、姿を見せに来ていない。

 墓参りに行っても、声を聞くことも、姿を見ることもなく、ただ気配だけがそこにあった。


 十一月下旬の、ある日の昼。

 実家から電話がかかってきた。

 珍しいこともあるものだと出てみれば、なんと柳生と田所に関することだった。


 柳生のお通夜には、田所の代わりに田所の両親が参列した。

 そのときに知り合ったらしい俺の母親と田所の母親は、それからよく会っているようだった。

 

 段々、柳生のことを隠すのにも申し訳なさが出てきたし、そろそろ本当のことを伝えたいけれど、どう伝えればいいのかがわからない。


 そういった相談を、田所の母親から受けたらしい。


「私は、すぐにでも言ってあげたら? って言ったんだけど、やっぱり不安みたいでね。私は未結みゆさんのことを知らないから、秋良あきらから見たら、どうなんだろうって思って」


 どうもなにも。

 俺が言えるようなことはなかった。

 柳生が亡くなったのは、俺のせいだから。

 無責任に、なにかを言えるはずがない。


 田所は、俺を責めるのだろうか。

 なに食わぬ顔をして、実家にいた頃は連絡を取り合い、就職して上京してからはたまに会っている俺を、どう思うのだろうか。


 蓋をして見ないようにしていたことが、溢れそうになる。

 慌ててその蓋をしめた。


 ずっとこの感情を抱え続けるのなら、責められるほうが何倍もマシだった。

 思えば、柳生が俺を責めたことは無かった。

 柳生の両親も、恐らくは言いたい言葉は沢山あるだろうに、それを堪えてくれていた。

 誰からも責められないこの状況が、俺には苦しかった。


 田所に言わないのは、田所の自殺を阻止するため。

 わかってはいる。

 だから言えないことも。

 でも、真実を知ったとき、彼女は傷つくのではないだろうか。

 はやめに言ったほうがいい。

 知ったほうが、いい。


 俺の脳は、猛スピードで、蓋をした上から最もらしい言い訳を構築していく。

 そういして構築された言葉たちが、蓋の上から蓋をしていった。


 今すぐ言ってしまえばいいのではないか。


 そう言いかけた口を閉じたのは、柳生の言葉を思い出したからだ。

 田所に関して、やりたいことがあると。

 それが終わるまでは、柳生が亡くなっていることを知られるわけにはいかないと。

 最低でも五年は必要だと言っていた。もう五年は経っている。

 もし今、言えばいいじゃないか、と母親に言ったとして。

 母親が田所の母親にそれを言い、田所の母親がそれを実行したとして。

 それを知った柳生は、どんな感情を抱くのだろうか。


 言えない。


 柳生の未来を奪った俺が、最期にやりたいことまで奪うことは、出来ない。


「……まだ、言わないほうがいいんじゃないか。せめて、三十を迎えるくらいまでは」

「そう。あんたがそう言うのなら、そうなのかもね。ありがと」


 その後はただただ近況を報告しあって終わった。


 終わったけれど、不安が胸を過った。

 言うかどうか、田所の母親は悩み始めている。

 つまり、タイミングが出来てしまえば、言ってしまうかもしれない。


 あと三年も待つ、なんて、悠長なことは言っていられない。

 急いては事を仕損じる、なんて言っていたが、先んずれば人を制す、だ。


 ただ、柳生に理由を話して、納得してくれるかわからなかった。

 もしも、柳生のやりたいことが出来なくなったら。

 それだけは、阻止したかった。

 だから俺は、翌日有給を取り、柳生の墓参りに行った。


 そして叩き起したのだ。


「おい柳生。俺たちはとっくに三十を過ぎた。田所の三十の誕生日まで、あと一ヶ月だぞ」

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