あした、いないあなたへ

奔埜しおり

第一部

久しぶり。

「……え?」


 しんと静まり返った住宅街。

 私の声が響いた気がして、慌てて口を両手で覆って辺りを見回す。

 ポツポツと己の持ち場を照らす街灯たちが、私達の様子をじっと眺めているようで、落ち着かない。


 小さく深呼吸してから、私は公園前のしだれ柳にもたれかかる青年に視線を戻す。


 きっと彼が見知らぬ人なら、飲み慣れないお酒を飲んで潰れた青年が寝ている、と無視して通過していたかもしれない。

 いや、絶対そうしていた。

 起こすか、お巡りさんを呼ぶかもしれないけれど。


 だけどそうしなかったのは、彼が知らない人ではなかったからだ。

 いや、ただの知人や友人なら、こんな間の抜けた声を上げるはずがなかった。

 例えば、唯一高校時代から付き合いがある木津きづくんだとしたら、珍しいと思い、心配して声をかけるだろう。


 だけど今私の目の前にいるのは木津くんではない。


 高校時代。

 彼のトレードマークだった野暮ったい眼鏡こそかけていないけれど、その寝顔には覚えがあった。

 だけど、彼は行方不明になっていたはず。

 それなのに、どうして。


「やぎゅ、うくん……?」


 そんなはずない。

 だって、高校時代からもう十年近く経っている。

 三十ももう目前だと、ついこの間木津くんと笑い合ってたじゃないか。

 なのにこんな、大学生になりたてのような、そんな見た目のはずがない。

 きっと彼に似ただけの知らない人だ。


 そう思っているのに、彼が柳生やぎゅうくんであるとどうしてか確信があった。

 ゆっくりと青年のまぶたが上がっていく。

 どこかぼうっとしていた瞳が、なにかを探すように揺れる。

 徐々に徐々に上がっていった視線が、カチリとピースをはめ込むように私の視線と絡んだ。

 瞬間、彼は真っ青な顔で柔らかく微笑んだ。


「久しぶり、田所たどころさん」


 高校時代と変わらない、男性にしてはやや高めなのにどこか落ち着いている声が、私を呼ぶ。

 記憶と変わらない茶色い瞳が、とろりと笑った。

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