レベル0はロマンを夢見ちゃダメなのか? ~【強化魔法】を【強化】すればやっていけると思うんだが~

四辻達海

第1話:「孤高<ぼっち>の魔導士、迷宮を行く」

この世界には剣と魔法があり、そしてまだ「未知」が残っている。


──「神々の残せし大地フロンティア」。


それは現世を去った神々が人に残した最後の幻想。


そこでは溢れる魔力によって昨日までの砂原は海原へと転じ、天を衝く巨人や金剛を纏った竜が跋扈する、本来人には許されないはずの極限領域。


だが、そこには豊かな魔石鉱床と神造級アーティファクトの魔導具、そしてなによりも、まだ誰も見たことがない世界、というロマンがあった。


ロマンというものは、いつの時代も人を魅了する。


ロマンを求め、その幻想を、その神話を、恐れ多くも矮小な人の身で踏み砕こうとするのは『冒険者』と呼ばれるものたち。


彼らは自らのたった一つの命を掛け金に、一攫千金と世界の開拓という夢の両取りを目論む、この世でもっとも強欲なものども。


そしておれもまた、そんなロマンを夢見る一人なのである。


+ + +


ここは『魔導学園アレクディオン』。その地下に広がる洞窟型の迷宮。

学園の生徒であるおれ、リクルレドラ・サイレスは今日も鍛錬のために迷宮へと潜っていた。


そして、いまは戦闘の真っ最中。


周囲には巨大な犬型の魔物の影が五つ。

血に濡れたように真っ赤な毛皮を持つその魔物はブラッドハウンドというなんとも見た目通りの名前。だが、群れになれば難度Lv5、小型の竜にも匹敵する厄介な相手だ。油断はできない。


対するおれは一人。それも遠距離戦が主体の魔導士。

本来であれば絶体絶命といえるこの状況。それでもおれに焦りはない。


なぜならおれには鍛えた魔法があるからだ。


<我、宣誓する>アルト・テスタ──」 


杖の頭を魔物に向け、腰を落とし、詠唱を開始。

唱えた言葉は宣誓詞。魔法を呼ぶ最初の言の葉。


そして、続くのは呪文。


「天を回す者。孤天の空、逆立つ者よ──」


殺気を感じ取ったブラッドハウンドの一匹が牙をむき、こちらに向かって突進してくる。だが、おれは詠唱を継続しながら飛び込んできた相手の横っ腹に杖の一撃を与える。


ギャンという悲鳴を上げ、吹き飛ぶ魔物。

魔力を平行操作し、杖と腕に強化魔法をかけた。これなら非力な魔導士の一撃といえどダメージは少なくないはずだ。


「震怒をもって天を裂く者よ、轟く者よ──」


おれは詠唱を続け、舞うようにして次々に飛び込んでくるブラッドハウンドをいなし、杖の軌跡に魔力を流し陣を形成する。それは立体の幾何学。古代語を刻んだ、魔法という奇跡への導線。


自分の中の魔力と陣がつながり、臨界した魔力が特有の香りを放つ。

魔力香とも呼ばれるそれは、すこしツンとしていて、例えるなら雨が降る前に風にのるあの香り。


そして、すべてが完成する。

おれは光り輝く魔法陣の中心で、杖によって地を衝く。


「──来たれ、『雷霆の竜撃ドラグ・ボルト』っ!!!!」


詠唱の完了と共に紡がれた魔法は紫電の竜となり、辺りを轟音と共に蹂躙する。

ブラッドハウンドたちは逃れようとするが、無形の竜はそれを許さない。その雷光の牙と顎をもって、憐れな魔物たちを消し炭にへと変えていく。


残るのは破壊の残響と亡骸のみ。


「ふう。まあ、こんなものか」


汗を拭い、改めて周囲を警戒するが、もう動く影はない。


「しかし、ブラッドハウンドの群れを一人で危なげなくとは。流石はおれ…というところ、か」


ふふふ、と誰も褒めてくれないので自分でドヤってみるが、一人なのは変わらないのでもちろん誰もツッコんでくれない。結果、余計に孤独感が増してしまった。


「っと…魔石、魔石っと」


おれは小刀を取り出し、討伐したブラッドハウンドたちの体内から魔石を取り出す。

魔石は魔力が結晶化したもので、主に魔物や迷宮内の鉱脈からしかとれない。魔導具を動かす動力になるほか、足りない魔力を魔石によって補うこともできる。


まあ、おれは魔導具も使わないし、鍛錬によって魔力量もかなり多いので、売り払って小遣いにするために拾っている。魔力と金はいくらあってもいいものだ、と昔の偉い人も言っていた。


「さて、結構深くまできたが今日はどこまで行くかな」


拾った魔石をカバンにしまいながら思案する。


今おれがいるのは、迷宮の最下層に位置する領域。

この迷宮は学園が管理する迷宮で、難易度はそこまで高くはない。とはいえ、最下層に単独潜行ソロダイブできるのは学園でもおれくらいのものだ。


そう。はっきり言っておれは強い。

学園でもトップの成績を誇り、魔法だってあらゆるものをマスターした。

魔力量だって猛特訓のおかげで底なしと言える。


頂く二つ名は『学園最強』。


まだ正式に冒険者にはなっていないが、予備査定では英雄級のLv8。さらには卒業後はフロンティア攻略のトップギルドである『不転の花イモータル・リリィズ』への加入が内定している。


そんな順風満帆といえる学園生活。だが、おれには一つ悩みがあった。


「友達が、いないんだよな…」


そう、ぼっちなのである。


なんのことはない。学生生活のほとんどを修練と勉学に使った結果、まったくといっていいほど友人がいない、という状況に陥ってしまったのだ。

結果的に実力はついたのだが、そのせいで余計に近寄りがたい人間として認識されてしまい、最近は話しかけてくるような人すら皆無という状況。


孤高とはよく言ったものである。


すこし、というかかなり寂しいが、無事に冒険者になってギルドに入れば自ずと仲間や友人もできてくるだろう、という希望的な考えに逃げている。


…もし、冒険者になってもぼっちだったらどうしたものか。


無意識的にため息が出る。


「ん…? なんだあれ」


ふと、見慣れない通路があることに気付く。

普段からこの階層で鍛錬を行っているから、このあたりの地形は熟知している。故に断言できるが、こんなものは前回潜ったときはなかったはずだ。


警戒しつつ調べてみると現れた通路の入り口付近には、かすれきった魔法陣の跡があった。

術式が古すぎてわからないが、この魔法が通路を隠していたのだろう。指で触ると崩れるほどに劣化したその陣を見るに、魔法が消えた原因はおそらく経年劣化。


しかし、陣に通った魔力はまだかすかに残っていた。

魔力切れではなく、この岩肌に刻まれた陣の方が劣化して魔法が消えてしまったのだろう。つまりは岩が自然に削れていくという途方もなく長い時間この通路は隠されていたのだ。

たぶん数百年、数千年という時代を。


冒険者を志すものとして、その悠久の封印の先にあるものが、気にならない訳がない。

思いがけず現れた未知に、知らず知らずのうちに口角が上がる。


「この迷宮にも飽きてきたところだ。本物の冒険者になる前の前哨戦といくか」


おれは、すこしの不安と大きな期待をもってその未知の通路を進んでいく。

掘り尽くされ、管理された学園の迷宮で、それははじめての冒険だった。


願わくば、隣に仲間の一人でもいればもっと冒険らしくなっただろうが。

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