インテルメッツォ-間奏曲-
戦場跡での殺戮の数日後、エレオノールはシェリング領内で最も大きな街に来ていた。無論、目立ち過ぎる金髪は丸くまとめカーチフで隠し、袖の長いカートルにエプロンを身に着け、ごく普通の街娘を演じている。手に提げた籠の中には森の中で摘んだ幾種類かの薬草が入っていた。
彼女自身は人形なので食物を必要とはしないが、衣服はそうもいかないし、陶器の肌も手入れを怠れば容易く薄汚れてしまう。そうならない為にはそれなりに物入りとなり、先立つものを手にする為にも定期的に街を訪れる必要があった。
「おや、久しぶりだね。待ってたんだよ」
すっかり顔なじみとなった薬屋のおばさんが声を掛けてくる。無言で微笑んで籠を差し出す。
「うんうん、相変わらずよい品だね。本当一体何処で摘んでくるのか教えてくれないかねぇ」
「ごめんなさい、それは秘密なの」
代金を受け取りながら答える。申し訳なさそうな表情が出来ているだろうか? と少し不安になる。
「そりゃそうだ。まあうちにだけ持ってきてもらえるならいいんだけどね。ほらほらそんな顔しないで、少しオマケしといたから」
パタパタと手を振りながら気にしない気にしないとおばさんは言う。どうやら上手く表情を作れていたようだと内心ほっとする。僅かに緩んだ表情をおばさんがどうとったのか、そのまま世間話へと雪崩れ込んだ。特に用がある訳でもないのでそのまま付き合う事にする。
「あんたも森の中に入るのは良いけれど、気をつけるんだよ。この間も討伐隊が全滅したっていうからね。まあ、兵隊さん以外が襲われたって話は聞かないからそう心配する事はないのかもしれないけど用心に越した事はないからね」
「そうですね」
話を合わせ肯くが、少し後ろめたさを感じなくもない。何故だろうか? よく分からない……。ただ、この場を離れたいと思う。
「けどね、あたしゃもうそろそろそんな心配もしなくてもよくなると踏んでるんだよ」
意味ありげにおばさんは声を潜める。こういう時は素直に話を聞いた方がかえって早く解放されると短くない付き合いからよく分かっているので、顔を寄せる。
「まだここだけの話なんだけどね、帝国騎士団の騎士様が今度の討伐隊を率いてみえるんだよ。何でって顔だね? シェリング様の御子息が騎士団の一員でね、ご自分の手で何とかしたいって事で志願されたそうだよ」
「じゃあ、もうすぐ到着されるんですか?」
「どうだろうねぇ、帝都からだと普通半年近くはかかるからねぇ。出発されたのが何時か分からないけど、もう暫くかかるんじゃないかい」
からからと実に豪快に笑う。それを見てエレオノールは思う。人になればこんな風に笑えるようになるだろうか、と。どうなのだろう、白い男は何も教えてくれなかった。自分があんなふうに笑っている光景を想像する事も出来ない。それはやはり人でないからなのだろうか。
「買い物があるのに引き止めて悪かったね。ほらいっといで。急げばまだ色々回れるはずだよ」
バンッと背を叩かれ、現実に戻る。おばさんに慌ててお辞儀を一つ、そして駆け出す。
うち捨てられた山小屋、それを一人で修繕してエレオノールはそこを住処としていた。戦場跡からも、街からもそれなりに遠く、それなりに近い場所にあり、人が近づく事もめったにないそういう場所だ。
エレオノールは小屋に入ると、衣装を全て脱ぎ捨てた。人ではあり得ないほど白い裸体が露になる。両の手で己が体を掻き抱く。掌に返ってくるのは硬く冷たい陶器の感触、嫌でも自分が人形である事実を思い出させる。俯きしゃがみ込みどれだけの時間そうしていたか、やがて振り切るように立ち上がりドレスに手を伸ばす。
奇妙な事にドレスに染み込んだ血は赤黒く変色する事なく、深紅を失わずにいた。あの日白い男がエレオノールだけでなく、身に着けていたドレスにも何かしらの術を施したからなのかもしれない。
だからエレオノールは人を斬る時このドレスを纏う。これが鮮血に濡れた自分にもっとも相応しい姿だと信じるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます