第十八章 甚次郎とまつ それぞれの旅立ち

諏訪原城内


 村上義清が去り、信濃には平和が訪れていた。そして遠州でも織田・今川が睨み合いをしていたが

共に出方を探っている時期であった。


甚次郎が旅支度をしていた。十五歳になっていた。

そして、二人の供も一緒に支度をしていた。

甚次郎より2つ下の 男子たちだ。

名を、孝之介と圭太郎と言った。


そう孝之進と圭二郎の子供だ。

孝之進とお琴、圭太郎はお結と一緒になっていた。


「気を付けてゆかれよ」更科

「はい。母上」

「圭太郎。甚次郎様の邪魔にならぬようにな」お結

「はい。甚次郎殿をお守り致します」

「孝之介、甚次郎殿の言いつけを守るのじゃぞ」お琴

「おまつ殿にも挨拶をしてゆけ」森之助

「はい。父上」


奥座敷へ向かった。

おまつが床に伏せっていた。

「お結、お琴、おまつ殿の具合はどうじゃ」更科

「今は、少し落ち着いております」お結


おまつは病にかかっていた。また年齢も還暦間際であり、体力も落ちていた。

「これは、森之助殿、更科様、甚次郎様まで」おまつ

「良い、そのままで。寝ておれ」更科

「おばば様。甚次郎は、圭太郎、孝之介とこれから京へ参ります」

「左様ですか。京へ。良い事と存じます。京の有様を、他国の様子を学ぶ事は、いずれ自国の手本となるでしょう。しっかりと見ておいで下さりませ。そして、お気をつけて」

「はい。おばば様にお守り頂いたこの命、無駄にはいたしません」

「ほほ。まるで戦に出向くようなお言葉ですね」おまつ


皆に見送られながら、甚次郎達は京へ旅立った。

村上義清が去り、信濃がようやくひとつになり、武田もひと段落ついた平和な時であった。


 ※この更科と森之助の子、甚次郎が尼子再興に尽力した尼子十勇士の筆頭家臣・山中鹿之助であると、

  江戸時代より伝承されている。生誕の地、南相木村には山中鹿之助資料館が建てられています。

   また、鹿之助が活躍した地、島根県松江市の真山には、森之助と更科の墓も建てられております。 

  「我に七難八苦を与え給え」と三日月に祈りを捧げた山陰の麒麟児・山中鹿之助。その生誕については

  多くの諸説が存在しており、真相は定かではない。



「おまつ殿、私と森之助殿も上田へしばらく参ります。大事にされよ」更科

「上田へ。真田殿のところへ?」おまつ

「左様じゃが、何か?」更科

「そうじゃったな。戸隠は、一時は真田の領地であったそうな」森之助

「左様でございます。真田様の忍びとして、我ら家族は生きておりました。その真田と上杉の争いで、村を出たのでございます」おまつ

「今は、その時の真田ではございませぬ。その真田も追われ、御屋形様の元で再興なされました」更科


「そういえば、お結達の父親とはその戦ではぐれたそうな?」更科

「はい。行方知れずで、生きておるのか死んでおるのかさえもわかりません」おまつ

「信濃での争いが落ち着いた今、行方がわかれば良いがの」森之助


「此度の上田へ参った際に、いろいろと聞いてまいろう。しかし、もう何十年と経っておる故、期待はあまり出来ぬと思うが」更科

「いえ。滅相もございません。お役目だけ果たしておいで下さいませ」おまつ

「そうじゃ。父上が生きておれば、とっくにわれらを探してきておるのでは無いか?」お琴

「そうじゃの」お結


「留守を頼むぞ。晴介」森之助

「わしにまかせておけ」晴介

「偉そうな口をたたくな」お結

「ははっ。その通りじゃ」孝之進

「土産を頼む。」圭二郎

「お気を付けて」左之助


森之助と更科は躑躅が城館で市兵衛、勘助と合流し、上田城へ向かった。

右馬之助も楽巌寺城から上田城へ来ていた。


「義清殿が上杉と攻めてくると?」市兵衛

「左様じゃ。すっぱの報告では上杉は長尾に頼っておるそうじゃ」真田幸隆

「攻めてくるとすると、どこから来るかの?」市兵衛

「善光寺は守らねばならぬ」幸隆

「義清様も善光寺を大切にされていた故、傷つけはせぬであろう」右馬之助

「善光寺からわずかではあるが、川中島あたりで食い止める必要がある」勘助

「左様であるな」幸隆


「それにしても相変わらず、真田の忍びの伝えは早うござるな」市兵衛

「多くの忍びが、その上杉との戦いで亡くなったが、十数名生き延びておってな、その者たちが、若い衆に新たに術を伝承しておる。わしがその上杉に頼った際には、身を潜めておったそうな。再びわしが戻って来た際にまた仕えてくれたのじゃ。ここにおるこの者もそうじゃ。村を焼かれ家族を亡くした者じゃ。自分も片足を取られ生死をさまようておったそうじゃ」幸隆

「幸隆様がこの地に戻れ、我らも今一度、仕えさせて頂いておりまする」初老の家臣が答えた。

「この者は、戸隠で村を治めておった者じゃ」幸隆

その精悍な顔つきとそうであったろうと思える風貌・風格があった。

「今では、この有様。何のお役にも立てておりません」


更科と森之助が顔を合わせた。


「今、何と申されましたか? 戸隠で生き延びたと申されましたか?」更科

「左様に申しましてございまする。このように片足が無くなり、はぐれた家族も探しに行くことも出来ませなんだ。とは言うもののあのような戦で、妻と娘が、女子供が生き延びたとは到底思えませぬが・・・これはすみませぬ、少し歳を取ったせいか涙もろくなりましてな。こうして不自由な身体の年寄な者も殿のご配慮で仕えさせて頂いております」

「申し訳ござらぬ。辛い過去を思い出させてしまいましたな。もうその話はしまいじゃ」市兵衛


「いえ父上、お待ちください今しばらく話を続けさせて下さい。更科・・」森之助

「??」市兵衛


「・・その戸隠村から、坂城まで逃げ延びて来た者たちがおりまする」更科

「何と、逃げ延びた者がおりましたか? どのような者でございますか?」

「母親とその娘二人にございます」更科

「・・・何と申されましたか? 母親と娘二人とな?・・・その母親と娘二人の年頃は?」

前のめりになり聞いて来た。


更科も唾をのみ込み、少し深呼吸をして答えた。

「その時、母親は二十後半、娘は、十二歳と十歳で御座います」


「おおっ。その者達の名は、名をご存じてあられるか?」さらに前に進んで来た。


「これ、永治郎殿、その時代、この更科殿も幼き頃、村に逃げて来た者の名前まではわからぬであろう。無理を強いでるでない」幸隆


「永治郎・・」更科と森之助がもう一度顔を見合わせた。


「久世・・永治郎殿をご存じあられますか?」更科が聞いた

「・・わしの名じゃが? 何故それを?」

もう一度、更科と森之助が驚きの顔で見合わせた。


幸隆、市兵衛、勘助が何事か? きょとんとしていた。


「その者達の名は、母が、まつ、上の娘が。結、下の娘が、琴と申します」右馬之助が答えた。


「おお、何と、まつ、結、琴と申されましたか? 拙者の家族でございます。し、して今はどこに、無事でおりますでしょうか?」


おお。更科と森之助が喜びの声を上げた。


「はい。諏訪原城にて我らと暮らしておりまする」

「諏訪原城で・・・」

「左様にございまする。我らの家族として、楽巌寺城からずっと一緒でございます」


その初老の家臣は、顔を覆い、大声で泣いた。殿の前であろうが、取り乱す程、家族を愛していたのだと思った。


諏訪原城


「おまつ殿、琴、結 今、戻ったぞー」更科が大声でまつの寝室まで城の中を駆けて来た。


「ほほ。その様に急がなくても。まるで、子供の頃の姫様のようですね]おまつ

「そうじゃ。何事じゃ。そのような嬉しそうな顔をして」お結

「土産はあるのか?」お琴


「ああ。でっかい土産がある」

「あまり、期待せぬほうがよいぞ、琴。更科はいつも変わったものしか持って帰らぬ故」お結

「そうじゃったな」お琴

「これ、更科様に失礼ですよ」おまつ


そこへ、森之助が肩を貸して永治郎を連れてきた。

「・・・・え?」おまつ

「永治郎殿が土産じゃ」更科

「な、なんと、永治郎様?・・・・・」おまつはそれから言葉が出なかった。そして泣いた。

「父上?」お結

「父上だー」お琴

お結とお琴が飛びつくように抱き着いた。

「お、お、二人ともおおきゅうなったのう」

「永治郎様・・」おまつ

「おまつ。よう無事でおった。ようこの娘達を守りぬいたのう」

「この更科様に助けて頂きました。・・・・」


更科と森之助は席をはずした。


「良かったのう。」森之助

「本に」更科



永治郎はこのまま、この諏訪原城に仕える事になった。


そして、その一年後、おまつは、皆に見守られながら病の為、旅立った。


愛する娘達を守る為、行く先の無い旅に出た。

愛する姫を守る為、殿を救うべく無謀な旅に出た。


戦国という世でありながらも、自らの意思で行動し、皆の未来を切り開いた女傑であった。

その生き様が、更科の道標となったのである。


諏訪原城での戦の無い、穏やかな時期に愛する家族と共に過ごしたこの一年が、まつにとってこの上なく幸せな時であった。


と、そう願っている。


                           第十八章 完

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