第7話 その後

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 高校の授業が終わり、俺は自転車置き場に向かう。今日は風が強い。正面からの冷たい風が、短いはずの前髪が逆立たせる。そろそろ冬服の学ランが恋しい季節だ。

 そんな中でも部活には行かねばならない。ここから2時間の部活のために、自転車で30分かけて、うちの部が押さえてある市内のテニスコートに向かうのだ。


 自転車置き場に着くと、案の定というか、多くの自転車がドミノ倒しのように倒れていた。置いた場所が良かったのか、運良く俺の自転車とその周辺は倒れていない。


 教科書でいっぱいのリュックと、部活用の着替えが入ったサブバック、ラケットを自分の自転車の近くに置いて、長袖のワイシャツを腕まくりする。そして、よしと気合いを入れて、ドミノ倒しのように倒れている他学生の自転車達を一台ずつ元に戻し始めるのだった。自転車同士がぶつかる音があたりに響く。


「おう、光。またいつものように自転車直してんのか?」

「ああ、うん」

「お前もよくやるよね、こんなこと。よっ、と」


 同じ部活で、同じクラスの友人がやってきた。あきれた様子で声をかけてきたが、彼も同じように自転車を直し始めてくれた。彼は、普通に優しい人だ。




「本当によくやるよ、お前。自転車のこともそうだけどさ、この前俺が授業寝ちまったときに俺の分のノートまでとってくれたりしてさ。クラスの中でのお前のあだ名知ってるか?『紳士』だぞ?女子にまでそんな風に言われてて、俺はお前がうらやましいよ」

「俺はそんなできた人間じゃないから。お前の方がよっぽど良いヤツだよ」


「また、そう言って謙遜して。嫌味いやみかよ。今だって俺はお前が自転車直してるからこうやってやれるけど自分からはできねえよ。なんでこんな風にできるんだよ」

「まあ、俺自身のためだから」


 そう言って、俺はあの日のことを思い出す。




 あの実験の日の黒い衝動も、自分の中の一部なのかもしれない。

 もう一度、あの日と似たような状況になったら、今度は本当に取り返しがつかないことをするかも知れない。


 だから俺は、とっさの時に『あれ』が出てこないように普段から他人に手を貸し、できる限りであろうとする。

 小さな小さな『カケラ』ほどの黒い感情を、隠して、隠して、人格をそのものを善人の色で塗りつぶす。いつの日かそんなものがあったことも。『カケラ』ほどの塗り残しもないように。

 できるだけ悪い部分からは目を背けて、そんな感情自体が存在しないかのように。

 周りの人にも、そんなところは二度と見せないように。

 もしも、『あいつ』が出ても、「善人の自分」がストッパーになってくれるように。


 俺は普通じゃないかもしれないから。


「んー?あー、あれか。野球選手とかが普段からゴミ拾いとかをして自分が運をためるってやつだろ」


 彼の言葉に、俺は自転車を起こす手を止めて、彼の方を向いて答える。


「そう、だね。間違っては無いと思うよ」

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