第九話「アランの特別訓練」

「だめだぁ~!」


「む、むずかしいよぅ……」


地面に大の字に倒れた俺とアリスの疲れ気味の声が庭に消えていく。


俺たちは今ノアから言われた無詠唱魔術の修業中だ。が、なかなか思うようにいってはいない。


ノアによると無詠唱魔術とは


『魔力を感じとり、イメージで魔術という形に変換するもの』


らしい。


要は詠唱という補助輪を外した魔術ということだ。


まずは魔力を感じ取るところからなのだが、いかんせんこれが難しい。

ノアも「大抵の奴がここで諦める」と言っていた。


立ち上がり、目を閉じて深呼吸をする。

第一段階として魔力を感じ取ることらしいが、俺は今のところこれっぽちも感じ取れていない。


「深く集中しろ。そうすれば魔力を感じ取れる。そして魔術をイメージしろ」


集中……集中、集中……


しかし、いくらやっても魔力を感じ取ることはできなかった。


「ハハハ!ま、最初はそんなものだ。そう焦るな」


ノアが俺とアリスの頭をグシグシとなでてくる。


「だがそんなに時間はかけられないからなぁ……」


ノアがうーんと悩む素振りをした。が、次の瞬間にはそんな素振りは消えていた。


「2週間時間をやる!それまでに習得できなければ、これから3か月間お前たちのおやつは私のモノになる!」


「に、2週間!?それはいくらなんでも厳しすぎないですか!?」


「そ、それにおやつも没収なんて……」


俺たちはノアに抗議した。それもそうだろう。2週間で無詠唱魔術を習得なんて無茶が過ぎる。


「お前たちがやらないのなら構わないぞ?そうしたら私はお前たちの分までおやつを食べるがな!」


こいつほんとはこれが目的なのではないだろうか。


「とにかく2週間だ。それまでに習得して見せろ。以上!解散!」


そう言うとノアは家の中に入っていった。


しかし、俺は見逃さなかった。ノアの口から垂れるよだれを。

やるしかない。俺たちのおやつをノアの魔の手から守るために。


「やるぞー!」


俺は右手を空に掲げた。ちらっとアリスの方を見ると戸惑っているようだったが、俺が促すと


「お、おー?」


と少し恥ずかしそうにしながらやってくれた。

可愛すぎるだろおい……


しかしそんな決意もむなしく、俺たちが習得できないまま10日経っていた。


_______


(落ち着いて……集中……)


10日目の授業の時間。


魔力を感じ取ろうとするが、焦りも出てきてうまく集中することができない。

初日よりも成功に遠のいている気がする。


「よし、今日はここまで!帰るぞ~」


ノアが手を鳴らし、家の中に入っていった。


俺とアリスも集中を解き、その後ろに続こうとする。


「全然できないな......アリス、どうだった?」


「わ、私も全然……」


俺の問いにアリスは申し訳なさそうに首を振った。


やはりいくらなんでも2週間は無理なのではないだろうか。


とてもじゃないが、今の状態であと4日の間にこの課題がクリアできるとは思えない。

かといって諦める訳にもいかないし……どうしたもんか……


俺が考え込んでいると、後ろから声をかけられた。


「お!ギル、アリス!授業終わりか?」


振り向いてみると、猟帰りのアランだった。


俺の父親は今日は、解体済みの猪と思われる肉の塊を担いでいた。

よくまぁそんなほいほい仕留められるものだ。こいつは氷魔術で冷凍されて、明日の食卓に並ぶだろう。


「おかえり父さん」


「お、お帰りなさい……!」


隣でアリスがぺこりと頭を下げた。


「ハハハ。ただいま二人とも……ん?どうしたんだそんな暗い顔して」


やはり子供のことはすぐにわかるのだろうか。俺はアランに授業が上手くいっていないことを話した。


「……って感じなんだ」


「ふーん……なるほどなぁ」


アランはしばらく難しい顔をして考え込む。

しかし、思いついたという風な感じで顔を上げるとこう言った。


「アリス、明日の剣の鍛錬の時間に君も参加しなさい。ナタリアさんには俺から言っておく」


「え、え?」


「そら入った入った!母さんの料理が待ってるぞ!」


俺たちは疑問を口にする間もなく、アランに家の中に押し込まれた。


_______


翌日


早朝の庭に俺とアリスは木剣をもって立っていた。


いつもの剣術の時間だ。なぜか今日はアリスも参加している。


「お、揃ったな!」


アランが家の中から出てきた。


「ねぇ父さん、なんで今日はアリスも一緒なの?」


「ん~まぁ、おいおいな。とりあえずまずは準備運動ところから!ほれやったやった」


どうやらアランは教えてくれる気はないらしい。別に言ってくれてもいいと思うのだがな。


アリスに何をするかを教え、準備体操的なものをする。


「いっちにっ、さんっし」


「い、いっちに?」


「なぁギル。前から思ってたけどそれなんだ?」


「ジャパニーズカルチャー」


「お、おう?」


体操を終え、体づくりの筋トレをする。

アリスは流石にきつそうなので、できる分だけにした。


「止め!」


「ふぅ~」


「はぁっはぁっ……」


この筋トレも鍛錬の成果か、疲れはするが前よりはできるようにはなった。

だが、まだ幼い幼女にはきつかっただろう。アリスは息が上がりまくっていた。


いつもどおり休憩をし、息を整える。


アランが手をパンと鳴らし、再開の合図を鳴らした。


「よーし、じゃあ今日は少しいつもと違うことをするぞ」


いつもはこの後、型の練習なのだが……なんだろうか。


「今日は実戦形式でやる。二人で俺にかかってきてくれ。魔法の使用も許可する。一回でも攻撃を俺に当てたらお前たちの勝ちだ」


魔法ありのうえ、一回攻撃を当てるだけ?おいおいアランさんよ、子供だからって甘く見すぎだろ?


「あ、一つ注意しとくが……」


アランが地面に置いていた木剣を取る。


「父さん、今からちょっと恐くなるぞ」


その瞬間アランから殺気のようなものが溢れた。


(……!!)


俺は反射的に臨戦態勢をとる。

やらなければやられる。俺の体がそう叫んでいた。


アランの先ほどまでの穏やかな雰囲気はどこへやら。今はとてつもない殺気と圧で顔を直視することもできない。


(これがアラン!?別人だろこれ!てか実戦形式とはいえやりすぎだろ!)


俺の体は鳥肌が総立ち、手足も自分のモノではないかのように重たい。


その時、後ろで何かが落ちる音がした。


振り返るとアリスが尻もちをついてへたり込んでいた。音はアリスが木剣を取り落したものだった。


「あ、あぁ……」


アリスは恐怖のあまり震えてその場から動けなくなっていた。目にはすっかり怯えの色が浮かんでいる。


(しっかりしろ俺!俺が動けなくなってどうする!)


「ふぅー……」


荒い呼吸をおさめ、木剣を握り締める。俺の勝利条件はたったの一つ。ただ一太刀アランに浴びせればいいのだ。


「はぁ!」


俺はアラン目掛けて切りかかる。しかし、何百回と繰り返してきた型通りに出したはずの一撃も、軽くいなされる。


俺はバランスを崩し、そのまま地面に転がった。

すぐさま起き上がって構えなおしたが、今ので分かったことがある。

攻撃を当てられるビジョンが全く浮かばないのだ。


アランと俺との間には、まともに戦っても一太刀も浴びせらせられないほどの差があった。

だが、諦めていい理由にはならない。


(集中しろ!もっと深く!)


深く深呼吸をし、アランを観察する。


ふらふらとしていて一見隙だらけに見えるが、よく見ると一つも隙がない独特な構え。


おそらく、先ほどまでのことを何度やっても、同じことを繰り返すことになるだろう。


魔術で起点をつくるしかないだろうな……

しかし何を使う?今の俺の魔術がアランに有効とは思えないが。


「っ……!」


俺が悠長にそんなことを考えている隙に、アランが切り込んできた。


切り込んできたといっても俺の目には、アランの姿がブレたと思ったら目の前にいたので、まるで瞬間移動に見えた。


(見えなかった!?)


とっさに木剣でガードしたが、その重い斬撃に俺の体は耐えきれずに吹き飛ばされた。


「ぁ……!がぁ……!」


俺はまたも地面に転がる。


転がって仰向けになった俺にアランが迫り、木刀を振り下ろそうとする。


なんとかしようと必死に思考を回すが、この状況を打開できる策は何も思いつかない。


そうこうしている間に、無情にもその木剣は振り下ろされる。


(死……!!)


木剣が迫ると脳裏にその一文字がよぎる。


しかし俺の体はそのまま走馬灯を流すことはなく、俺の思考よりも先に勝手に動いていた。


「ここで……終われるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」


俺はアランの攻撃を自分の木剣で受け流し、弾けるように飛び起きる。


そして、体勢の崩れたアランにそのまま一撃を加えようとする……が、アランはすれすれのところでこれを横に躱した。


まずい、このままではカウンターが来てしまう。ここで決め切らないとダメだ。

だが、俺の体勢は今の一撃で完全に崩れている。ここから追撃は不可能だ。


『魔術をイメージしろ』


ふと、ノアの言葉が浮かんだ。


イメージ……木剣を動かす推進力……強烈な風!


次の瞬間、強烈な風が俺を押すように吹いた。

俺はそれに逆らうことなく体をねじり、風に任せて剣を振る。


「な!?」


アランもまさかの攻撃に、驚いたようで身動きが取れないようだった。


その瞬間だけ世界がスローモーションになった。

俺の木剣はゆっくりと、ただ確実にアランに迫る。


「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」


結果を言うと、俺はアランに、この攻撃を当てた。

弱弱しい太刀筋だった。型なんて無視の無茶苦茶な一撃だった。

だが、確かに俺はアランに一発入れてやったのだ。


_______


庭に一陣の風が駆け抜ける。


その風はこの勝負の決着を告げるゴングのようだった。


そこに俺はアランに木剣を当てたままの姿勢で、固まっていた。


張りつめていた緊張感が消え、アドレナリンドバドバの興奮した体が火照っているのが感じ取れた。


やった……やってやったぞ!どうだアラン!


俺はノアに勝るとも劣らないどや顔でアランの顔を見上げる。


息子に一撃喰らったら負けとはいえ、負けたのだ。悔しそうな顔をしているだろう。

だが、急にあんな殺気をまき散らしてきたうえに、こちらは2度も吹き飛ばされたのだ。

慰めないぞ俺は。


しかし、俺の予想とは裏腹にアランは二ヤ二ヤと嬉しそうな顔をしていた。


「ギル~!お前ってやつはほんとに!よくやったなぁ~!!」


アランは嬉しそうにそういうと、俺を持ち上げてほっぺたを擦り付けてきた。


「と、父さんちょっとお、落ち着いて」


「お、すまんすまん」


やっとの思いで地面におろしてもらう。

俺の中身はおっさんなのだ。大の男同士のじゃれあいなど一定層にしか需要はないだろう。


「それで?なんで急にこんなことしたの?」


俺がそう問い詰めると、アランは目をそらして答える。


「い、いやな?お前たち無詠唱魔術のこと言ってただろ?なんか手助けできないかと思ってな。実戦に近い形でやったらなにか掴むかなって考えたんだよ」


なんだかわたわたしている。

こんなアランは剣の修行中に、俺にカッコいいところを見せようとして、余計な動きをしてエレナの育てていた花を踏んでしまった時以来だ。


うーん、色々問題はあったが、結局間違いではなかったんだよな……


「まぁ、僕はいいけどさ……アリスにちゃんと謝ってよ?すごい恐がってたから」


俺がそう言うとアランはアリスの方に向き直り手を合わせた。


「すまんアリス!!この通りだ!」


「い、いえ!私こそ旦那様からせっかくチャンスをいただいたのに何もできなくて……」


アリスはそう言うと俯いてしまった。

気まずい沈黙が流れる。


「い、いやそんなことな」


「どうした!物凄い殺気がしたが、魔物でも出たか!?」


アランが何か言って慰めようとしたが、空気を読まない奴No.1ことノアが玄関から飛び出てきてそれを遮った。


「む、なにもいないじゃないか。なんだったんだまったく……あ、お前たち飯ができたぞ。早く来い」


そういうとノアは家の中に戻っていった。本当に嵐みたいなやつだな。


「ご、ご飯なら早くいかなきゃですね」


そういうとアリスは立ち上がり、速歩で家の中へ入っていった。


「父さん」


俺はジトっとした目でアランを見る。


「すまん……なんとかする……」


しかしその後、俺とアランが何度声をかけても、アリスは大丈夫の一点張りで、俺たちは何も言うことができなかった。


そしてアリスは次の日、部屋から出てこなかった。

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