第7話 刑事は悪童たちにマナーを諭す


「私、悪いけどあなたのこと記憶にないね」


 俺たちの前に現れるなりそう言い放ったのは、太い眉と浅黒い肌を持った外国人男性だった。


 ――この男が『子供使い』か。


「そうですか……では私の思い違いかな?」


 俺はわざととぼけながらこっそり『死霊ケース』の蓋を全開にし、『被害者』の反応をうかがった。


「失礼ですが『プルーティポーション』にいた方ですよね?何となく覚えがあるんですが」


 俺がそれとなく水を向けても、マネージャーは首を振って「その店にいたこと、ありません」と言った。さすがに手強いな、俺が胸の内で密かに舌打ちした、その時だった。


「――嘘ツキ!」


 突然、聞こえてきた声に虚をつかれ、俺は椅子の上でびくんと身体を震わせた。甲高い声の主は何と、膝の上のケースに隠れていた『被害者』だった。


「あなた、今何か言ったか」


「いや、その……」


「なんだか嫌な臭いする。生きてるけど生きてない者の臭い。あなた何か連れてきてないか」


 俺はどきりとした。小型化した霊体の気配を嗅ぎつけるとは、やはりこいつは霊力を持っているのか。


「あっ、ここへ来る前に私たち公園に行ったんですけど、そこで鳩に餌をやったからその時の臭いじゃないでしょうか」


「鳩か……」


 沙衣の説明を聞いたマネージャーが訝しむように目を細めた、その時だった。


「……サナ」


 マネージャーの後ろに控えていたメイドの一人が、俺の方を見てぼそりと呟いた。


 ――サナ?久具募早苗のことか?霊体の発した声に気づいたということは、この子は『被害者』を知っているのか?


 謎めいた呟きを漏らしたメイドの目は、ガラス玉ではなく明らかに怯えの感情を宿した「人間」の目だった。


 よし、今日のところはここまでだ。俺はケースの蓋を閉じると沙衣に目で「帰るぞ」と合図を送った。


「あ、そろそろ行かなくちゃいけない時間よ、あなた」


 沙衣は突然、役割を思い出したかのように「奥様」になると俺をせきたてた。


「あ、ああそうだな。……ええと、どうも私の勘違いだったようなのでこの辺で失礼します。お騒がせしました」


 俺と沙衣はマネージャーに一礼すると身を翻し、レジの方へと向かった。


「給仕料、合わせて三千円になります」


「あ、ここは私が払っとく」


 沙衣は財布を出そうとする俺をさりげなく制すると、手早く会計を済ませた。


「行ってらっしゃいませ」


 独自の接客用語で見送られた俺は思わず「それじゃ行って来る。留守をよろしく頼む」と、相手に合わせた口調で応じて店外に出た。


                  ※


「やれやれ、自分の「お屋敷」で冷や冷やさせられるとはな」


 沙衣に自分の食事代を払いながら、俺は大いにぼやいてみせた。こんな事件でもなければおそらく一生、ドアを潜ることもない店だ。


「まあいいんじゃない?趣味のお店って感じで。ただ、高校生のアルバイト先としてはどうかなって思うけど」


「問題はそれだけじゃない。『被害者』に反応した子の顔を見ただろう?まるで憑き物が落ちたような顔だった。つまり他の子は……」


「あのマネージャーが催眠状態にしたまま働かせている……そういうこと?」


「久具募早苗の同僚だったという拘留中の少女は、こわくてサプリを飲めなかったという。つまり、逆に言えば暗示にかかっている子はためらわずに飲むってことだ」


「あまり女の子を追求すると被害者みたいになるってことね。じゅあやっぱり大元の『子供使い』を逮捕するしかないのね」


「ただの人間なら一課に任せるところだが、霊力を持ってるとなると百目鬼達の手には負えない。問題はどういう力を持っているかってことだ。ただの催眠術師ならどうにか……」


 俺がそこまで言った時だった。路地の向こうに見えている目抜き通りへの出口を、どこからともなく現れた複数の影が通せんぼをするように遮ったのだ。


「……ちょっとそこを通してくれないか」


 俺が声をかけると、二十歳そこそこと思われる若者が「いいよ。……ただその前にちょっと痛い思いをしてもらわないとね」と残忍な笑みを浮かべて意った。


「なんだと……」


 俺たちの前に立ちはだかった人影は全員、若者だった。中には十代と思しき顔もあり、アジア系らしき顔もちらほらあった。


「脅しか。『子供使い』の差し金だな?」


「いらねえことをあれこれ聞きまわると碌なことにならないぜ、刑事さん」


 ――俺たちが刑事だってことを知っていやがる。まずいな。


「下がってろポッコ。俺が説得する」


「説得って……そんなの聞くような相手なの?」


 俺は沙衣を背後に下がらせると、両手をだらりと下げて丸腰であることを強調した。


「なあ、君たち何か勘違いしてるんじゃないか?俺たちは仕事でここを通っているだけだ。仮に俺たちが警察の人間だとしても君たちとは関係ない。そこを通してくれないか」


「そっちには関係なくても、こっちにはある。店のことを嗅ぎまわる奴は痛い目に遭わせても構わないと言われてるんだ」


「命じたのは『子供使い』か?それともやつの雇い主か?」


「答える義務はねえっ!」


 路地に吠え声がこだまし、群れの中でもひときわ若く血の気の多そうな一人が俺の方に突っ込んできた。


「……仕方ねえ、少しばかり尻を叩かせてもらうぜ」


 俺は少年が振り上げたバットを紙一重でかわすと、背後に回って手刀を叩きこんだ。


「――うっ」


 俺は倒れ込んだ少年を地面に押しつけると、腕を捩じり上げた。


「痛ええっ」


「お前さんが持ってたバットで殴られたらこんな物じゃ済まないだろう。まずは痛みがどんなものかを知ることだ」


 俺は少年を路肩まで引きずってゆくと、放置自転車のフレームに手錠でくくりつけた。


「面白い、俺たちにビビらねえお巡りは初めてだぜ」


 リーダー格と思われる凶悪な目をした一人がそう言うと、脇で控えていた若者が光るものを取り出した。


 ――こいつらただの不良じゃねえ。闇社会の手下になって悪事を働く愚連隊どもだ。


 俺は腰の特殊警棒に手をやると、説得は諦めざるを得ないなと内心でぼやいた。


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