第2話 迷える魂のため、刑事は棺桶を出る


 死亡事件があったのは一年前のハロウィン、死亡したのは久具募早苗くぐもさなえという当時十六歳の少女だった。


 早苗は当時、商店街の外れにあったメイドカフェで年齢を偽って働いていた。往来に出て呼びこみをしていた時、少年課の刑事から職務質問を受けていきなり逃げだしたのだと言う。


 刑事はすぐさま後を追ったが、十分程度の追跡の後に倒れている早苗を発見したという。早苗は既に心肺が停止状態で、救急車で病院に運ばれたもののほどなく死亡が確認された――これが事件のあらましだった。


 これだけなら年少者の突然死、ということで即終了の話だ。追いかけた刑事は気の毒だが、事件と言うほどではない。だが、この不幸な出来事には続きがあった。


 最近、似たような形で補導された十七歳の少女が早苗の知り合いで、早苗の死に関して謎めいた供述をしたのだ。


「あの子は『子供使い』の店で働いてたからきっと、『アポトス』を飲まされて全身の細胞が自殺しちゃったんだ」


 取り調べを担当した刑事によれば、『子供使い』とは違法に働いている少女たちが罪悪感を抱かぬよう暗示をかける催眠術師のような人物で、片言の日本語を話すアジア人だという。


 また『アポトス』とはハーブのような向精神物質で、日本では栽培できない植物が成分に含まれているらしい。『子供使い』は少女たちにそれを「サプリの一種」だと言って配り、「やばい状況になったら飲め。そうすればその場から消えることができる」と教えるのだという。


 つまり早苗は追いかけられてパニックに陥り、『子供使い』の教え通り『アポトス』を飲んで死亡したということになる。この物質が毒かどうかはさておき、仮死状態または本当に死んでしまえば少なくとも自分で供述はできなくなるというわけだ。


 子供に対しあまりに非人道的な仕打ちだと怒りに震えながらページをめくっていた俺は、補足のように書き足された一文に思わず息を呑んだ。


 なお『子供使い』と呼ばれるこのアジア人はこのように発言している。

「自分は代々、呪術を生業とする一族の末裔であり、現在も死者の国と交信することができる。店のオーナーから自分の持つ「亡者の力」を貸して欲しいと言われ、店のプロデュースを任された。日本にもメイドにも特に関心はない」


 ――呪術師……亡者の力……なるほど、これが亡者絡みの事件なら確かにうちの管轄だ。


                ※


 俺が「一応、目を通しましたよ」と告げるとわが愛すべき上司は「じゃあ要領はわかってるな。まずお前さんの得意な殺害現場詣で、それから拘留中の被害者の知人に聞きこみ、それから『子供使い』とやらが再開させた風俗店で聞き込み、この三つだ」と言った。


「じゃあ、ポッコかケン坊を連れて行きます。……今、どこに行ってます?」


 俺は僅か四人しかいない部署の、ここにはいない残り二名について尋ねた。ポッコと言うのは女性刑事で本名は河原崎沙衣かわらざきさえという。鳩に似ているので俺がポッコと名付けた。もう一人のケン坊はケヴィン犬塚いぬづかと言って外国帰りの枯れ木みたいな若者だ。


「あの二人なら、先月から被害者の幽霊が出ると噂のひき逃げ現場に行ってるよ。捜査本部がまだ解散してない事件だから、本来ならうちがわざわざ出向くこともないんだがな」


 俺が所属する捜査一課付け特務班は、すでに捜査本部が解散した迷宮入り事件――いわゆるコールドケースを再捜査する部門だ。


 終わった事件を掘り起こして因果を洗い直す作業は正直、気分のいいものではない。


 だが、誰かがやらなければ無念のうちに亡くなった被害者の魂は、永遠に殺害現場でこの世を呪いながらさまよわなければならない。


 今回のケースは『子供使い』という謎の人物が、現実に失望し居場所を失った少年少女たちをかどわかし死に至らしめたという極めて不愉快な事件だった。


 確かにこの現世で地獄を見ずに生きてゆくことは難しい。だが多くの生者は地獄が見えてもできるだけ希望の方を見てやり過ごしているのだ。


 ――若者は挫折も含めてもっと色々な風景を見るべきだ。絶望はその後でも遅くない。


 わざと地獄しか見せないよう目隠しをして、救いや安らぎを装った別の地獄へと誘導するようなやり口は断じて許すわけにはいかない。


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