岩鉄山③

朝が来た。

寝藁から起き上がり、居間に向かう。

鍋から良い匂いが漂っていた。

ノアとセパ、ダズは朝食を食べる。

粥を掬う音と息を吹きかける音、そして炉の薪のパチパチという音が部屋に響く。

会話は無い。

昨晩の重苦しい空気が未だ尾を引いていた。

食事を終えるとノアはおずおずとセパに話しかけた。

だが、セパはノアを無視し、食器を洗いに行ってしまった。

ノアは胸が苦しくなった。

せっかく生きて会えた友人にこんな関わり方しか出来ない現状が嫌だった。

ダズは溜息をつき、ノアに薪になる枝を拾ってくる様に言った。

薪は家の裏に充分あったが、きっと気分転換の為にやらせてくれるのだとノアは思った。

ダズに言われて、外に出る。

村から離れた森に入る。

足元の枝を拾い、背負子に乗せていく。

頭の中の整理は未だについていなかった。

そんなノアの頭の中から声が響く。


『いい人達だな』

「ラナン…」

『詳しく知らない私でも、お前の事を真剣に考えてくれているのが分かる。お爺さんも彼女も。愛されてるんだな…お前は』

「…分からないんだ。どうすればいいか」


ラナンは優しい声色でノアに語りかける。

ノアは胸の内を明かした。


「憎しみに囚われるなって兄貴は言った。生きる事が大切だってじいちゃんは言った。ガーダもそうだ。…セパは言われた事を守ろうとしてる。それが大事な事だっていうのは僕だってわかってるんだ…でも…」

『お前の怒りは収まっていない。理解は出来ても納得は出来ない。そうだろう?』

「…うん。僕は…奴らを、アッシュ達を殺してやりたい。兄貴やココさん、団長を苦しめた罰を与えてやりたい。僕にはそれをできる力が…お前から貰った力があるんだ。だから…」


そう言ってノアは拳を握る。

頭に過ぎるのは、死んでいった人達の傷だらけの姿。

貫かれ、血を流し、青ざめていった愛する人達の亡骸。

それを思い出すだけでヘドロの様なドス黒い怒りが湧き上がる。

だが怒りと同時にダズの言葉やセパの涙、バトーの笑顔が浮かび、その怒りが揺らいでいく。

思考が紛れ、どうすればいいのか分からなくなる。

ノアはラナンに縋る様に問いかけた。


「なぁ、ラナン。もし、もし僕がアッシュ達と戦う事を止めるって言ったら、お前はどうする?」

『…私としてはお前には戦ってほしいというのが本音だ』

「…」

『だが、お前が戦わないと言うのなら私はそれで構わない』

「え?」

『言っただろう。私達は協力関係。対等だ。お前の選択を私は尊重するよ。だから、もし、お前が戦う事を拒み、船に乗る時がくれば、私はお前から離れて別の協力者を探しにいく。そこでお別れだ』

「……そう…か」


背負子には未だ余裕がある。

枯れ枝を求めて更に歩く。

少し高い段差を飛び降りた。

着地の衝撃で背中の枝同士がぶつかり、カランカランと乾いた音が鳴った。


「ラナン。僕は…」


ノアはか細い声で自らの決断を言おうとした。

だが、その時。


「ガァァァァァァァ!!!!!!」


静寂を切り裂く咆哮が響き渡った。


「な、何!?」


ノアは慌てて、周りを見渡す。

動揺するノアの頭上から影が刺す。

仰ぎ見ると黒い竜が空を舞っていた。

竜は翼をはためかせると、風を起こして飛んでいった。


「何だ…あれ!?」

『まずい…ノア!急いで村に戻れ!』

「ラナン!?一体何が?」

『準王だ!あの竜は倒さなきゃならない敵の一体だ!村の方に向かった…早く戻れ!』

「…!!」


ラナンの言葉にノアの血の気が引く。

背負子を投げ捨て、全力で走る。

森を駆けるノアはグングンと速度を上げていく。

林を抜けると、遠くに村が見えた。

黒煙が立ち上り、炭鉱夫達の悲鳴が聞こえる。

村の入口にたどり着いた時、そこには惨劇が広がっていた。


「ひぁああ!?ぐぁ!」

「た、助けてくれぇ!あが!?」

「■■■、■■」

「■■■■」


アッシュの黒棒に刺された男達が悲鳴をあげて倒れていく。

立ち向かった者もいたが、すぐに囲まれ蜂の巣の様に幾重にも穴を開けられる。

扉を壊し、中にいた者たちを打ち据える。

家から幾つも火の手が上がっていた。

地面に血が滴り落ち、赤く紅くその場を染める。

ゴフェル村と同じ惨状にノアは絶句する。 

目の前に1人の少女が、逃げてくる。

ノアより年下のその子は涙を流しながら、走っていた。

だが足がもつれ、転んでしまう。

そこにアッシュが黒棒を振り上げ、襲いかかる。


「■■■」

「ヒィぃぃ!?」


少女は腕で顔を覆い、体を折り曲げ、目を閉じる。

そうして、アッシュの黒棒が振り下ろされ…ることは無かった。

少女が目を開けると、ノアが剣でアッシュの黒棒を防いでいた。


「早く逃げて!早く!」

「…!!」


ノアの言葉に少女は立ち上がり、走って逃げ出した。

ノアはアッシュを蹴り飛ばし、体勢が崩れたところを切った。

アッシュの体が崩れて消える。

その一体倒した事で他の者たちも気づいたのか、ノアの周りにアッシュ達が集まってくる。

剣を振り、中段に構える。

ノアは心の中で、ダズとセパの事を思っていた。


「(じいちゃん…セパ!)」


ノアは2人の元へ向かうべく、アッシュ達に突っ込んだ。



バケツで汲んだ水に食器を浸し、洗う。

濡れた食器を布で拭いていく。

最後の食器を拭き終えるとセパは自らの左手を見つめた。

薬指には銀の指輪がはめられていた。


『生きろ…生きてくれ!』


セパの頭の中でガーダの最後の姿が浮かぶ。

回想するその表情は辛い悲しみがうつしだされていた。


「セパ!!」

「ダズさん?一体どうしたのよ?」

「奴らじゃ!化け物共がやって来おった!早く!早く逃げるぞ!」

「!!」


勢いよくドアが開く。

外で村人の説得に出ていたダズが急いで帰って来たのだ。

最悪の知らせを持って。

セパに緊張が走り、すぐにその場から動こうとした。

だが、次の瞬間。

轟音と共に壁と屋根が吹き飛んだ。


「あぐっ!?」


セパとダズは衝撃で飛ばされる。

ダズは頭を打って気を失い、セパは壁に叩きつけられた。

セパは痛みに呻き、体を丸める。

なんとか、顔を上げて状況を確認する。

すると、目の前には…黒き竜がいた。


「グロロロ…」

「……ガーダ」


黒煙を吐く竜の顔が近づいてくる。

痛みと恐怖で身動きが取れない中、セパは左手を握りしめていた。



「ダァァ!!」


ノアの裂帛の後、斬撃がアッシュ達の心臓を捉える。

灰燼に帰すアッシュ達を踏み越えて、ノアは走る。


「(急げ、急げ、急げ!!)」


竜が飛んでいった方向にはダズ達が借りている家がある。

もし竜がその場に着いてしまっていたら…。

最悪の想像が膨らみ、焦りは冷汗となって流れ出る。

一刻も早くその場に行くべく、ノアは道を塞ぐアッシュ達を切り倒し、走る、疾る。

家の間を飛び越えていく。

そうして、ノアはダズ達の元へ辿りついた。


そして……見てしまった。


瓦礫と化した家の中で、竜が何かを食んでいる。

肉を引き裂くような音が聞こえてくる。

ノアはその瞬間、悟った。

背中に氷水をかけられたような悪寒が襲う。

魂の抜けた様な表情でふらふらと竜の元へ歩いていく。

竜は近づいてくるノアの気配に気づくと顔を上げる。


その口には…泣き別れたセパの上半身が咥えれていた。


竜はノアを確認した後、セパを嚥下した。


「………この……この」


ノアは今までにない力で剣を握る。

ミシミシと柄から音が聞こえる。

無表情だった顔が鬼のように変わっていった。


「このぉ…クソ化け物がぁぁぁぁぁぁ!!!」


ノアは怒りの咆哮を上げながら黒龍に突っ込んでいった。








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