眼鏡っ子女房の転生ゆるふわ宮廷生活~物語で成り上がっちゃいましたがこれもチートに入りますか?

斗南

物語が評判になりました

第1話 ひいぃ!? 皇后候補からの原稿依頼

今を時めく右大臣、藤原氏の姫君の前でともの忠子ただこはひたすらひれ伏していた。


「忠子、あなたは物語を書くのが得意と聞きます。皆夢中になって読み、まだ文字を読めない幼子は目を輝かせて聞き入るとか」

「は、はひぃ! 恐れ多いことにございます徳子さとこ様! こ、子供向けのおとぎ話でとても物語と言えるようなものでは……!」



忠子にとって徳子は雲の上の人だ。徳子はいずれ帝の正妃である中宮にもなろうかと噂される貴族の中の貴族、対して伴家はギリギリ中流に引っかかる程度で暮らしぶりも決して裕福ではなく、家事や育児も使用人だけでは手が足りない有様だ。


加えて徳子は都でも評判の美人、忠子はそばかすだらけの冴えない地味娘だ。優しい両親と美しい姉は愛嬌があって癒し系と言ってくれるが。


そして件の物語というのも姉の子供を寝かしつける際に忠子が語ってやった……


「まあ、ご謙遜を」

「茨に包まれたお城で百年眠り続け、王子様の口づけで目を覚ます姫。なんて幻想的なのでしょう」

「わたくしは玻璃ガラスの靴を履いて舞踏会へ行く健気な娘の話が好きですわ」

「誰も聞いたこともない夢のような国をまるで見て来たように書かれて」

「本当に、素晴らしい才能ですわ!」


侍女たちは口々に誉めそやすが忠子は顔面蒼白、冷や汗たらたらだ。


「忠子様は異国の姫の生まれ変わりではないのかって、皆申しておりますのよ」


(実はそうです! 姫ではないですけど! 盗作なんですごめんなさいぃいいいい!)


アンデルセンやグリムは普遍的物語だとネットで読んだが、平安時代でも十分通用するらしい。


忠子が前世の記憶を思い出したのは三年前、十三歳の時だった。


前世では有名私立大学で一番地味な文学部を卒業し、アニメやゲーム等サブカルを愛し好きな作品をより深く知るためにやたらと雑学を蓄えた隠れヲタクだった。

高尚嗜好も多少はあったので源氏物語も一通り読んだ。好きなヒロインは夕顔である。


姪は物語が大好きなのだが、本を買い与えてやれるほどの余裕はない。

ぐずる八歳児が幼い頃勉強しなくなるからとマンガを買ってもらえなかった自分と重なり、眠り姫やシンデレラや休載中の人気ハンターマンガのエピソードを語って聞かせた。


何度も聞きたがるので繰り返し話すうちいつの間にか乳母が自分もせがまれたときのためにと書き留めており、どこからか流出し、評判になって藤原家の姫君のお耳に入り――と、そういう経緯だ。

なお、命を落とした時点で連載は完結していなかったどころか長い休載中だった。


「今日あなたを招いたのは他でもありません。物語を書いてもらいたいのです」

「ひいっ?!」


これはあれだ、原稿依頼だ。

身分差を考えれば断るなど許されない。断れば父の首が飛……びはしないだろうが出世は完全絶望だ。アホらしいがそういう感情論の世界なのだ貴族社会。


(原稿料、いくらだろう……)


そして上流貴族は非常識なほど金があり、気に入ったものには湯水のごとく注ぎ込む。使者を通じてではなく徳子姫自らの依頼とあれば破格の報酬が約束されている。


忠子ももう十六歳。家計を助けたいという心持ちはある。

結婚してもいい年だから羽振りのいい男性の妻になるのが一番だが、容姿もパッとせず和歌もたいして巧くはない忠子に優良物件など捕まえられるはずもない。


(私が稼ぐ道は、これしかない)


忠子は腹を括った。


「どっ……、どのような物語を、ごご所望でしょうか……!」


「叶わない恋を―――」


忠子は思わず顔を上げた。徳子姫の声がとても悲しく、そして透明で美しかったから。


今まで直視できなかった姫の顔も初めて真っ直ぐに見た。

前世を引きずってか近視だが、それでも徳子の麗しさは十分見て取れた。


(うわあ……国民的美少女並みのクオリティだ……)


透き通るを通り越して薄っすら輝いていそうな白い肌、長い睫毛が物憂げさを添えるクールな切れ長の目許、艶やかだけど意志の強さを示して引き締まった小さな唇。


清らかな泉のよう、夜空に浮かぶ満月のよう、いや冷たすぎて氷のようだ美しすぎて妖のようだと恐れや嫉妬を込めて謳われる美貌だが、寂しそうに微笑む表情はとても儚げでキュンと胸を締めつけられた。


こんな顔でお願いされたら、男は何でも言うことを聞いてしまうだろう。


男ではないが、忠子もそんな気持ちになった。


「……決して報われぬ恋を書いてほしいの。思い切り美しく、雅に、華やかに……」


ああ。


寂しそうなお顔の理由を突然に理解した。


鷹臣たかおみ様のことをおっしゃっているんだ)


源鷹臣。左大臣の御曹司で本朝三大公達イケメンの一人に数えられる貴公子だ。

男らしく眉目秀麗で武勇に優れ、和歌は苦手らしいが教養も申し分ない。想いを寄せる姫君は数知れないが恋愛事には興味が薄いようで決まった方はいらっしゃらない。


藤原と源。釣り合わない家格ではないが徳子姫の父上は右大臣。つまり真っ向から対立する政敵同士。

右大臣は徳子を入内させより権力を強化しようとしている。他の男との、よりによって左大臣の御曹司との結婚など決して許しはしない。


(ロミオとジュリエットだ……)


決して許されない恋を物語に書かれることで昇華しようとしているのだ。

無念は語り継ぐことで供養になると先日の法会で偉いお坊様が話していたから、それで思いつかれたのだろう。


それで――諦めたのだろう。


忠子も小学生から中学生の頃はこっそり夢小説を書いていた。恥ずかしすぎて非公開で。


黒歴史待ったなしだが、当時は可愛く生まれなかった自分が不思議な偶然ごつごうしゅぎでイケメンに見いだされて恋に落ちる小説を書くことは間違いなく自分の癒しになっていた。


(つまり、これはブクマ作家に推し×自分の恋愛小説を書いてほしいという依頼!)


現代人からしてみれば夢のようなお宝である。

ブクマしてもらったのが後世の世界的作家の盗作なのは心苦しいところなのだが、忠子は居住まいを正した。


「身に余る光栄でございます。書かせていただきます」


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