第44話

 静まり返った中庭で、ヨシュアの冷ややかな声がオリヴィアに向けられる。


「茶番は終わったか?ならばとっととその意味不明な羽と、わざとらしい輪っかを外したらどうだ?」

「いえ、これはそんな直ぐに取れるモノではなく……私も生やしたくて生やしている訳ではないので……」


 自身の両手を胸の前で握りしめ、気不味そうに視線を逸らすオリヴィアを、ヨシュアは冷淡な表情を崩さずに鼻で笑った。


「ふん、まぁいい。それに、先程何か偽善のような言葉を似非聖女らしく並べようとしていたが……」


 マリエッタが兄の言葉を遮ろうとするも、間に合わない。


「私は昔から、お前のそういった部分を含めて大嫌いだったよ」

「!」


 辛辣な言葉が吐き捨てられ、冷たい声が鋭利な刃となってオリヴィアの胸を貫いた。

 紫水晶の瞳を見開いて揺れ、驚きに満ちた表情をヨシュアに向ける。心臓の鼓動が痛い程早まっていた。


 顔面蒼白となったオリヴィアは後ずさりしながら、声を絞り出すように呟いた。


「ご、ごめんなさい……っ」

「オリヴィア様っ」


 中庭から回廊に通ずる扉へと一直線に走り出したオリヴィアを、何人かの令嬢が追いかけようとした。だが、お淑やかな令嬢達ではやたらと逞しく、足まで速いオリヴィアに追いつく事は出来ない。

 足が速い上にスカートの裾は翻さないように走り抜けるという、器用な芸当まで披露している。


 重い扉をオリヴィアは自分の身体が通れるほどに開き、外に出ようとしたが、バンッと派手な音が中庭に響く。

 背中の羽が引っかかって通れなかったようで「イテッ」と呟く声も皆の耳に届いた。そして今度こそ羽がつっかえないように横歩きしながら扉を潜り、中庭を退出するのを皆は終始見守っていた。


「お兄様……」


 オリヴィアが去った後、重い空気に満ちた中庭で、怒りや悲しみを混ぜ合わせた感情で身体を震わせるマリエッタを、イザベルが制し、代わりに踏み出す。


「ヨシュア殿下」

「では、行こうかアイリーン」


 無視して場を去ろうとするヨシュアの背中へと、イザベルの言葉が放たれる。


「殿下、先程その平民をいずれ、このお茶会に参加させるとおっしゃっておりましたが、その様な者はこの場に招く訳には参りません」


 丁寧な口調だが、威圧を感じさせる声だった。

 途端、柳眉を逆立てて怒りの形相で振り返ったヨシュアが声を荒げる。


「平民だからと身分で差別するのか!?如何にも貴族らしい、実に下らない価値観だっ」

「招かれてもいない場所に乗り込んで来るなど、身分以前の問題です」


 イザベルの視線はヨシュアを通り越し、背後へと真っ直ぐに向けられていた。アイリーンは怯えるように身を震わせ、堪らず頭を垂れる。


「も、申し訳ございませんっ」

「アイリーンを連れて来たのは私だ、アイリーンは謝る必要はないっ」


 イザベルを筆頭に貴族令嬢達の侮蔑の篭った視線に居た堪れず、アイリーンの手を引くとヨシュアは足早に扉へと向かった。

 開けようと手を伸ばした瞬間、扉が開かれる。ヨシュアが虚を突かれていると、扉の向こうから姿を現したのはエフラムだった。

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