第38話

 本日はこの湖の館に、お客様がいらっしゃる特別な日。

 朝からオリヴィアは厨房で、サクランボの柄と種を取る作業に勤しんでいた。


 エフラムとのカフェデートの際、カフェで食べたケーキに感銘を受けたオリヴィア。あの日は帰宅後直ぐに、カルロスに透明で美しいケーキの事を熱く語った。そこでカルロスはオリヴィアに、簡単なゼリーケーキの作り方を教えてくれたのだった。


 レシピを伝授して貰ったオリヴィアは、早速ケーキを作りたくなる衝動に駆られたが、それは特別な日にとっておくことにした。

 勿論試作も大切なので、カルロス監修の下ゼリーを一度作ってみると、納得の出来栄えとなった。一層、ケーキを作る日が楽しみで、その日を待ち侘びるていた。


「早く、完全体にして差し上げたい」


 これが最近のオリヴィアの口癖であった。

 勿論ゼリーケーキの事である。


「何だか、魔王復活を目論んでいるような台詞ですね。去年大人気だった舞台での台詞を、思い出しましたわ」とローズが言うと、オリヴィアも「強そうで良いわね」と返す。


 ローズの言う舞台とは、勇者が囚われの姫を救う為魔王を倒した直後、倒れた筈の魔王が「中々やるな、だがまだだ。そしてこれがワシの完全体だ」と言いながら再び戦いを挑んで来るストーリーだった。

 それをみたオリヴィアは、隣で一緒に観劇しているローズに「どうして最初から、完全体の本気モードで挑んで来なかったのかしら?舐めてかかってたら、思ってたよりも勇者が強くて、焦って今頃本気になったのかしら?」とこっそり、耳打ちをしていた思い出が蘇る。



 到底お菓子作りをしている女子二人とは、思えないような会話が、連日厨房では繰り広げられていた。



 まずはゼリーを作るために、水とグラニュー糖、ゼラチンを中火にかける。ゼラチンが完全に溶けたら、氷水を入れた鍋で冷やしておく。

 そしてリースの型に、作ったゼリー液を流し込み、種を取ったサクランボを入れる。更に一時間程冷やす。

 次にミルクゼリー作り。材料は牛乳とグラニュー糖。それらを加熱して小さな器に少量とり、粉ゼラチンを溶かしながら合わさったものを、鍋に入れてよく溶かす。


 ミルクゼリー液が完成すると、熱を冷ましてからサクランボゼリーの上へと注いだ。


 後は冷やして、出来上がるのを待つのみ。


 ◇


 部屋ではシルクタフタやサテン、オーガンジー。沢山の見本布とレースが、テーブルに広げられ、希望するデザインのイメージを仕立て屋のマダムが、図面に描いて見せてくれる。

 長くしなやかな指でペンを動かし、サラサラとドレスが描かれていく様はまるで魔法のようであった。


 マダムは今日もドレスの色に合わせた鍔の広い帽子を被っており、二十代後半から三十代程度に見えるが年齢は不詳。赤い髪が特徴的な長身の美女である。

 彼女は女性の身でありながら、王室御用達の大商会にまで店を発展させたやり手オーナー。

 そんな忙しいマダムが直々に、王都の端に位置するこの湖の館まで足を運んで貰ったとあって、オリヴィアも真摯な姿勢でドレスの生地やデザインを選んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る