1-6:不滅の魔王と異世界の勇者について 下

 もうしばらく歩いたはずだが、まだ風景が変わる気配はない。行けども潮騒が聞こえるだけ。とはいえ、確かに森は少し海岸より遠ざかっており、道も徐々にハッキリとしてきている気もする。


「ところで、まだ街には着かないのか?」

「もう一息で見えてくるはずよ……その前に、アナタのことも少し確認しておきたいわ」

「何度聞かれても、名前以外のことは分からんぜ?」

「えぇ、アナタはそうでしょうけれど……とりあえず、質問に答えて頂戴。分からないなら分からないでいいわ。アナタ、記憶喪失と気づいたのはいつ、どこで?」

「今日の夕方、場所は海岸で目が覚めた」

「ふむ、成程……」


 エルは口元に手をあてながら少し考え込み、少しすると歩きながらこちらをまじまじと見てきた。顔というよりは、こちらの身なりを確認している印象だった。


「アナタの服装、輸送船の乗組員の物なのよね。船員の階級までは分からないけど、恐らく航海士とか、その辺りの……一つの仮説としては、アナタはレヴァルの街に来る途中の輸送船か何かの搭乗員で、何かの事故で海に放り出された。

 そして、そのまま海を漂い、海岸に流れ着いた……流されている間のショックか何かで、記憶が飛んでしまった。こんな風に考えれば、多少は筋が通っている感じもするわ」


 言われてみれば、もっともらしい仮説だった。むしろ、女神によって記憶喪失のまま異世界転生させられた、よりは現実的だとも思う。女神レムもポピュラーな存在のようだし、この世界の住人だったら誰でも知っているのだろう。だから、本当はこの世界の一員であった自分が、女神レムの白昼夢を見ていた、そんな可能性だってあるのだ。


 しかし一方で、自分の記憶はないものの、自分は確かに前世の知識がある。一朝一夕で身につかない知識量を、かつてのアラン・スミスが妄想で全て思いついていて、この世界との記憶と混同してしまっている、と言うには流石に無理がある気がする。


 ただそうなると、この服――エルの言うところの、船員の服を自分が身にまとっている、というのはなぜなのか。少し考えては見たものの、そこに関する明確な答えは分からなかった。


「うーん、ピンとこない?」


 こちらが考え込んでいると、エルがこちらを覗き込んできた。少し、心配そうな顔をしている――皮肉屋な部分もあるが、根は善良なのだろう、恐らく俺の記憶が戻るように、真剣に考えてくれていたようだ。


「あぁ、すまないが……でもありがとう、ピンとは来ないが、もしかしたらエルの言う通りなのかもしれない」

「えぇ、そうね……とりあえず街についたら、正規軍の駐屯所にアナタを連れて行って、船員だった可能性があるって説明するわね」


 唐突に駐屯所と言うと物騒な感じもするが、この世界のその辺りの仕組みについては良く分からないので、とりあえず頷いておくことにした。


「あ、そうだ。さっきの魔族の結晶、私に預けておいてくれないかしら?」

「換金できるんだって言ってたっけか」

「えぇ、でも大丈夫、悪いようにはしないから」


 言い分は詐欺師のようだが、エルは信じられる気がする。いや、騙される奴はいつも、この人なら大丈夫と思うのかもしれないが。しかし、そもそも魔族のほとんどを倒したのはエルだし、ここまで案内してもらって色々教えてくれた恩もある。すべて取られても良いと判断し、厚手のポケットから結晶を取り出した。


「はい、ありがとう……それにちょうど、見えてきたわよ」


 ちょうど拓けた場所に出た瞬間、エルが指している方角を見ると、海岸に幾つものかがり火が見えた。少し目を凝らしてみると、そこには港と城塞を足した様な風貌の巨大都市がある。小高い丘を切り崩して作ったのだろう、斜面には多くの建築物が並んでおり、自分の正面にある港も船着き場以外は断崖になっている。四方のうち、海の面は天然の要塞であり、他の平の部分は城壁で魔族からの侵入から街を守っているようだった。


「おぉ……意外と大きいんだな」

「言ったでしょう、平時でも交易には使うし、レヴァルだけは暗黒大陸だけでも発達しているの。さ、あと一息よ」

「ちなみに、あぁいうのって夜は門を閉ざしていて入れなかったりするんじゃないか?」

「ご明察。でも、正規軍の見回りがあるから、夜間でも二回は門が開くわ。そこに合わせて入れば大丈夫よ」


 幸い、ちょっと急げば九時の開門には間に合うわね、と続いた。今が何時か分からない――というか、九時と言っていたが、この世界も一日は二十四時間なのか、しかし惑星の構造が前世とほぼ同じなら恐らくそうなのか――が、ひとまずここからは会話せず、互いに早歩きで正門まで向かった。


 レヴァルの正門についた時には、何人かの冒険者風の者たちが、城塞の前の跳ね橋の前に居た。エルは他の冒険者たちから少し離れたところで座ったので、自分も合わせてその横に座る。


 お互いに少し疲れているので会話はなくなり、かといって手持無沙汰の解消に冒険者たちを観察すると、大体は四人組で、多くの場合は戦士風の武装をした者がそのうちの二人か三人、魔術師風の出で立ちの者が一人か二人、そんな構成が多いようだった。


 今度は、城壁に視線を移す。高さは前世でいう五階建てから六階建ての建物相当、堀に囲まれている。城壁の上には尖塔ごとに見張りがいるようで、彼らは遥か地平線の向こう――更なる東、恐らく魔の住む方角を見つめていた。


 そんな風に考察していると、街道の奥から松明の炎が数多に揺らめき、こちらに近づいてくるのが見えた。冒険者風の者たちと比べて、半分はそれらしい、半分は意外な感じだった。


「……正規軍には魔法使いが多いのか?」


 隣にいるエルに話しかける。正規軍は装備が画一されており、そういう面では軍隊という感じではあった。しかし、もっと鉄の鎧や兜に身を包んだ者が多いと思ったが、実際にそれは半数で、戦士風の者たちは長槍と盾という武装が多い。残り半数は白いローブを身にまとっていた。


「えぇ、魔術師が殲滅力では圧倒的だからね。正規軍は戦士がフロントで魔術師を守り、バックの魔術師が魔術にて敵を殲滅する先方が一般的なのよ……さて、ちょっとアナタはここで待っていて」

「一緒に行くのはダメなのか?」

「アナタにも身分証があれば、一緒でも良かったんだけれどね」


 私が話を通してくるから、そう言ってエルは門の方へ行き、冒険者達に紛れて後、少しして戻ってきた。それと同時に、城塞都市への門が開き、跳ね橋が降りてきた。


「……冷静に考えたんだけれど」

「なんだ?」

「もしアナタが身分証持ってたら、私はわざわざアナタを案内してないわ」

「真面目か」


 やはりエルは真面目というか、天然な所もあるのかもしれない。ともかく、城塞都市の門をくぐり、レヴァルの街にたどり着いた。門をくぐる時、一瞬だけ不思議な膜を通過した感じがした。魔法か何かで、入るものをチェックしているのかもしれない。


 城壁の内側からだと、建物と丘が見えるだけで、外から見た時ほどの感動は無い。唯一の門に通じるメインストリートがまっすぐ続いており、夜の九時過ぎだというのに、案外人通りは多い。それも、あまり品のよさそうな連中ではない。恐らく、冒険者が飲み歩ているせいで、この辺りの治安はそう良くはなさそうと想像できた。


 そして、そのせいもあるだろうか、もちろん防衛拠点としてすぐに動けるようにという意味合いもあるのだろうが、第一駐屯所なるものは、門をくぐったすぐ先にあった。駐屯所に入ると、受付でエルが何やら話した後、受付嬢がカウンターから出てきてこちらへ向かってきた。


「えぇと、アラン・スミスさんですか」

「はい、そのようです」

「はぁ……えと、それではこちらに」


 こちらのいい加減な返しに若干引き気味になったのか、受付の女性は顔を引きつらせてのち、一つの木製のドアを開けた。


「それじゃあ、私はここで」


 背後を振り向くと、エルが小さく手を振っていた。


「あぁ、世話になったな」

「ふぅ……ほんと、変な奴の子守は疲れたわ」


 やれやれ、という調子は半分本気、半分冗談だろう。こっちは世話になりっぱなしで何も返せていないのだがら、厄介ごとを押し付けられたが半分。残りは彼女自身がそこそこお人好しで、困っている人を助けられたという安堵の表情をしている、そんな印象だった。


 とはいえ、右も左も分からないのだから、出来れば今後もエルの世話になれるならなりたいのが本音だ。美人だし。


「なぁ、今後とも……」

「それはお断り……そんな捨て犬のような目でも駄目よ」


 泣き脅しは通じないらしい。


「まぁ、あと一回は会うことになると思う。それじゃあね」


 エルは踵を返し、長い髪を棚引かせて外へと出て行った。


「あの……」

「あぁ、悪い」


 後ろで待たせていた受付嬢について行き、廊下の突き当りの部屋に入る。不思議な部屋で、縦横二メートルといった狭い空間、石の壁、そしてすぐ先にドアがある。受付嬢がドアを開け、着いて行こうとしたとき、不意に背後の扉が勢いよく閉まる音がした。驚いて振り向くと、今度は嬢が出て行ったドアも勢い良く締まる。


「お、おい、何事だ!?」


 あからさまに歓迎されていない雰囲気に対し、ドアの向こうにいる嬢に聞こえるように大きな声を出す。返答の代わりに、部屋の壁が淡く光りだし――四方から飛び出てきた視認がほぼできない粒子状の物が、自分の体を貫いた。


(まさか罠だったのか!? ……くそ……)


 痛みや苦痛は無いが、その代わりに意識が遠のいていく。体を支える力もなくなり、おそらく部屋の中に倒れこんでしまった瞬間、目の前が真っ暗になった。

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