いやいや、まだ早すぎるから!

 十二回目の春が来て夏、そして秋になり、そろそろ冬ごもりの準備を行う時期になろうという時に、わたし達は洞窟の奥に集められた。


 この洞窟はママ達が生活できるぐらいには巨大だ。


 前世でいうならば、ドーム一つ分ぐらいと言ったところか。

 行ったことは無いけど、たぶん。

 その際奥に、いつの間に準備したのか、わたし達兄妹分の魔法陣が横一列に描かれていて、ママにその前に立つように指示を出された。

 わたし達、兄妹は不可解に思いながらも、お互い顔を見合わせつつも言われるまま並んだのだが、わたし達を前に、ママがとんでもないことを言い出した。

『あなた達、今から独り立ち前の試験を行うわ』

 ここまでは――まあ良い。

 その次の言葉が問題だった。

『これからそれぞれ違う場所に転移をさせるから、そこを支配して、自分の縄張りとしなさい。

 それまで、帰って来ちゃ駄目よ』

『ちょちょちょっと待ってよ、ママ!』

 慌てて言うわたしの声が洞窟内で反響する。

『それって、わたし一人っきりになるって事!?

 おおお兄ちゃん達はともかく、わたしは……』

 そんなわたしに、ママは苦笑する。

『小さい娘、あなたはもう十分大きくなったでしょう?

 いつまでも、赤ん坊みたいなことを言って無いの』

『待って、待って!

 わたし、こんなに小さいよ!』

人間の女あなたは大体それぐらいが限界でしょう?

 それぐらい、わたしも知っているのよ!』

『いやいや、もう少し大きくなるし!

 それに、大きさだけの問題じゃないし!』

 因みに、わたしの今の格好は白い帽子(フェンリル耳付き)にセーラー服、腰のベルトに尻尾モドキを付け、スカートの下にはスパッツ(っぽいもの)といった格好だ。


 白髪はくはつを三つ編みにしていて、自分の事ながらちょっと可愛い!


 服とかは女子中学生(体育会系)にフェンリル要素を足したイメージで、エルフのお姉さんに依頼して作って貰った。

 お返しに、よく分からない品種のブドウを、最近出来るようになった植物育成魔法で育ててあげた。

 いや、そんなことはどうでも良いとして、この格好でも分かる通り、わたしは女子中学生(みたいなもの)なのだ!

 前世だって、普通に保護者に養って貰う身分なのだ!

 ……保護して貰った記憶があまりないけど――法律で決まっているのだ!

 それに大人子供の問題じゃ無く、こんなドラゴンが闊歩する世界に一人っきりで放り出されたら、間違いなく死ぬ。

 死んでしまうから!

 あれかな?

 最近、ママからの『大物を狩ってきなさい』という催促が煩わしくって、大きいお兄ちゃんが狩ってきた獲物を、料理するのを条件に貰ってたのが良くなかったかな!?

 それで、『この子はこれぐらいは出来る』と勘違いさせちゃったかな!?

 それは、かなりヤバいんだけど!?

『ママ、あのね――』

『あなた達を送る、それぞれの場所の特徴を伝えておくわ』

『ママ!

 ちょっと、聞いて!』

 叫ぶわたしなどお構いなしに、ママは話し続ける。

『大きい息子、あなたが向かう先は北の森――様々な竜種が闊歩する最も危険な場所よ。

 もっとも、あなたなら問題ないでしょう』

 ”竜種”、”もっとも危険”など、不穏なワードが列挙されているのに、大きいお兄ちゃんはニヤリと口元を歪めている。

 やる気満々だ!

『大きい娘、あなたが向かうのは西の森――近くに死霊生物の住処がある少々やっかいな場所よ。

 とはいえ、の魔力持ちであるあなたなら、一掃できるでしょう』

 おっかないお化けが出そうな場所なのに、大きいお姉ちゃんは自信ありげに『ふふふ』と笑った。

 凄い!

『小さい息子、あなたが向かう東側は森と言うより山脈ね。

 起伏に富んだ地形で、生息する獣たちも一癖も二癖もあるのがそろっているわ。

 でも、頭が切れるあなたなら、その地形も有利にしてしまうのではないかしら?』

 小さいお兄ちゃんは気負った風もなく『美味しい鳥はいるかな?』などと言っている。

 流石の平常心!

『小さい娘』とママがこちらを向く。

『あなたが向かう南の森、その先にはそこそこ大きい人間の町があるわ。

 あなただけずいぶん簡単な場所だけど……まあ、あなたは怖がりだから、手始めにはちょうど良いでしょう』

 いやいや、ドラゴンよりはましと言っても無理だから!

 人間の町を支配なんて無理だから!

『ママぁ~』と近寄ろうとするわたしを『話を最後まで聞きなさい』と鼻先で押し返しながら、ママは続ける。

『それぞれの場所に物をこちらに転移させる魔方陣を準備しておいたから、それぞれが手に入れた獲物を定期的に送るように!

 やり方は、覚えているわよね?

 その内容と支配状況が余り酷いようだったら――』

 ママは目を恐ろしくさせながら言う。

『その子は”特訓”をやり直しとするわ!』

 兄妹全員、息を飲む。

 大きいお兄ちゃんですら、顔を引きつらせた。

 ”特訓”――何年も前に行った事なのに、昨日のことのように……。

 いや、思い出したくない!

 思い出したくない!

 ママは一転、ニッコリ微笑む。

『大丈夫よ!

 定期的に”良い”物を送ってくれたら、多少支配が遅れても待ってあげるから』

 などと言っている。

『母さん』と大きいお兄ちゃんが心配そうに言う。

『小さい妹は俺と一緒の場所じゃ駄目か?

 俺、心配だ』

『大きいお兄ちゃん!』

 わたしが感動で目をうるうるさせるも、ママは冷たい目で言う。

『駄目に決まってるでしょう。

 そもそも、心配とかいってあなた、単に小さい娘の料理が食べたいだけでしょう』

『え~まあ、そうだけど……』

と大きいお兄ちゃんはすごすごと引っ込む。

 ちょっと!

 諦めないで!

 料理ぐらいなら、毎食作って上げるから!

『ママ、あのね――』

 わたしが発しようとする言葉に被せるように、ママが話を変える。

『あと、これを機に、あなた達に名前を付けようと思うわ』

『え、名前?』

 わたしは目をパチクリさせた。

 なんか、大きなお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、そんな呼び方をしてきたから、フェンリルは種として名前を付けないのかなぁ~何て思っていた。

 それを、今になって付けるの?

 そんな、不思議がるわたしを置いて、ママが名付けをした。

『大きい息子は”     ”、大きい娘は”     ”、小さい息子は”     ”で、小さい娘は”     ”とするわ。

 少なくとも、自分の名前は覚えておくようにね』

 わたしの名前は”     ”……。

 何か、不思議な感じがする。

 お兄ちゃん達となんか照れくさそうな感じに、顔を見合わせた。

 って事は……。

『大きいお兄ちゃんはクー兄ちゃん、大きいお姉ちゃんはケリーお姉ちゃん、小さいお兄ちゃんはコル兄ちゃんだね!』

 わたしの言葉に、ママやお兄ちゃん達は不思議な顔をしてこちらを見る。

 お姉ちゃん――ケリーお姉ちゃんが呆れた顔で言う。

『小さい妹は時々変な事を言うわね』

『え~変な事かな?

 普通に愛称じゃない?』

『アイショウ?

 何それ、変よ』

『え~』

 クー兄ちゃんが少し考えながら言う。

『じゃあ、小さい妹はサリー妹、なのか?』

『妹や弟は付けずに、サリーとかコルで良いんだよ』

 クー兄ちゃんは不可思議そうに首をかしげるけど、そういうものなの!

 ママが前足で地面を叩きながら言う。

『ハイハイ、横道にずれないの。

 とにかく、あなた達もこれで”名前持ち”になったのだから、それぞれの場所でも誇り高く生きるのよ』

 そして、クー兄ちゃんの前に移動すると、ママは前足を上げて――下ろした。

 クー兄ちゃんの後ろに光の円が現れ、お兄ちゃんの方に覆い被さるように倒れて、その巨体が消えた!

 ママが転送させたのだ!

『ちょ、ちょっと、ママ!』

 ママは、ケリー姉ちゃん、コル兄ちゃんの前にも前足を下ろす。

 お姉ちゃん、お兄ちゃんも次々と転送される。

 やだ!

 一人っきりになるのなんて、絶対にやだ!

 命がけだ。

 仮にまた、あの特訓を受けることになっても、こんな世界に放り出されるよりは遙かにマシに思えた。

 わたしは無我夢中でママに飛びついた。

 いつもの、大きくてフサフサしているあの胸にだ。

 あそこにへばりつき、何日、何週だって粘ってやる!


 突然、柔らかい何かにぶつかり、後ろに飛ばされた。


 え!?

 なに!?


 バク中をして着地するとママの巨大な肉球が目の前にあった。

 あ、ああ!

『マ――』

 ママの前足が地面に付いた。

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