フェンリル生活3

 さらに、五回季節が回った。


 夕焼けを背にわたしが洞窟に帰ると、その前でママが横になっていた。

『ママ、ただいまぁ~』

『あら、小さい娘、お帰り。

 今日は獲物が取れたのね』

『うん』

 後ろを振り向くと、白いモクモクで全長十メートルほどのそれを持ち上げた。

 くすんだ緑色の体に、鰐のような顔、コウモリのような羽に鷲のような鋭い爪を持つ二本足――そして、蛇のような尾の先は矢尻のような形をしている。

 一見すると凶悪なドラゴンに見えるが、何て事もない。


 ただの、ワイバーン偽竜君だ。


 空を飛ぶのと、尾の先の毒を注意すれば倒すのはさほど難しくない。

 よって、ママの顔は渋いものになる。

『小さい娘、弱い獲物ばかりねらっていても強くなれないわよ。

 古竜とまではいかないにしても、せめて若い地竜ぐらいは狩って来なさい』

『えぇ~

 無茶言わないでよぉ~』

 地竜は比較的弱いとはいえ、ようやく十歳になったばかりの女の子に竜種を狩ってこいとか無理難題もいい所だ。


 確かに、五歳から行われたママの地獄の特訓により、わたしは強くなった。


 白いモクモクだって使いこなせるようになった。


 それこそ、ワイバーン偽竜君コカトリス鶏蛇君程度ならさほど苦戦せずに倒すことが出来る。


 だけど、竜種は駄目だ。


 上のお兄ちゃんがしょっちゅう狩ってきて、時々、わたしが料理したりするけど、死んでいるそれを捌くだけでも苦戦するほど皮が固い。

 そんなのを、倒すなんてとてもじゃないけど無理だ。


『わたし、体が小さいし戦うのに向いてないよ』

 わたしが口をとがらすと、『そんなことないわよ。あなたはやれば出来る子だわ』とママは気楽な口調で言う。


 いや、ママはかなり親馬鹿というか、わたしを過大評価しすぎだと思う。


 例えば前世が格闘家とか剣士だったとかなら話は違うかも知れないけど。

 うっすらとしか残ってないけど、多分、運動すらろくにしなかった、幸が薄いことだけが人一倍の少女だったと思う。

 格闘技とかの動画や番組もほぼ見ていない。

 にもかかわらず、現世で戦い方を教えてくれるママは四足動物のそれしか分からない。


 戦いに関しては完璧にゼロな状態なのだ。


『あなたは変わっているけど、中々良い戦い方をしているわ。

 わたし、いつも感心しているのよ』

 なんて、ママは褒めてくれるけど、正直、微妙な気分になる。

 実はわたしの戦いの根源にあるのは前世で見た魔法少女もののアニメなのだ。


 うっすら残る記憶だけど、わたしの前世の両親はいつも喧嘩をしていた。


 そんな両親や現実から逃れたくって、わたしは……名前は忘れてしまったけど”なんとか”魔法少女というアニメを見ていた。

 もちろん、音が両親に聞こえると煩わしいと叩かれたので、音量を聞こえるかどうかってぐらいまで小さくして、顔を画面近くまで寄せてみていた。


 内容なんていまいち思い出せない。


 だけど、その時のわたしは酷く羨ましかったのだと思う。


 戦う力がある彼女たちを、戦う勇気がある彼女たちを。


 多分、その辺りの思いが強いからだろう、転生した今も、彼女たちの戦う姿が魂に焼き付かれているようで、思い出すことが出来る。


<皆の思いが魔力になり、わたしに戦う力を与えてくれる!

 受けてみなさい!

 ”なんとか”……キィィィック!>


 ……今思うと、「魔法は!?」って突っ込みたくなるアニメだったけど、何かと、殴る蹴るで解決している乱暴な少女達だったけど、彼女たちのやたらと派手な動きが、今のわたしの戦闘スタイルになっている。


 ママの思い出したくも無い地獄の特訓と今世の転生先である優秀な体によって、ジャンプすれば二十メートルぐらい飛び上がり、キックすれば直径三メートルの幹をへし折る身体能力が身についているので、意外にフィットしているのだ。

 もっとも、本物の格闘技をやっている人から見たら苦笑ものだし、ママ達強者たるフェンリルから見たら奇っ怪な動きをしているだけだと思う。

 でも、正直戦い方なんてそれしか思いつかないから、仕方が無く魔法少女物の動きを取り入れているのだ。


 わたしはワイバーン偽竜君を洞窟の入り口、その脇に置くと中に入っていく。

 そして、薄暗い洞窟の中にある壺を持ち上げた。


 十歳のわたしが抱えるぐらいのそこに入っているのは、石鹸だ。


 元々、この世界にも石鹸は有り、エルフのお姉さんに貰っていたのを使っていたのだが、動物性油を使っているらしく、やたらとくさかった。

 なので、エルフのお姉さんに頼み込んで手に入れた海藻灰とママにお願いして育てて貰ったオリーブ、それでなんとかかんとか作り出した自信作である。

 どうにも上手くいかず大苦戦したが、なんとかかんとか作り出した。

 近いうちにリンスも作る予定である。

 Web小説の知識、様様さまさまである!


 そんなことを考えていると、後ろから近づいてくる気配を感じる。


 そして、わたしの肩越しにフェンリル顔がにゅっと出てくる。

 お姉ちゃんだった。

『小さい妹、お風呂に入るの?』

『うん。

 お姉ちゃんも入る?』

『入るわ』と言いながら頬ずりをしてくる。


 最初、わたしがお風呂に入りたいと言い始めた時は、不思議そうな顔をしていたママを初めとした家族だったが、最近では大きいお兄ちゃん以外は結構気に入っていた。

 野生動物やら犬やら猫やらはお風呂が嫌いというイメージを持っていたので、少し驚いたけど、そういえば、湯治の為に温泉に浸かる動物もいるって聞いたし、そんなもんかと思っている。

 それに、そもそも誇り高きフェンリルだ。

 そこいらの動物と一緒にしたら失礼か。


 お姉ちゃんと一緒に洞窟から出ると、入り口から少し離れた場所に移動する。

 そして、左手を前に出すと白いモクモクを発現させた。

 それを大きな湯船型にする。

 ママが白いモクモクを鍋代わりにしていたのを見て思いついた、荒技だ。

 水をイメージすると、白いモクモクからジワジワと水が染み出てくる。

 それを熱すれば、お風呂の完成で有る。

 トラック級のサイズのお姉ちゃんも入るので、お風呂と言うよりお金持ちの家のプールだ。

 すると、後ろからママが声をかけてくる。

『小さい娘、わたしも入るから、こちらでやるわ』

 白いモクモクが背後から雪崩のように滑り出てきてわたしの白いモクモクの水を受け取る形に大きくなる。

 早い!

 あっという間にお風呂(プール級)が出来た。

 しかも、一瞬のうちにお湯が張られている。


 凄い!


 しかも、わたしや他のお兄ちゃんお姉ちゃんの場合、手や前足から強くイメージしないと出せないモコモコを、何の動作も行わず発現させることが出来る。

 しかも、複数のことを同時に行えるのだ。


 やっぱり、ママは凄い!


 わたしが服を脱いでいる間に、ママ達は自分たちでモコモコを出し、掛け湯をして体の汚れを取っている。

 ここら辺は、わたしが言い出したことで、ママ達は律儀に守ってくれている。

 ちょっと嬉しい。

 服を脱ぎきると、わたしも掛け湯を――『ひゃ!』、突然、頭の上からお湯が降ってきた。

 わたしが睨むと、お風呂の中で前足をこちらに向けているお姉ちゃんがニヤニヤ笑っていた。

 その先からは赤色のモコモコが伸びている。

『やったなぁ~』

 わたしは両手から白いモクモクを伸ばし、バシッっと構える。

 お姉ちゃんも、わたしの真似をして両前足を構える。

 その顔は何やら得意げだ。

 ママが嘆息する。

『もう、じゃれ合うのは後にしなさい』

 ママの体から白いモクモクが伸びると、わたしの体をひょいと持ち上げる。

 そして、お風呂の中に突っ込む。

『がはぁ!

 ママ!

 もうちょっと、優しく!』

 雑すぎて、鼻にお湯が入った。

 非難の声を上げても、全く聞く耳を持たないママは、右前足からゆっくりと湯船にはいると、体を湯に沈めた。

 その片手間に白いモクモクをわたしが脱いだ服に伸ばすと、洗濯をし始める。

 わたしがあれこれ言ったので、ドラム式洗濯機のような洗い方になっている。

 あれ、水魔法やらなんやらを同時にしないといけないから、相当難しいはずなのに、ママは平然とやっている。

 少なくとも、今のわたしには無理だ。

 便利すぎる魔法なので、いつかは体得したいんだけど。

 まあ、今は良いか。


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