第33話 国滅ぼしの黒つるばみの予言者

 ぐっすり眠れて、朝。

 食事は宿の隣にある喫茶店が、近隣の宿の客向けに朝食を用意してくれる。パンとオムレツ、ミニトマトが二つ飾られたサラダに、ソーセージと野菜のピクルスが載ったプレートだ。

 本日のお仕事は夕方からなので、マーサに案内されて町を散策した。シメオンも一緒で、悪魔ラマシュトゥは部屋で寝ている。

 さすがは王都、今までいたコートルセルの町と比べて、高い建物がたくさん並ぶ。オシャレなカフェもあるわ。ジュエリーのお店、貴族が通うような洋服屋、商品が陳列されてない、よく分からんお店。

 とにかく何でも揃うくらい色々ある。

 眺めているだけで楽しい。きっと値段が高いだろうから、買いものは楽しくない。


 シメオンは途中で紳士服のお店に入り、手袋を買ってきた。そんなものに金貨を一枚も払っていたわ。恐ろしい……、恐ろしすぎるわ王都。

「シャロン様は欲しいものはないんですか?」

「ええ。私は雑貨屋を経営しているので、どんなものを販売しているか、チェックをしているの」

「そうでしたか。王都では今、占い師さんの影響で、水晶とショールが人気になっていますよ。王都で流行はやったものが、後から他の町で流行することも多いんです」

 マーサが教えてくれた。なるほど、これから水晶やショールが流行るかも知れないのね。水晶を仕入れるのもいいかな。

 生地屋で布を買って、スラムの連中にショールを作らせよう。華やかで綺麗な柄物があるけど、高いわ。断腸の思いで、夜空のような紺色の布を購入。こういう色が売れているんだって。


 お昼ご飯を食べてから宿に戻り、買ったものを部屋に置いておく。

 少し休んで案内の騎士に呼ばれるのを待ち、今度はラマシュトゥも連れて、ついに占い師の吸血鬼に会いに行く。

 大通りと平行に走る道が、飲み屋街。居酒屋が何軒もあり、まだ暗くなる前から酔っぱらった人が歩いている。花屋にはユリやバラが目立つように飾られていた。飲み屋のねーちゃんにプレゼントする用かな。

「そこを曲がった路地に、占い師が店を出しています」

 カウンター席しかない居酒屋の角で曲がり、細い道に入る。閑散とした裏道なのに人だかりがある場所が、例の占い師のお店ね。

 集まっている人の後ろへ移動すると、彼女たちはテーブルを見て話をしていた。


「臨時休業だって」

「だからまだ並んでなかったんだ……」

 せっかく来たのに、臨時休業ですって?

 人垣の間から覗き込むと、丸いテーブルに確かに臨時休業の札があった。無駄足だったわね。

「……今日は諦めましょう」

 案内の聖騎士見習いが、申し訳ないと軽く頭を下げた。とりあえず今日は、ここで終了するしかない。私たちは出たついでだから、夕飯を食べて帰ることにした。聖騎士見習いは、本部に休みだったと伝えに帰る。


「ツケで食べられるのよね~、またお肉を食べましょうよ」

「いいね、今度はどんな肉料理がいいかな」

 ラマシュトゥとは気が合うわ。

 飲み屋街にも肉を提供するお店があるわね、ここら辺でいいかしら。焼いたお肉の香りがどこからともなく漂って、私を誘う。

 無言で付いてきていたシメオンが、唐突に立ち止まった。

「……ここにする」

「ここ?」

 店内を凝視しして、私たちの答えも聞かずに扉を開けてしまったわ。こげ茶色の木でつくられた、オシャレな外観のバーだ。こういうお店ってお酒ばかりで、あんまりいい料理がないのでは。


 放っておこうかとも思ったけど、ラマシュトゥが続いたので私も後を追った。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「……三人だ」

 後ろを確認して、答えるシメオン。一人でもいいつもりだったのかな。

「お席にご案内します」

「あの席を使いたいのだが」

「かしこまりました」

 シメオンが指定したのは、L字のソファーがある広い席だった。店内は薄暗く、カウンター席の向こうにはお酒の瓶がたっくさん。これ、一気に落ちたらすごいだろうなあ。


 席に移動する途中で、シメオンはカウンター席に座る女性の背後へ近づいた。

 緩くウェーブした長い黒髪が、腰の近くまで伸びている。ワインレッドのドレスを着た上品な細身の女性だ。

「……久しぶりだな、国滅ぼし」

「誰かと思えば、ビジャ! その呼び方はやめろって言ってんでしょ!!!」

 振り返った女性は、嫌そうに眉毛を釣り上げていた。お友達かしらね。

「吸血鬼仲間?」

 ラマシュトゥが軽い口調で尋ねる。女性は怪訝な表情で目を細めた。

「そんなところだけど……、悪魔……? 悪魔じゃないの?」

 口端をあげてニヤリと笑うラマシュトゥ。

「正解」

「なんでアンタ、悪魔と一緒にいるのよ。もう一人の女はやたらと、まぶしいし……」

「彼女が君に用があるそうだ、今日は占いは休みなのか?」


 あっ、そうか。この女性が吸血鬼の占い師で、彼女を見つけたからシメオンはこのお店を選んだわけね。女性は軽く手を振った。

「休みよ、なんか舞い込んでくる予感がしたの。アンタだったのね」

 言いながら立ち上がった。お酒の入ったグラスを片手に、私たちのテーブルへ一緒に来る。さすが占い師、予感があるものなのね!

 そしてこのお店には料理も色々あった。ローストビーフだ!!!

 注文を済ませて、本題に入る。


「彼女が君たちが探していた占い師。我々は“国滅ぼしの黒橡くろつるばみの予言者”ヴェラ・アルバーンと呼んでいる」

「呼ぶなっつってんでしょうよ! 滅ぼしてないわ、国が勝手に滅んだのよ!」

 よほど呼ばれたくないのか、グラスをテーブルにダンッと叩き付けるように置いた。お酒の水面が大きく揺れる。

 ちょっと零れたんじゃないかな、もったいないわね。

「滅ぼしてないんですか?」

 やっぱり彼女が、私たちが“破滅の言の葉”と呼んでいる吸血鬼に違いないわ。テイストが似ていて分かりやすい。


「そうよ。私はただ占いを頼まれて、クーデターで王家が滅びるって結果を伝えただけなの。おおよその時期まで、めっちゃハッキリ出てた。そうしたら、反乱分子だと私を捕まえようとしたから、捕まえにきた治安部隊を壊滅させたのよ」

「結果を正直に伝えすぎたな」

 シメオンの言葉に、私も頷く。占いなんて都合のいい未来を聞きたいだけなんだから、適当に当たりさわりのない内容を喋れば良かったのに。


「少しでもいい未来に導いてあげようと思ったの! 国王以外の王族が死なないで済む道も、ありそうだったのよ。逆恨みもいいところだわ。これをきっかけに革命が起きて、王家は全員処刑されちゃってね。国もそのあと、長くはもたずに隣国に併合されたってわけ」

 呆れたように語るヴェラ。

 つまりアレだ、治安部隊を壊滅させたのが革命の切っ掛けになり、彼女が先導して滅ぼしたように歴史に記されたわけだ。


「力ずくで占いを当てた、と言われたあの出来事だな」

「クーデターは不可避の未来だったわよ! 革命に至ったのは、人間どもの責任なの!」

 声を荒らげたのが気になったのか、言い終わるとヴェラは周囲を軽く見渡した。そして小さく咳払いをし、とにかく、と付け加える。

「アンタ、私をからかいにきたの? だったら帰るわよ」

「いやいや、仕事だ。これで理解したろう、元聖女シャロン。彼女はただ趣味で占いをしているだけだし、我々はそもそも“人の国”というくくりにさほど興味が無いのだ」

 私もケットシーの王国が滅びようが起きようが関係ないから、そういう感覚かも知れないわね。

 人を害したり、国に干渉するつもりがないと判明した。これで私の仕事は終了ね。


 私たちの会話で用件が理解できたようで、ヴェラはなるほどね、と呟いてお酒を口に含んだ。疑われるのは、あんまり気持ちのいいものではない。

「ここは騎士団の奢りですから、じゃんじゃん頼んでください」

「お言葉に甘えるわ」

 メニューを手にして、ヴェラはお酒とカルパッチョを追加した。

 程なく私のローストビーフとバゲットが到着。お酒も飲んじゃおうかな、自治国ではあまり飲めなかったし。

「用が済んだんだよね? ねえねえ、私を占ってよ。占いってやったことないわ~」

「無理。悪魔と人間では運命の法則が違うし。そもそも生まれ過ごした世界が違うんだから、占星術も使えないのよ」

「なーんだ、つまんないの。どこへ行けば面白いものがあるか、聞きたかったのに」

 ラマシュトゥはソファーの背もたれに、拗ねた表情で身を預けた。私たち女性三人がL字ソファーに、シメオンは一人用ソファーに座っている。

 少し考えて、ヴェラが口を開いた。


「面白い……ねえ。そろそろゲルズ帝国で、四武仙の挑戦トーナメントが開催される頃じゃないかしらね。今年は弓と剣の二人だって」

「トーナメント? 楽しそうね。四武仙って?」

 話題に食いついたラマシュトゥに、ヴェラが詳しく説明してくれる。私もあんまり知らないから、一緒に聞いた。

「ゲルズ帝国では四人の最高の武人を決めて、司祭が祝福を授けるのよ。それが四武仙。年に一度だけ入れ替え戦があってね、四人のうちで最低一人は挑戦を受けるの。話し合いとか立候補で選ばれるわね。そのたった一枚の挑戦券を、トーナメントで奪い合うってワケ。帝国最大のお祭りよ」


 おおお、すごい。女神様のご指名で決まる七聖人と違って、こちらは勝ち抜いて挑戦するんだから、本当に誰でもチャンスがあるんだ。

 ラマシュトゥはすっかり行く気になっている。私も見に行きたいけど、遠いなぁ。また無料の馬車とか滞在費とか、出してもらえないかなあ。

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