第3話 小さな苛立ち

 そして次の日、教室に着くと先に須実が来ていたらしく、自身の机の前に立っていた。

「須実ちゃん、おはよう。」

 私が彼女に挨拶をするとまるで聞こえていなかったかのように黙り込んでいる。

 どうも様子が変だ。心配になり、須実の顔を覗き込むと、彼女の視線は机の方にあった。

 思わず、須実の視線を辿り、唖然とした。何故ならば、彼女の机の上には墨汁らしきものが撒かれ、真っ黒になっていたのだから。


 きっと犯人は小百合達に違いない。なんでこんなに酷いことが出来るのだろうか?

 そう思いながら私は須実の机を教室に置いてあるトイレットペーパーで拭き始めた。


「須実の奴、真っ黒になった机を見てどんな顔をするのかたのしみなんだけど〜」

 少し掠れ気味の甲高い声。間違いない、小百合だ。

 彼女は肩よりも長いストレートヘアを揺らしながら教室に入って来る。

 その両隣には、小百合と仲の良い笹江と悠里が居た。

 小百合は、トイレットペーパーで机を拭いている私のことを見つけるなり

「優香、そいつのこと庇うだけ無駄だよ。」

 と言ってくる。続いて笹江も

「そうだよ。そいつと関わったらろくな事にならないから早く離れた方がいいよ。」

 と言ってくる。私は小百合達の言葉に返事をすることはなかった。

 誰と仲良くしようが私の勝手。小百合達にとやかく言われる筋合いなどない。


 すると悠里が須実に向かって

「お前、いつまで被害者振るつもりなんだよ。こんな事されるのも全部自分が悪いんだろ?」

 と詰め寄る。その迫力に怯えたのか須実は俯いたきり何も言わない。

「何とか言えよ!」

 悠里が須実に更に詰め寄る。小百合達の挙動に我慢出来なくなった私は

「なんでそんなに酷いことが出来るの?須実があなた達に何かした?こんな事をするだなんて小百合ちゃん達は最低だよ。」

 と思わず言ってしまった。私の言葉を聞いた小百合達は不愉快そうに顔を歪めると早足で教室を出ていってしまった。


 私は俯いたままの須実に声を掛ける。

「気にしなくて良いからね。」

 須実が俯いたまま小さく頷く。ばら撒かれた墨汁はほとんど拭き終わり、後は机の黒ずみを取るだけだ。

 私は自分のリュックからウェットティッシュを取り出すと黒ずんだ机を拭いていく。

 黒ずみを全て拭き取ると、今度はアルコールで濡れた机をトイレットペーパーで拭いてあげた。

 なんとか須実の机は元通りになったみたいだ。


「ありがとう。」

 綺麗になった机を見て須実が小さくお礼を言った。「ありがとう」と言われたことが嬉しくてついにやけてしまいそうになるのをなんとか堪える。

「別に良いんだよ。それに何かあったらいつでも言ってきてね。電話でも個チャでもいいから。」

 私は、須実を小百合達から守りたいと思っていたのだろう。須実は小さく笑うと勢いよく頷いた。


「ありがとう。あと優香ちゃんのこと呼び捨てにしてもいいかな?」

「うん。いいよ。」

「ありがとう。じゃあこれから優香って呼ばせてもらうね。」

 須実が私のことを初めて呼び捨てで呼んでくれた。それがあまりにも嬉しくてその場で喜びの言葉を叫びたくなる。

 また1歩、須実と仲良くなることが出来た。


 それから時間が経過し、午後の授業でのこと。数学でグループ学習をしている時に私は公式の解き方を間違えてしまった。

 すると須実が笑いながら

「優香ってそんな簡単な問題も出来ないの?本当に馬鹿なんだね。」

 と言ってくる。思わず言い返したくなったが我慢した。

 須実に呼び捨てで呼ばれるまでに距離が近づいたんだ。このくらいのことは友達同士だと当然のことなんだと。その時は自分にそう言い聞かせた。


 そして学校が終わり、家に帰ると真っ先にスマホを開きグループチャットを確認する。案の定通知はかなり溜まっていた。


「千夏︰もし良かったら明日みんなで出かけない?」


「須実︰明日は暇だから全然大丈夫!」


「明日美︰行ける!て言うか是非とも行きたい!」


「一翔︰明日は予定が空いているから大丈夫。あと五郎も行けるって言ってたよ。」


 どうやらみんなで明日は何をするかの計画を立てているみたいだ。私は考えるよりも先に返信する。

「優香︰なにがなんでも行く!」


 気がつけば須実から「馬鹿じゃないの?」と言われたことなんてどうでも良くなっていた。

 そもそもあれくらいで少し苛立ちを覚えてしまった自分はなんて器が小さいのだろうと。

 友達なのだから本音を言い合うのは当たり前のことなのにな…。


「ごめんね…須実ちゃん…。」

 私は須実が打った文面を見ながら小さな声で彼女に謝った。


 明日はコンビニで千夏や、須実、明日美と一翔と五郎に何か買ってあげよう。

 そして、精一杯楽しませてあげよう。彼ら彼女らの喜ぶ顔を想像して私の心は自然と穏やかになっていた。

 それよりも何を買ってあげればいいのだろう?暫く考えた結果、スイーツやパンなどの食べ物を買ってあげるということにした。

 普段はあまり食べないようなちょっと高めのスイーツを買ってあげよう。

 せっかくのお出かけなのだから、少しでもみんなに特別感を味わってもらいたい。


 今の私は明日という日が待ち遠しくて仕方がなかった。


 早く、朝になれば良いのにな…。

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