笑いの根幹にあるのは、いつだって誰かの不幸である

 急いては事を仕損じる。というが、ものごとに慎重になりすぎるのも考えものだ。光陰矢の如し。それが人生一度きりの学生生活だとしたら、尚更である。つまり、つまりだ。僕がこうして手をこまねいてる間にも、佐山と一緒に登校するはずの回数や、放課後デートする回数。更には、ストロベリーのかほりと噂の、せ……接吻をする機会チャンスが目に見えて失われていくということである。


「橘!よく聞くんだ。僕や君にも幸せになる権利はある!だから、僕に協力してくれないか?」


 勿論不器用過ぎる彼女に同情した面もある。だが、それより何より橘環という絶好の協力者を逃してなるものかという思いが、僕の行動を大胆にした。


「い、一之瀬くん……ワタシ達、はまだ……早いと思うの」

「へ?」


 顔を紅くし、伏し目がちにそう言う橘の声で我にかえる。

 状況だけ見れば、人気ひとけの無い放課後の教室で、さして仲良くも無い女子の手を握りしめているのだ。客観的に見て、これはキモい。キモ・オブ・キモ。ただ、運良く憲法の監視をすり抜けただけの性犯罪者と言っても過言ではない。……いや、それは過言だった。と、言うより過言だと言ってくれ。


「ゴメン!」


 慌てて両手を離すと、ただただ謝罪の言葉を繰り返す。この挙動不審さが、より変質者感を増大させるのだろう。こうやって自らを俯瞰の視点で眺め、僕は自己を分析することができるのだ。まあ、分析したからといって、次に活かせる保証もないのだが。

 情けなくも、アタフタする僕に向かって橘は小首を傾げた。


「どしたの?一之瀬くん。……ところで、協力してほしいって、何の話?」

「あ、ああ。その前に確認なんだが、橘は榊原の事が好きなんだな?」

「うん」

「でも、アイツが佐山と付き合ってるから、諦めてるんだな」

「……うん」

「そうか。なら、僕と協力してあの二人を別れさせないか?そしたら橘は榊原と付き合えるじゃないか」

「………………えっ!?」


 ツーテンポ遅れて橘の体が跳ねる。予想だにしなかった誘いに一瞬、脳がショートしたのだろう。


「実は僕にもある事情があってね。あの二人には別れてもらいたいんだ」

「で、でも。そんな事したら、あの……良くないと思う」

「どうしてだ?」

「だって……」


 もにょもにょと口ごもる橘。


「あのな、橘。よく聞いてくれ」


 言い聞かせるように、橘の肩に手を置く。それに反応した彼女の体がびくっと跳ねた。……やべ、またやっちった。

 無自覚セクハラを誤魔化すように、僕は持論を展開した。


「他人の幸せを守る為、自分の幸せを我慢するのは間違ってる!人は皆、自分の幸福の為に努力すべきなんだ。その結果、幸せな者・不幸せな者の序列が出来てしまうのは仕方がないこと。……そして、あの二人を別れさせようとする行為は、僕達の未来の幸せの為に必要な事なんだ!」

「そうなのかなぁ?」

「そうだとも!」


 僕はまるで街頭演説のように腕を振り上げる……なんだかノッてきた。


「そもそも人間は他人の不幸が大好きだ。そんなヤツらばかりの社会に溶け込んでいくには、僕達も他人の不幸を喜ぶくらいの気概がないとやっていけないぞ。僕なんて他人の不幸でご飯三杯はイケるからな」

「で、でも。人の不幸を笑うのはいけないって道徳の授業とかでも言ってたよ?」

「あんなものは建前だ。言い訳だ。カッコつけだ。皆ウソついてるんだよ。事実、ニュースやSNSでは毎日人の不幸を流しているだろ?バラエティ番組だって出演者が酷い目にあってるのを見て笑うじゃないか?」

「……たしかに」

「だろ?だから橘だってアイツらの不幸なんて気にしなくていいんだ。むしろその後、橘みたいな可愛い子と付き合えるんだから榊原は幸せだよ」

「……可愛い」


 勢いで何か恥ずかしいことを口走った気がするが、街頭演説モードの僕にそんなことは関係ない。

 一通り話し終わると、橘の方を向く。彼女も何かを決心したように頷いた。


「ワタシ、やる」

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