毒魚を貪る

「魚、おいしい、魚、おいしい、魚」

「おい、落ち着いて食べろ。骨もあるし喉に詰まらせるだろ?」

「大丈夫大丈夫。これまでいろいろ刺さったり詰まったけど大丈夫だったから」

 お店のお兄さんが心配そうに見ているけれど、本当に大丈夫なの。

「……お主の物理耐性と窒息耐性はそれか……」

 目の前にはたくさんのお皿が積み重なっている。ごはんは出来立てが美味しいんだ。だからいっぺんに頼まずに順番に頼むんだ。まあお店の人も一種類ずつしか出してくれなかったけど。


 編集長に到着の連絡をしたら、船は明日の朝出港の切符を用意したらしい。だから僕はハラ・プエルトで一泊する。村を出てから初めてまともにご飯が食べれるし、ベッドで寝られる。わーい。

 先に宿を取ろうというカプト様を諦めさせて、先に昼ごはんにすることにした。だって町中からめっちゃお魚の匂いがするんだもん! 無理に決まってる!

 けれどもバスだと昼飯時に着くはずなのに、歩いてきたから絶妙にランチタイムを過ぎていて、飲食店はほとんど閉まっていた。開いてるのはカフェとか、わりと代わり映えしないメニューなものばかり。途方に暮れる。お魚食べたい!

「編集長!」

「今度はなんだ!」

「お昼ご飯時すぎちゃったからご飯屋さん全部閉まっちゃったじゃないですか! 編集長のせいで!」

「なんで俺のせいなんだ、店のせいだろ! 飯屋は開いてなくてもパン屋とかは空いてるだろ」

「嫌です! 昨日からろくに食べてないんです! だから開いてる店教えてください! 旅行の会社なんだから知ってるでしょ⁉︎」

 スマホの向こうからはとても面倒臭そうな声がした。けれども僕も引けない。なにせご飯がかかっている。

「チッ。知ってるっつってもうちは『その他』の第五分室だぞ⁉︎ 妙な店しか……。まて、お前毒大丈夫なんだよな」

「はい。でも美味しいのがいいです」

「美味い、とは聞くんだがうちの誰もトライできてない店があるんだ。飯代は追加で出すから取材してみないか?」

「取材、ですか?」

「そうだ。スマホで食ったもんの写真を撮って感想と一緒に送れ。内容次第だがギャラも出してやる」


 それで教えてもらった店が『ノモゲテ・フィッシュ』。毒魚料理専門店。

「てめぇみてえな餓鬼の来るところじゃねェ! とっとと帰れ!」

 いきなり厳つめな魚人族の店員のお兄さんに追い払われそうになったけど、ここまできて帰れない。その店は漁港の奥の奥、ものすごく辺鄙なところにあって、なんだか街中に漂っていたお魚の香りと少し違う、ちょっと異国情緒あふれる香りがした。

 カプト様は瘴気っていってたけどこれはこれで美味しそうじゃない?

「ここは毒料理専門なんでしょう?」

「そうだ。だから耐性持ってねぇと話になんねェ! 倒れるぐれぇならかまわねぇが、死なれちゃ店が潰れるんだよッ!」

「だから大丈夫なんです!」

「何? ステータスカードがどうしただって……まじか。ちょっと待ってろ」

 僕の耐性を確認してギョッとしたお兄さんが、僕の目の前に飴玉のようなものを突きつけた。雪みたいに白っぽい。

「これを食って味を当てろ」

「ううん……ぅぇ」

「お、おい大丈夫か? だがこれの味が分からなきゃこの店では話にならん」

「え? 味ってこれただの塩じゃないの? しょっぱい」

「……他に味はしないのか?」

「ううん……塩の味。他はないような。だめですか?」

 僕の答えにお兄さんは目を丸くした。ダメかな。

「すげェ! 当たりだ。白玉は誰も正確に当てたことのない一番難しいやつなんだが本当に大丈夫な……のか」

「大丈夫じゃない……すごくしょっぱいです……」


 味当て自体はそんな難しいかな? と思ったけど、難しいらしい。

 これまで考えたことはなかったけど、毒で体に異常が出ると味覚は変わるし、幻覚系の毒は正しい味がわからなくなる。麻痺系は舌が痺れて味がわからない。そういわれればそんな気もするけど。

「なんで僕、味がわかるんですか?」

「お前さんの耐性が毒の効力を低下させてるか無効化してるからだろうよ。うちは毒料理専門だからさ、興味本位で食いに来ても味がわからねぇとツマンネェじゃん。安くもないしよ」

 味がわからないとか、生きてる意味がないじゃない。

「だからうちでは本当に味がわかるのか、最初にテストする。シンプルな奴ほど難しい。このあたりの匂いに釣られて白玉に塩っぱい魚の味とか塩っぱい海藻の味とか頓珍漢なことをいう奴はよくいるが、正確に味が塩だけど当てたのはお前さんが初めてだ」

「へぇ」

 よくわからないけど食べていいらしく、やっと店内に案内された。内装はわりと普通のレストランに、壁一面に魚の骨が飾られている。

 メニューもあったけど、お魚の名前はよくわからないからおまかせで。


「やった! 念願のお昼ご飯だ!」

 最初は軽くバターソテーのラヒーニャ。なんだか細長くて蛇っぽいお魚。ふうわりとしたバターと生クリームの香りが鼻腔をくすぐり、噛むとふっくらと脂ののった魚の身からは少し蓼みたいな風味も漂って、熟成されたバターの香りが踊りだす。そして舌先をピリリと痺れさせる毒味の刺激。ヤバい堪らない。

「本当に大丈夫か?」

 感無量でじーんとしてると心配された。

「はい。ちょっと舌が痺れるけど本当に美味しいです。お魚も蓼みたいな不思議な香り」

「そこまでわかるのか」

 店員さんは目をパチクリさせる。本当に美味しいんだけど。

「よ、よし、それじゃこれはどうかな。身だけ食って汁は残せ。身だけならそこまでの毒性でもない、というか耐性がなきゃそれだけでも死んじまうレベルだが、内臓の溶けた汁は竜殺しの原材料だ。やばかったら身だけでも吐き出せっておいッ!」

 次に出てきたのはシルブゲリの壺焼き。

 大人の握り拳大の巻貝で、よほどの高熱で焼かれたのか、蓋の乗った口は沸騰した煮汁でくつくつと動いている。その蓋をアチチと取って汁をチュウと吸えば、濃縮された磯の香りとともに優しいミルクみたいな風味がした、ところでお兄さんに揺さぶられて、帽子からカプト様の僕にだけ聞こえるくらいの小さな声がした。

「お主は本当に人の話を聞かんのう」

 その勢いでシルブゲリが倒れて汁が漏れちゃった。勿体ない。

「え、美味しいですよ?」

「そうじゃなくて! 汁は飲むなといっただろう⁉︎ 本当に大丈夫なのか⁉︎」

「あ、そういえば汁。磯の風味がしてほんのり甘くて」

「ほんのり甘い……? 体に異常はないのか?」

「はい。ちょっとお腹があったかくなったくらいで」

 店員さんは信じられないものを見たような表情をして、奥に駆け込んて、もっと厳ついおじさんを連れて帰ってきた。

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