Ⅵ 覆る罪(2)


「いやあ、すまない。さすがに森の中で捜し出すのは手間取ってね」


 その男は手にした十字型ヒルトの剣を腰の鞘へ納めると、なんだか場違いに間伸びした調子で、そう口にしながらこっちへ近づいて来る。


「そなたがもっと早く居場所を突き止めておれば、こんな危機一髪にはならんですんだのだがな」


「あら、副団長だって調査に時間かかってたじゃないですか」


 また、その背後にも羊角騎士と思われる人物が二人いて、何やら言い争いをしながら前の男の後について来ている。


「わしはあちこち回らねばならず大変だったのだ。エヘーニャまで行ってからのプッティーヌとディミニオン経由だぞ? 占いだけしていたそなたとは訳が違う」


「こっちだって、なぜか目標を二ヶ所示して大変だったんですよ? ようやくさっき一ヶ所に重なったばかりなんですから」


 どちらもやはり羊角騎士団の白装束を纏ってはいるが、一人はラテン系の口髭を生やしたダンディな男、もう一人は下に黒い修道女服を着ていて、顔を半透明の薄布ベールで覆った若い女だ。


「あ、あんた達は……」


「そこもとはドン・ハーソン・デ・テッサリオ殿か!? それにそちらはもしやドン・アウグスト・デ・イオルコ殿! 我らの要請に従い、大罪人パウロス捕縛の助力に来てくだされたのだな?」


 尋ねようとした俺の口を遮り、イーロンが先に彼らの名を問い質した。突然のちん入者にすっかりその存在を忘れていたが、ヤツらも唖然と固まっていたようだ。


「ああ、いかにもその通りだ。貴殿らの送った手紙を見て、大罪人を捕まえに来た。我が領地に関わる問題でもあるしな」


「あ、ちなみにわしの領地もの」


 イーロンの質問に、そのドン・ハーソンと思しき男は歩みを止めぬままそう答え、ダンディな口髭の男も修道女との口論を切り上げてそれに続ける。


 我が領地? ……ああ、そうか。まったくそっちに気が回らなんだが、テッサリオ領ってことは、ここはあのハーソン卿の領地なのか……それにあっちはイオルコって呼ばれてたから、おとなりイオルコ領の領主なんだろう。


 なるほどな……それでこんな辺鄙な所にかの白金の羊角騎士団さまがご登場あそばされたっていうわけだ。


 だが、今の口ぶりだと、彼らもイーロンとデラマンにそそのかされ、俺を捕まえるためにわざわざここまでやって来たらしい……なんだ。ぬか喜びして損しちまったぜ……この場で射殺されるとこだったのが、形ばかりの裁判の後の絞首刑に変わっただけのことか……いや、斬首の方か?


 助けが来たかと思いきや、蓋を開けてみればむしろ敵が増えただけだったことに、俺は心の内で密かに落胆して肩を落とす。


「ただし、捕らえるのはドン・パウロスではない……捕らえにきた大罪人は貴殿らだよ、イーロン・デ・プッティーヌとデラマン・デ・エヘーニャ」


 ところが、俺の傍らで足を止めたドン・ハーソンは、思いもしなかったことを言い出した。


「我らを? ……ハハハハ、さすが聖騎士パラディンともなられますと、ご冗談がうまいですな、ドン・ハーソン」


「な、なるほど。先刻の矢を打ち落とされたのもそういう余興でしたか」


 一瞬、強張った表情を作った後、苦笑いを浮かべながらイーロンとデラマンはそう答える。


「いや、残念だが嘘でも冗談でもない。このアウグストを各々の領地にやって調べさせたのだがな、なかなかにおもしろいことがわかったよ。家督相続で揉めるのは世の常だが、ずいぶんと手の込んだことをしたものだ。加えてなんとも悪どい」


 だが、ドン・ハーソンは静かな微笑みを丹精な顔に浮かべたまま、その言がたわむれであることをキッパリと否定する。


「な、なにを……」


「それにドン・パウロスを捜すため、この羊角騎士団の魔術担当官をしているメデイアに占いで罪人の居場所を特定してもらったんだが、なぜか結果は二ヶ所を示したようでね」


 再び顔を強張らせるヤツら二人に、さらに追い討ちをかけるかの如くドン・ハーソンは続ける。


「わたしは魔導書『ゲーティア』にあるソロモン王の72柱の悪魔序列72番、正義の伯爵アンドロマリウスの犯人捜索の力を借り、占星術でボッコス・デ・エヘーニャならびにドン・エンリケオ・デ・プッティーヌ殺害の犯人を捜しました。ところが、なぜかここ数日、犯人の位置は別々の二ヶ所を示し続けていたのです……つい先程までは」


 上官の言葉を継ぎ、修道女の格好をした羊角騎士団の女が、その星占いだかに使うものなのか? 何やら円盤状のものを手にしてそう説明を加える。


「アンドロマリウスは純粋に犯人の居場所のみを教える……つまりは、二人の殺害に関与した者がドン・パウロスの他にもいるということです」


「で、その二点がこの場所で交わったということは、何を示しているかはもう言わずもがなだな……それが証拠だ。アウグストの集めてきた証言もあるし、もう言い逃れはできん。貴殿らこそが義弟殺し、父親殺しの真の大罪人だ。ああ、それとイーロンくん、君には魔導書の不法所持と不正使用の嫌疑もある」


 修道女の解説をまとめ、ドン・ハーソンはその疑惑の証拠をおおまかに提示すると、改めてヤツらに有罪判決を宣告する。


 なんだかよくわからねえが、つまりは悪魔の力で犯人を捜したら、俺だけじゃなくてイーロンとデラマンの居場所も悪魔が指し示したってえわけか……。


 そういや、イーロンも同じように俺を捜し出したみてえだが、なんか違う悪魔の名前言ってたような……〝犯人〟じゃなく〝行方不明者〟を捜す力だか言ってたし、なるへそ。それだと自分達も引っかかっちまうんで使えなかったか。フン…なんとも笑える話だぜ。


「本来、我らの所管ではないが、知ってしまったからには放ってもおけまい。こちらとしてもドン・パウロスに少々用事があるしな……おとなしく罪を認めるのなら、一応、減刑の口添えはしてやろう。さあ、どうする?」


 どうにも専門的すぎて理解が追いつかず、俺が自分なりに話を整理していると、ドン・ハーソンは碧い眼でヤツらを見据えながら、いよいよ極悪兄弟達に最後通牒を突きつける。


 〝俺に用事〟というのがちいとばかし気になったが、今はそれどころじゃねえんでスルーすることにし、俺もヤツらの方へと向き直る。


「……ククク…そこまで知られたのなら致し方ない。あなた達にもここで死んでもらいましょう。わずか三人で来たのが失敗でしたな」


 だが、悪事が露見したぐれえで観念するタマじゃねえイーロンは、おとなしくなるどころか不意に豹変して敵意を剥き出しにしてきた。


「お、おい、大丈夫なのか?」


「なあに、たとえあのドン・ハーソンといえども、我が〝ケンタウロス兵〟の敵ではない。それに、彼らもこれまで同様、パウロスに殺されたことにすればよい。大罪人を捕縛しようとしての名誉の殉職だ」


 一方、猜疑心が強く心配症な我が弟は、いたく不安げな顔をしてイーロンに尋ねるが、自信家のこの男は自らの勝利を疑っちゃいねえ様子だ。


「まあ、そうなるだろうと思っていたよ……アウグスト、メデイア、いつも通りに実力行使だ」


 すると、こちらも負けず劣らずの自信家らしいドン・ハーソンは、ようやく険しい表情を作ると、背後の部下達にも指示を送る。


「ま、確かにいつも通りの展開ですな……」


「ええ。口で言って聞いてくれた試しがありませんね……」


 その命にダンディな口髭は腰のブロードソード(※当時主流のレイピアよりは幅広のいくさ用の剣)を引き抜き、修道女も背負っていた弓を手に取るとそれに弦を張り出す。


 こうして、一時は死を覚悟した俺の目の前で、性悪な我が兄弟達と予期せぬ闖入者達による、前代未聞の大乱闘が始まろうとしていた──。

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