魔法の言葉



「お願いしまーす!」



今日は土曜日。

本来なら美玖と会うはずだった日だが、

キャンセルになってしまったので俺はアルバイトをしていた。

派遣会社に登録しているので、仕事の定員に空きさえあれば急遽暇になってしまってもシフトを入れることができるのだ。

仕事内容はイベントの設営やティッシュ、チラシ配りなど様々なことをしており、今日は家から少し遠い駅でティッシュを配っている。



「ふぅ...もう少しでノルマが終わるな」



土曜日ということで人も多く配るのがティッシュと言うこともあって、まだ規定の8時間が経ってないが早くもノルマを達成できそうだ。

ちなみに時給ではなく日給制であり、

ノルマ達成できなくても8時間経つまでやればよく、ノルマ達成できれば8時間経たなくても終わることができるのでノルマは達成し得なのだ。




「お願いしまーす。──よし、後2つで終わりだな。おっ、あのカップルにしよ...!?」



そしてついに残り2つになり、前から歩いてくる一組のカップルに目をつけた俺なのだがそこで絶句し、思わず物陰に隠れてしまう。




「今日の美玖ちゃんの服装、マジでタイプ」


「えへへ、気合い入れてきちゃいましたぁ」




はい、美玖ちゃんでしたー。

あらお手手繋いで愛らしい。

外せない用事はNTRでしたー。

気合い入れちゃってましたー。

ちなみにあの服、

俺が誕生日プレゼントに買ってあげた服でーす。

まだ俺とのデートで着てるの見たことありませーん。

やっぱり思った通り美玖に似合ってて可愛いなー。

あはは。うふふ。



...いやぁ、こんなことある?




あのさぁ。美玖さんや?

いいんだよ?いや全くよくないけど。

でもさぁ、浮気するならもうちょっと頑張ろうよ。

いやね?そりゃあ近場ならまだしも、

こんな離れた駅に俺がいるとは思わなかったのかもしれないよ?

今日バイト入れたことも言ってないしね?

でもね?いたんだよ。残念ながら。

頼むから!

浮気するなら絶対にバレないようにしてくれよぉぉぉ!!!!

もう遅いけど!!!!!



ぐすん。



一気に気落ちした俺は残り2つになった手元のティッシュを自分のポケットにぶち込んで帰宅した。



◇◇◇



「今日の美優さん、いつもと雰囲気違いますね。本当お洒落」


「えへへ、ありがとう。優貴と初デートだから気合い入れちゃった!ね、手繋ご?」



翌日、無事に軍資金を稼いだ俺は美優さんとデートすることにした。

本来の予定はホテル集合ホテル解散だったのだが、昨日のNTRデートで脳が焼けた俺は女性との内外での甘々な時間を摂取することを求めたのだ。



「でも優貴からデートしようって言ってくれて嬉しかったな。彼女さんはいいの?」


「彼女はちょっと今色々ありまして...」


「そっか。じゃあ今日は楽しもっか!」


「はい」



そう、美優さんは俺に彼女がいることを知っている。

美優さんと仲良くなってから、執拗に口説かれていた折に彼女がいることを隠したまま断り続けるのは無理だと悟った俺は美玖の存在を打ち明けたのだ、


...まぁ結果は見ての通り、俺の惨敗だ。

情けなくも甘い言葉であれよあれよと手玉に取られてしまっている。



(「ね、私口堅いよ?私とえっちなことしても誰にもバレなければ大丈夫だよ?私のこと好きにしていいよ?私は優貴が大好きだから、セフレでもいいからシたいの」)



こんな美人にこんなこと言われて断れる思春期がいたら見てみたいね!

口だけなら何とでも言えるんですわ!


あぁ、まぁ結果的に美優さんがいたからこそ、俺の脳が焼き爛れなかったから良かったのかもしれない。

いやまぁ焼けてるけどね。

全焼は免れたのよ。



今の俺の精神状態は正直難解だ。

美玖に対する怒りと悲しみ、罪悪感。

イケメンに対する怒りと嫉妬。

美優さんに対する欲情と罪悪感。

自分に対する失望と開き直り。


それらが絡み合っていて、結局どうしたいのか、どうすればいいのかが全く判断できないのだ。


だから美玖に何も言い出せないまま浮気を眺めているしかないし、美優さんとの関係を精算する気にもなれない。



「んっ...気持ちいいよ優貴」



まぁ気持ちいいからいっか!



◇◇◇



「ね、優貴。彼女さんと何かあったの?」



事後しばらくの時間を置いて、

美優さんがとうとう核心に触れてきた。


デート中も気になっていただろうが、

そこは流石の年上の余裕かあまり触れてこず

聞くタイミングを見計らっていたのだろう。



「...あはは。こんなこと美優さんに言うべきじゃないんで...」


そう、俺のことを好きと言ってくれて、

体まで委ねてくれた人に彼女の相談をするのは流石に鬼畜の所業だってことくらい俺でもわかる。


「私に気遣ってくれてるのかな?嬉しい。

でも私ね、優貴のことなら何でも知りたいんだよ?」


「...」


「ね、優貴?」


「俺、彼女に浮気されてて...。でも俺も美優さんとこうして浮気してるわけで。でも彼女のことは好きで。なんて言うか、どうしていいか分からなくて──っ?」


その溢れんばかりの献身と母性を前に、遂に白状してしまった俺を美優さんが優しく抱きしめてくれた。


「辛かったね、大丈夫、大丈夫だよ。

浮気されて悲しいんだね。

優貴も私とシてるからどうしていいのかわからないんだよね?でも大丈夫だよ優貴。

私と優貴がシてるのは私達しか知らないんだから。バレてない浮気は浮気じゃないんだよ?だから優貴は何も悪くないんだよ?」


「美優さん...」


美優さんの言ってることは暴論だって、

100人に聞いたら100人がそう言うだろうけど

、今の俺には何よりも欲しい言葉だった。


思わず涙ぐんでしまった俺の顔を更に強く、

美優さんの豊かな部分に押し付けるように強く抱きしめてくれた。


「大丈夫、大丈夫だよ。優貴、大丈夫。



──おっぱい揉む?」





あぁ、ご先祖様。

おっぱいは柔らかいですね?

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