第11話 作中作その2

「じゃ、待たせてもらいます。あ、忘れてましたが、これ、肥料」

「まあ、すみません。どうも」

 タニアは満面に笑みを浮かべ、白い布袋を大事そうに受け取った。

 ノルトでは土地がやせているから、肥料は必需品に数えられる。だが、効果

のある加工肥料はオストでしか造れず、値が張る上にその持ち出しも制限され

ていた。

「大丈夫? ばれない?」

「ああ。係の奴が甘いからな」

 間もなく、シックルらが帰ってきた。

「来ているようだな」


「この土地で、今の税は高すぎる」

「せめて、肥料の制限をといてもらわないと、やっていけない」

「材木の切り出しも、今の調子でやり続けると、山崩れの原因となる」

「だいたい、戦功のあるヒネガをこんな僻地に押し込めるのが、気に食わない」

 夜、ヒネガの者は一族の長の家に集まった。不平不満をポルティスに聞いて

もらい、オストへ伝えてもらうためだ。

「……結局は、いつもと同じですね」

 書付けながら、ポルティスは漏らした。

「だが、そうなるのは、あんたがちゃんとオストに伝えてくれんからじゃない

かね?」

 一人が大きな声で言った。ハックル・ジー・チヤ、シックルの弟だ。ポルテ

ィスは、ぐっと詰まる。

「まあまあ、無理を言うもんじゃない。ポルティスは役人じゃないんだから」

 シックルが仲裁に入る。役人にこんなことは言えないな、と思いながら。

「ではポルティス、頼んだぞ」

「はい」

 ポルティスは、前回とはだいぶあたりが柔らかいなと感じつつ、返事をした。

やはり、シックルの力が大きいのだろう。

 これで夜の非公式な会議は終わり、解散となった。が、一人、ハックルは、

帰り際にポルティスに呼びかけた。

「まだ信用した訳じゃないんだぜ」

「弟は相変わらずで」

 シックルは娘ら二人に言い聞かせるようにする。

「他の者は、ほぼ、あんたのことを信用しているがね。ポルティス」

「仕方ないでしょう。所詮、私はアストブの兵に過ぎない」

 苦笑するポルティス。キルティックの方は、心配そうに顔を上げている。

「せめて、ヒネガの人をオストに出せたらねえ」

 叶わぬことと知りながら、タニアがつぶやく。

「もういいでしょ、こんな話は。ポルトは私に会いに来たんだから」

 キルティックは少しばかり目をつり上げ、両親とポルティスの三人をにらん

だ。「分かったよ。部屋に行きなさい」

 親の声全部を聞き取らぬ間に、キルティックはポルティスを引っ張って、階

段を上がった。

「もう大人なのに、うるさいんだから。私達の邪魔して」

 扉を後ろ手で閉めながら言うキルティック。

「大人だから、考えなきゃいけないのかもしれない」

「それは分かっているけど……。あなたが来たときくらい、やめたいのよ」

「そうだね、やめよう」

「ね、この首飾り、シュートの?」

「あ? ああ、そうだよ」

「高かったんでしょう? お金、いいの?」

「平気平気。親に仕送りしなくていい身分だからね」

 六騎士の血縁者は、六騎士に忠誠を誓わせるため、王族の下での生活を強い

られる。しかし、その生活は充分に保障されていた。皇族の出でない六騎士は、

用心のためにこんな目に遭わされる。

「だめ、そんなことを口にしちゃ。また話が戻ってしまうわよ」

「そうだったなあ。じゃあ、神話でもしようか、君の好きな」

「わぁ! でも、この前来たとき、ネタ切れだって言ってなかったかしら?」

 ちょっと意地悪っぽく、キルティックは聞いた。

 それを見たポルティスは、声を出さずに笑ってから、胸を張って答えた。

「心配召されるな、お姫様。ちゃんと仕入れてきたからさ」


「ポルトは彼女に会いに行ってるって?」

 アストブ白の六騎士の一人、ドゲンドルフ・アスト・ヨルフが大声で言った。

きっちりと切り整えらえた髪に見事な髭が、この男の性格を反映している。い

かなる困難も、じっと耐える。彼に持久戦を挑んで勝てる者はいない。それが

定説であった。

「そうさ。またヒネガの女にね」

 オルトン・アスト・ペトリントンは、赤い酒を口に運んで湿してから、ゆっ

くりと受け答えをした。そして、酒よりも赤い長髪をかきあげる。

「エメーゼもフーパもそうだったな。全く、軟弱な奴らだ」

 他の二人の名を上げ、悪口を言うドゲンドルフ。そして続ける。

「我ら六騎士は、威厳を持っていないといかん。かと言って、いつもお馬に乗

っているユストみたいなのも困るがな」

「ふふ。君は立派だよ、ドルフ」

 オルトンは自分の代金をテーブルに置くと、席を立った。

 愛称で呼ばれたドゲンドルフは、一瞬、くすぐったそうな表情をしてから、

「おい、どうした?」

 と聞いた。

「なあに。ちょっと、約束があってね。では、失礼」

「あ。おい、ちょっと待てよ。まだ来たばかりだぜ」

「女を待たせるのは趣味じゃないんでね」

 事も無げにそう答えたオルトンを、呆然としながら見送ったドゲンドルフ。

しばらくしてから、一言、彼は叫んだ。

「……おまえもか!」


 短い休日を終えて、ポルティスはオストに戻ってきた。仲間に、また嫌みを

言われることになるのだろう。そう思いながら。

 旅支度を解いていると、フーパ・アスト・ディクラションが勝手に入ってき

た。

「どうだったのかな?」

 予想通り、最初に来たのはそんな言葉だった。

「いつもと変わりないさ」

 短く答えるが、フーパの方はまだ突っかかって来る。彼は身体が柔らかく、

足も速かった故、騎士という名に似合わず、白兵戦向きに格闘技をたたき込ま

れた男だ。殊に、その脚力は素晴らしく、相当に重量のある鎧を身に着けてい

ても、すばしっこく動き回れる。身体の柔らかさは、性格まで粘着質にしてし

まったようだが。

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