第21話 本当のところとこころ

 桃代は口に運んでいた箸を止め、また声を高くする。

 恵美も続いた。

「あのとき数えたけど、確かに十五枚だった。一枚、少ないわ」

「ふふん。本当は片山さんが奇数と言ってくれるのを期待してたんだけど、そううまくは行かなかった。で、仕方がないから、俺が書いた一枚を付け足したのでした。アンケートは無記名だし、ちょっと筆跡を変えれば、ばれっこない」

「な、何よ、それ」

 恵美と桃代は呆気に取られ、顔を見合わせる。横で、いたずらっぽく笑う津村。

「いつ? ――あ、津村君が、アンケートの箱を取りに行ったときね」

 自分の疑問に、すぐに自分で答を見つけた恵美。

「正解だよ」

「そうかぁ。身体で死角になってたから、素早く入れたら分からないって訳ね」

 桃代は相当、悔しそうである。

「どう? 見事、引っかかっただろ」

 打ち明けた安堵感という奴か、開き直ったように津村は胸を張った。

「……参ったわ。ほーんと、手癖の悪いあんたらしい、見事ないんちきよね」

「手癖が悪いだの、いんちきだの、言ってくれるよなあ。明敏な頭脳により生み出された、素晴らしいトリックと言ってほしい」

「冗談なら、受け付けないよ」

「冷たいやつ。正直に話して、こうやっておごったんだから、もう許してください」

 少し頭を下げてから、上目遣いをする津村。

「どうしようかしら、恵美?」

「え、何で私に話を振るのよ」

「だって、津村クンは、恵美目当てでこんなことしたんじゃないの?」

「ば、馬鹿言うなよ」

 顔を上げた津村。焦りの色に、彼の表情は変わっていた。

「そうなの、津村君?」

 今朝のこともあったので、もう、恵美の方は慣れたものだ。少なくとも表面上は平気な態度で、会話を続けられる。

「……早く、行こう。食べ終わったんなら、早く出ないとな。他の連中が座れるように」

 いそいそと立ち上がる津村だった。


 昼の十二時半ちょうど、美術部の展示室に到着。

「お疲れ。時間だから、もういいよ」

 さっきまでとは打って変わって、副部長然(?)とした態度で、津村は一年生部員二人に言った。

「あーあ、これから一時間、苦行か」

 楽しそうに出て行く後輩達を見送るように手を振りながら、津村はつぶやく。

「あたしと一緒にいるのが、そんなにつらいのかなぁ?」

 早速とばかり、桃代は揚げ足取りに出る。

 津村が楽しそうに反論。

「そういう意味じゃなくて、一時間、動けないことがさ。そうだ、もう一度、賭けないか?」

「ご冗談を。またご自慢のトリックでやられちゃかなわない。恵美だって、どっちを応援していいか、困るでしょうに」

「そんなこと……」

 言い淀んでいると、すぐに桃代の言葉が飛んでくる。

「じゃ、何の悩みもなく、津村を応援するの? ひどいっ。あたしを一人にして、二人で楽しく、また出て行く気なのね」

 もちろん、冗談。桃代の顔には、笑みが絶えない。

「モモちゃん……。あのね、しばらく私が大人しくしてたからって、調子に乗ってるでしょ。その内、しっぺ返しがあるかもよ」

「だあ、くわばらくわばら。人の何とかを邪魔すると、馬に蹴られかねないから気を付けなくちゃ」

「ふふん。とりあえず、思いは伝わったぜ」

 自慢げに、津村が言った。桃代が、また声を高くする。

「何? 思いが伝わった?」

「津村君、何を言ってるのよ。誤解するじゃない」

 慌ててとめさせる恵美。津村は楽しそうに、笑い始めた。

「どういう意味だったの、恵美?」

 桃代の質問に、恵美は正確なところを答えた。つまり、自分が小説を書くのを引き受けたということを。

「なーんだ。そういうこと」

 桃代はがっかりしたような、軽蔑するような、表し難い視線を津村によこす。

「嘘はついていない」

 開き直った態度の津村。

「そりゃそうだけどね。ところで、どうして急に、引き受ける気になった訳?」

 話を振ってくる桃代。

「今まで、書きたがらなかったのは、一応、引っかかっていたものがあって、それが今朝、取り払われたって言うか、吹っ切れたの」

「詳しく聞かせてよ。ちょうど暇だし」

「はいはい。どうせ、暇つぶしですよ」

 すねて見せながらも、恵美は話す決心を固めた。

「これまで、小説を書いたことはないみたいな言い方していたかもしれないけど、本当は、書いたことあるの」

「なーんだ」

 津村の方が、反応を示した。

「じゃ、どうして、隠していたの? 図書部の人達にも言ってないんだろう?」

「ええ。誰にも言わなかったのは、自分一人の力で、どこまでできるか試したかったから、かな。

 最初に、自分でも書いてみようと思ったのは、亡くなった悦子さんが書き始めた頃。私が小さいときから、一緒に遊んでくれてね。あの人の影響力、私にとって大きかったし。

 でも結局、自分で書くのは、一歩が踏み出せず、アイディアを出すだけにとどまっていたわ。そんな一年前、あの学園祭のとき」

 津村の顔を、ちらっと見やる恵美。相手も気付いたらしく、口を開いた。

「文芸の喫茶室で、会ったことを言ってるの?」

「そう。また書いてみようかなって、思い始めちゃったわ。津村君が、あんなに真面目に、楽しそうに話すんだもの」

「……真剣だったさ。今もそうだけど」

 目を逸らし加減に、津村が言った。照れ隠しのつもりなのだろう。

「あのとき、書こうと決心したんだけど、口では裏腹のこと言ってしまって……。自分でもよく分からないんだけど、多分、まだ自信がなかったから。口に出してしまうと、プレッシャーを感じてしまうという意識もあったかも、ね」

「引き受けて、もしも書けなかったとき、津村君に悪いと思ったから……?」

 と、桃代。珍しく、津村に「君付け」をしている。

「うーん、そうかもしれない。うん、きっと、そう。

 それでまた、書かないまま毎日が過ぎて行って……。年が明けてすぐ、悦子さんの事故……」

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