第7話 いやでも気になる

「え?」

「それを原作に、俺が映像化する。いいと思わない?」

「無茶苦茶だわ。読むのは好きだけど、まだ書いたことはないんだもの」

「図書部って、創作もしているんじゃなかった?」

 不思議そうに、津村。

「あ、私はまだ。さっきも言ったけど、書いてみたいなって思うことはあるけど、せいぜい、アイディアを出すとこ止まり」

「可能性の否定はしちゃいけないよ、明智君」

「誰が明智君だ」

 恵美に代わって突っ込むのは、言うまでもなく桃代。

 津村はそれに笑って反応し、さらに続ける。

「書いてみたい気があるんなら、書いてほしい。俺、読んでみたい」

 ここでどうして、書いてみる、と言えないんだろう。

 さっき、津村の話を聞いているときは、自分が原作を書いてみたいと、一瞬でも思ったのに。どうして、やってみると言えないんだろう。アイディアは出してきたが、実際に書いたことがないため、自信が持てないのかもしれない。

「映画にしろ漫画にしろ、誰かの作品を原作として使わせてもらえるとなったら、せいぜい、足を引っ張らないようにしなきゃね」

 桃代が茶化すように言った。

「どういう意味だよ」

「漫画は置くとして、映画、撮ったことあるの?」

「……本物はない」

 やや言い淀んだものの、はっきりと答える津村。

「当たり前でしょ」

「じゃあ、ビデオか何かはあるんだ?」

 きつい言い方の直らぬ桃代に代わり、恵美は聞いてみた。

「いや。ビデオじゃなくて、8ミリさ」

「ハチミリ? 8ミリビデオのこと?」

「そうじゃなくて、8ミリだよ」

 強調して言われても、恵美には何のことだか分からない。8ミリと言えば8ミリビデオに決まっているでしょ。

「だから……説明しにくいな。さっきも言ったけど、俺、今日はスケジュールを組んでいて、時間ないんだ。しょうがないから、今度、暇なときに実物を見せてやるよ。実際に撮ってみようか。それがいい。みんなを撮って、俺の腕を見せてやる」

「そこまでしてくれなくても……」

 興味を示したことが大きくなりそうなので、慌てる恵美。

「いいって。縁川さんだって、井藤悦子さんを紹介してくれるんじゃないの? それであいこ。じゃ、俺、急ぐから」

 と言ってカフェオレの残りを飲み干すと、津村は慌ただしく出て行った。

 元通り、女子三人になってから、恵美は桃代から散々、突っ込まれる目に遭った。「えらく話が弾んでたけど、どこがいいの、あれの?」と。

 おかげで、恵美は桃代に言い出しにくくなってしまった。「津村君の描く絵も、一度、見てみたいね。モモは美術部だから、興味あるでしょ」と。

 決意を固め、冷やかされるのを覚悟で言おうとしたとき……。

「あっ、恵美ちゃん、来てくれたんだ!」

 井藤悦子の声がした。見ると、恵美の兄の優も映研を抜け出してきたのか、並んで立っている。

「遅いじゃない! ここのお代、払ってもらうからね」

 と、意地悪く笑った恵美だが、内心では二つのことで、がっくり来ていた。

 一つは、ほんの少し、早く来てくれれば、この場で津村君に紹介できたのに、ということ。もう一つは――あーあ、言い出せなくなっちゃったじゃない。津村君の描く絵って、どんなのだろう。どんな映像を撮るんだろう。




 優らの大学での学園祭が終わってからのおよそ一月半、津村を井藤悦子に会わせるのと、津村が8ミリで試し撮りするのに都合のいい日は、なかなかやって来なかった。

 いつの間にやら、二学期の期末試験が近付いたのが、第一の理由。

 もちろん、これまでにも候補の日はあったが、そういう日に限って、井藤悦子の都合――主に優とのデート――で、うまくないということになっていた。

 気が付けば、冬休み。休みに入ったからと言って、年末年始は、何かと予定が詰まって、うまくスケジュールがかみ合わないもの。

「これまで気が付かなかったけど、結局ぅ」

 幸枝と二人して、恵美の家に遊びに来た桃代が言った。

 本来、今日は三人で外に出かけるつもりが、あいにくの天気で、急遽変更となっていた。

「同じ日に済ませてしまおうと考えるから、うまくいかないんだよね」

「言われてみれば、そっか」

 あまりに単純なことを指摘され、ぽかんとしてしまう恵美。

「じゃ、今から、どちらか一つ、片づけようかな。悦子おねえちゃんは兄貴とデートだから、絶対に無理。そうなると、8ミリの方だけど」

「こんな天気の日に、撮影できるのかしら。よく分からないけれど」

 幸枝は、窓の向こうを見やる様子。どんより曇った空からは、冷たそうな雨が、ぽつぽつと落ちて来ている。

「家の中で、できるんじゃないの?」

 スナック菓子を頬張りながら、桃代が言った。

「できるにしても、こんな日に、いきなり、津村君を呼ぶのは……」

 気を遣う幸枝。

「かまわない、かまわない。呼べば、喜んで来るわよ。美人が三人も揃っているんだから」

 冗談なのか本気なのか、桃代は、きししと笑っている。

「よく言うわ、モモ。ここは私の家ですよ。お分かり?」

 恵美の抗議。

「あー、そうだった」

「お母さん、いるのよ。そこへ、唐突にクラスの男子を呼んだら、何かとうるさく聞かれるかもしれないじゃない」

「あんたのお兄さんと悦子さんとは、認めてもらってるんでしょ?」

「それとこれとは、全然、話が違うって」

「そうかなあ」

「私、津村君と特に親しい訳じゃないんだから」

 恵美は断固として主張する。

「親しさの度合はモモの方が深い。中学のときから、知ってるんでしょ?」

「それはそうだけど、この前の学園祭のとき、ミドリが一番、話が弾んでいたじゃない。ねえ、ユキもそう感じなかった?」

「……あたしは、二人共、よく喋れるなあって、感心していたわ」

 桃代から話を振られた幸枝は、少し考えるようにしてから、さらっと答えた。

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