第14話焼きおにぎりと転移勇者3
「君は誰?」
陸からの問いかけに少女はキョトンとした顔で首を傾げた。
「あれ?僕の言葉が分からないのかな?」
「分かるよ?」
「えっ!?聞こえないフリしたの!?」
ショックを受けたような陸をおかしそうに笑う少女の声は鈴の音のように可愛らしかった。
「ごめんね?ここに人が来るなんて今までなかったから驚いちゃった。私はスノウホワイト。スノウって呼ばれてるよ」
「僕は陸、よろしくねスノウ」
「うん。よろしく」
握手しようと差し出された陸の手を不思議そうに見たスノウは、悩んだ挙句に陸の親指を握った。触れたスノウの手は雪のようにひんやりとしている。
「これ、どういう意味があるの?」
「違うよ!握手はこうやるんだ。こうやって手を握って、よろしくって挨拶するんだよ」
「そうなんだ。人間って変なことするんだね」
「スノウは人じゃないの?」
「うん。私は氷の精霊なんだ」
正体を告げたスノウはどこか自慢げな顔をしている。そんなドヤ顔が可愛くて陸はついつい見惚れてしまった。
「顔赤いよ?暑いんじゃない?」
「いやいや寒いくらいだよ。ってそうだ!寒がったら雪だるま達にここへ連れてこられたんだ!」
しかし振り返るとあれだけいたはずの雪だるまが全て居なくなっていた。
「あの子達は悪戯好きだから。陸は寒いんだね。温泉入る?」
「入りたいから少しだけ違う場所に行っててくれると嬉しいんだけど」
精霊とはいえ女の子の前で裸になるのは抵抗がある。そんな陸の様子を見て、スノウは得心がいったと手を叩く。
「大丈夫。私は気にしないから」
「僕が気にするんだよ!……へっくしゅん!」
「ほら。早くしないと風邪ひいちゃうよ?」
「うう」
寒さには堪えきれない。恥ずかしそうに服を脱いでいる陸をなぜか笑顔で見ているスノウ。裸になったのを確認したスノウは指先をくるりくるりと回す。すると陸に冷たい風が吹きつけた。
「ちょっと!やめてよスノウ!」
「ほらほらー。早く入らないと凍っちゃうよー?」
たまらず温泉に飛び込んだ陸をスノウはおかしそうにケラケラと笑っていた。陸はワニのように顔だけ出して恨めしそうにしている。飛び込んだ時に出た水飛沫が冷やされて霧となりキラキラと輝いた。
「私はこれが好きでよくここに来るんだ」
スノウは足だけ温泉に浸けるとお湯を蹴り上げる。二人を包むダイヤモンドのような霧の中で、陸にはスノウが一段と輝いて見えた。
「ね?綺麗でしょ?」
「……うん。すごく綺麗だ」
「陸も気に入ったみたいで良かった。ねぇ。陸は冒険者なんだよね?なにか楽しい話を聞かせてよ」
「僕はスノウが期待してるような冒険をしてないよ」
陸が倒してきたのはホーンラビットだけ。そんな全く誇れない冒険譚ではスノウも面白味がないはずだ。
「それでもいいの。私はずっとここにいたから。だから外の世界ってどうなってるのかなって気になったんだ」
「まぁそれなら。でも本当に面白くないからね!」
陸が話すのは最弱の魔物であるホーンラビットの話だけ。それなのにスノウは心から楽しそうに聞いていた。初めて倒した時の話をすれば凄く喜んで、死闘を演じた話をすれば緊張の面持ちでゴクリと喉を鳴らす。
そんな時間が楽しくて陸は長い間話をしてしまった。長風呂のせいで目の前がぐにゃりと歪んでいる。
「その時ホーンラビットが突進してきてぇ。あれー?スノウが二人いるぞー?」
すっかりのぼせ上がった陸は目を回して倒れると、プカリと温泉に浮かび上がった。
「なんだろ。柔らかくて気持ちがいいや」
目を覚ました陸は後頭部を支える幸せな柔らかさを堪能する。その枕はほんの少しひんやりしていて、のぼせていた陸にちょうど良い。
「あ、起きた」
聞こえてきた声に目を開けると陸の顔をスノウが覗き込んでいた。慌てて飛び起きてスノウを見ると、ちょこんと正座をしている。どうやら湯あたりで気を失った陸をスノウが膝枕してくれていたようだ。
「魔法で冷たさを和らげてるけど寒くない?それとごめんね?私が話を聞きたいって言ったから」
「ううん!僕の方こそ膝枕をさせちゃってごめん!温度はちょうどいいよ。それに話をするのは楽しかった。こんなに話をしたのは久しぶりで、本当に嬉しかったんだ」
この世界に来て今が一番楽しかったと陸は自信を持って言える。下手すると人生で一番楽しかったかもしれないほどだった。
「そうなの?私も今まで話したことがあるのはオーナーくらいだから凄く楽しかった!」
「え。寂しくはなかった?」
「うーん。どうだろ。今まではそれが当たり前だったから、寂しいなんて考えもしなかった」
自分が寂しかったのか唇に指を当てて考えるスノウ。だがやはりスノウが寂しいと感じた事はこれまで一度もなかった。やはり人と精霊は違う生き物なのだと思う陸にスノウはでも、と話を続ける。
「この後陸が帰ったら寂しいなって感じるかも」
その言葉に陸の目にはハートの弓矢を構えた天使の姿が見えた。放たれた矢は寸分違わず陸の心臓を射抜いていく。反則だろうと思った。こんなにも可愛い見た目で、少しだけ天然っぽくて、そして勘違いするような発言をされて。これで平然としていられるほど陸は恋愛経験を積んでいない。
「帰っても絶対また来るよ!何度だってスノウに会いに来る!」
立ち上がった陸はスノウの目を見て言い切った。ぽかーんとしていたスノウだったが、なぜかくすくすと笑い始める。
「え。なんで笑ってるの?」
「だって。陸は今裸だよ?さっきまで恥ずかしがってたのに、急に大胆だなっておかしくなっちゃった」
スノウの言葉に固まった陸は、油の切れたブリキ人形のようにギギギと下を向く。当然さっきまで温泉に入っていたのだから裸だった。
「いや!ちがっ!そういうことじゃなくて!」
「だから気にしないって。それよりもここに来るのは大変だよ?ここはプレミアムルームだから、来るためには金以上の招待状が必要なんだ」
「それでも!頑張って見つけてスノウに会いに来るよ!それまでに自慢できるような冒険譚を沢山用意して!スノウが満足するまで聞かせてあげる!」
「私って実は欲張りだよ?だからもっと聞かせてって何回も言っちゃうかも」
「その時はもっともっと楽しい話を用意する!」
だから芽吹けと強く願う。目の前の子を笑わせられなくてなにが勇者だと陸はスキルに問いかける。
「本当に待ってていいの?」
「うん。絶対会いに来るから」
「ありがとう!陸を信じて待ってるね!」
スノウの大きな目から涙が一筋こぼれ落ちる。キラキラと輝く雫が雪に落ちると、そこから大輪のクリスタルの花が咲き乱れた。
「綺麗だね」
幻想的な光景の中でスノウが陸の手を握る。今度は親指を握る事はなかった。そのまま二人は時間を忘れて話し続けていた。
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