第6話 冤罪

 仏壇があった所を覆うように壁を作ったのか・・・壁の裏には何があるんだろう。おばあさんのせいですっかり居間の居心地が悪くなってしまった。それまでは、日当たりのいいその場所が好きだったのに、今では不気味な何かが壁の中に封じ込められている気がして仕方がなかった。


「遅くなると息子さんが心配しますから」

 俺は一刻も早くおばあさんを追い出したかった。

「せっかく来たからちょっとだけここにいさせて。お願い」

 しつこいババアだなと俺は苛々した。俺の返事も聞かないうちに、おばあさんは女座りで床に腰を下ろしていた。

「わかりました。じゃあ、お茶もって来ますから、待っててください」

 俺は台所にお茶を取りに行った。お茶と言ってもドクダミ茶で、決しておいしい物ではないが、バアさんは俺と会ってから一度も水分を摂ってない。脱水症状になっているかもしれない。お年寄りは水分を取るのを忘れてしまうから、積極的にお茶なんかを飲んだ方がいいと聞いた記憶がある。俺はまずガスでお湯を沸かした。俺は文明の利器が好きじゃないから、電子ケトルなんて使わないし、電子レンジもなかった。お陰でお湯が沸くまでに、結局、十分近くかかってしまった。


 俺がお盆に湯呑を持って今に戻ると、そこには驚愕の光景が展開されていた。

 お婆さんが何と素っ裸で床に寝ていたのだ。


「何してるんですか⁉」俺は叫んだ。

「あんたもこっちおいで」

「はぁ?いやぁ・・・僕はそんなつもりじゃないんで」

 俺はその人が痴呆症だということに初めて気が付いた。

「いいから。いいから。車に乗せてもらったお礼」

 なんだ、まともじゃないか。それにしても、八十代後半になっても、まだ性欲っていうのはあるんだろうか。それとも、本気で男をもてなそうとしてるんだろうか。

「お礼なんていいですよ」

 そうだとも。こんなのお礼じゃなくてむしろ罰ゲームじゃないか。しかし、おばあさんが本気で言ってくれてるなら、失礼にならないようにしなくては。

「僕は純粋にお役に立てればと思っただけですから」

「いいの。いいの」

 おばあさんは立ち上がって俺の太ももにしがみついて来た。

「やめてください!」

 俺は大声を出してしまった。おばあさんはびっくりして手を止めた。どうやらプライドを傷つけてしまったようだ。

「いや!やめて!助けて!」

 いきなり叫び出して、俺に噛みつこうとした。「離してください!」俺は振り払うとおばあさんはよろけて倒れてしまった。

「すみません。早く、服を着てください」

「助けて!やめて!息子を呼んで!」

 俺はおばあさんに服を着せようとしても、どうしても言うことを聞かなかった。俺は連絡したくなかったが、おばあさんがすっかりおかしくなってしまったから、仕方なく息子に電話を掛けた。その人はちょっと離れた場所で道路工事をやっていたはずだが、すぐ来れないということで、役場で働いている弟に連絡してもらい、これから向かわせるということになった。


 おばあさんは相変わらず裸のままで床に寝転がっているから、俺は二階の部屋から毛布を持って来てやった。

「何でこんなことをしてるんですか?」

 俺は責めるようにその人に言ったが、その人は何も言わずに黙っていた。やはり、痴呆症らしかった。


 それから三十分くらいして、玄関ががやがやとうるさくなった。俺がその場に行くと、そこにいたのは、役場に勤める次男だったが、そのほかに近所の人や警察官もいた。なぜ警察が来たんだろうと俺は不安になった。俺がおばあさんを倒してしまったのは暴行罪に当たるかもしれない。しかし、どうせ痴呆症だからおばあさんのいうことなんか誰も信じないだろうと高を括っていた。


「すいません。おばあさんが服を脱いでしまって」俺は説明しようとしたが、その人たちは冷たい目で俺を見ただけで、玄関で靴を脱ぐとドスドスと中に入って行った。

「母さん!何があったんだよ」

 息子が悲鳴を上げる。

「あの人が私に遅いかかって来て。服を脱がされて、犯されたんだよ」

「なんだって!」

「そんなことしてませんよ」

 俺は全力で否定したが、警官は俺の前に立ちふさがった。

「逃げても無駄ですよ。お話聞かせてもらいましょうか」

「母さん、どうしたの?この血は?」

「あの人にやられたんだよ」

 おばあさんは息子に耳打ちした。

「そんな・・・」

 息子はお母さんに服を着せていた。何だか変な空気になっていた。

「その男は母さんの膣に木の棒を入れて出血させたんですよ」

「はぁ?そんなことしてませんよ。自分でやったんですよ」

「自分でそんなことする人がいるわけないじゃないですか!嘘つき!変態!宇井さん、早く捕まえてください!」

 俺は強制性交で逮捕されたしまった。


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