episode 008
これまで任務以外の私情で殺人を犯したことはなかったし、しようとも思わなったが、今はやる気満々だ。
感情をコントロールすることを叩き込まれていたので、大概のことでは感情が揺れることのなかった自分なのに、自然に怒りがこみ上げてきた。
なぜもっと早く殺してやらなかったのか・・・。
自分が長くは生きられないことがわかって初めて、殺すことを決めた自分が情けなかった。
そのクズ野郎がやってくるのは、人目につかいない時間帯に違いない。
場所が墓地なので、ほぼ間違いなく深夜ではなく早朝だろう。
翌日から私は日の出少し前にサンダーグレーメタリックの愛車ボルボXC90 Rechargeで平和公園に出向き、警告書がくくりつけられていた樹木あたりに停車し、エンジンを切り、気配を消してクズ野郎を待った。
5月に入ったとはいえ、早い時間はまだ寒い。
仕事をする時に体を冷やしてしまうのは大敵だが、長袖Tシャツの下にCIA特製のボディースーツを着込んできたので、薄着でも問題はない。
ヒートテックに、宇宙服の素材を織り込んだようなこのスーツは、伸縮性抜群で軽い上に通気性を兼ね備えている。
こういった製品は、いずれ民間にも普及し日本の都会程度の冬であれば、外出時もコートなどは必要がなくなるのかもしれない。
平和公園内の道路は、幅員が広く両脇に車が停まっていても余裕を持って通行できるにも関わらず一方通行規制の外周路以外は、アリの巣観察キットで見られるような形状で道路が入り組んでいる。
私が待機している警告書が樹木にくくりつけてあったあたりは、メタセコイヤ広場の北側の路上。
メタセコイヤ広場は、1周600mm程度のトラック状の周回路の内側に芝生に覆われた穏やかな丘陵があり、天気の良い週末は季節を問わず家族連れで賑わうデーキャンプ場と化す場所だ。
道路の広場側は背の高い樹木が並んでいるが、反対の墓地側は腰くらいまでの低木がメインで植えられ、高い樹木はポツポツと言った程度。
その向こう側が歩道になっていて、更に墓地群が続いている。
道路は地域住民の駐車場代わりに使われて路上駐車が取り締まられることはなく、夜から朝にかけても数台の車が駐車されているのが常で、明け方に私が車を止めていても違和感はない。
監視を初めて三日目、日が昇って15分ほど経つとクズ野郎らしき男がやってきた。
2頭のドーベルマンのリードを右手に束ね、上下黒のジャージ姿、短髪に黒いキャップを被り、薄い色のサングラスにサンダル履きでいやらしい顎髭を生やした50歳手前くらいの絵に描いたようなヒールの登場だ。
どうやらこいつで間違いないらしい。
リタイヤしたとは言え、殺しのプロフェッショナルとしての私の嗅覚が反応した。
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