第37話 身勝手な願いと破滅

「はい。こちらが今回の報酬、34万ゴールドです。大金なので管理には気を付けてくださいね」

「おお……結婚資金がこんなに……」


 俺の実家で結婚の許可をもらってから数日後、俺たちはロレーニアに戻った。

 エンジニアトロールが討伐難易度の高いモンスターってことは知ってたけどさすがに30万越えは王都に家建てれるぞ……。


 予想外のコインタワーを前にして感心していた俺たちに呆れたのかフレンはため息をついた。


「はいはい。結婚だののろけだの知りませんがよそでやってください。それよりもこっからは真面目な話をしたいんですけどいいですか?」

「何?」

「先日、マッドとかいう白衣を着た男がアイクさんについて尋ねてきました」

「マッドが!? クソ、バレたか……早く準備を終わらせないと……」


 マッドに手紙を出す前にルートヴィヒを処理したのに……遅かったか……

 あいつらが攻めてくるのを迎撃しても意味がない。

 俺らの目的はナノマシンの研究を阻止し歯車病を直すこと。マッドたちは障害に過ぎない。

 用があるのは研究所だ。


 フレンはやってやりましたと言わんばかりにその豊満な胸を張った。


「金、身体、あらゆる最低な手段で迫られましたけど、アイクさんについての情報は何一つとして漏らしていません! アイクさんもシルヴィアさんも研究所と因縁があるとおっしゃっていたので怪しいと思ってたんですよね」

「ありがとう。証拠を確定させなかっただけであいつらのロスになる……!」

「ここまでするのはアイクさんのためだけですよ? 今度何かご褒美でもくださいね?」

「むう、アイク様は私のですからね……!」

「今度飯でもおごるから」


 礼を言ってフレンと別れたのち、一旦宿に戻ろうとドアへ向かうと、勢いよくドアを開けて飛び込んできた人影が目の前に迫った。


「すみません……ってアイク!?」

「メリッサ!? なんでここに……!」

「マッドから逃げてきたの。彼、もう自分以外人間って思っていないみたい」


 突如として現れたメリッサはひどくみすぼらしい格好をしていた。

 全身が泥と砂で汚れていて命からがら逃げてきたことを物語っているようだった。


 どうも、やっとマッドの性格を理解したらしい。

 話を聞いてみるとメリッサはマッドが自分以外の人間を自分の名誉、地位のために尽くすだけの存在としてしか見ていないことに気づき、嫌気がさしたらしい。


「そういうことなの。私もあなたと同じ使い捨てだった。でもあの人は使い捨ての私が逃げることを許さなかった」

「で? 俺にどうしろと? もうお前たちとは話をしないつもりなんだが?」

「同じ捨てられたもののよしみでかくまってくれないかしら? 今追われてるの。もちろん見返りは用意してあるわ」


 同じ捨てられたもののよしみ? 

 そんなもの存在しない。


「断る。他当たってくれ」

「なんでよ!? もう隠れられる場所がここしかないの! 研究所から持ってきた計画表とレポートあげるから! それとも愛人でもなんでもなるわよ!? ね? お願い!」

「アイク様に愛人だなんてこのメス……!!」


 フーッ! と怒りをあらわにしてうなるシルヴィアを片手をあげて止める。


 追われてる理由、盗んだからじゃね?

 そもそも俺がメリッサの頼みを聞く義理も恩もない。

 顔の前で両手を合わせて懇願するメリッサを正面から見据える。


 こいつもマッドと同様、身勝手の極みにいる人間だな。

 反吐が出る。


「もう一度言おう。結論は変わらない。断る」

「私の差し出せるものは全部差し出したのよ!? なんで──」


 書類と自分自身を交互に指さすメリッサ。

 そうだな。お前が差し出せるものは全て差し出したんだろう。

 だけど何もかも差し出せば受け取ってもらえるわけではないからな。


「まず俺は愛人なんていらない。他人に媚び売りまくるお前とは違って俺は俺のことを好きでいてくれるただ一人の女性を愛し続けるって決めてるんだよ」

「じゃあ、アイクには手を出さないからかくまってよ! ほら、実験レポートも──」

「黙れ。まだ話途中だろうが」

「ぐっ……」


「二つ目、マッドがお前をヒトとして扱ってないだと? その態度、お前たちが俺に向けていた態度と何が違う? 自分の欲望を優先して、常人では処理できない量の仕事を押しつけ、休憩も与えず飯も食わせず働かせていたお前たちと何が違う?」

「私はマッドに指示されただけで何も……!」

「何も? その指示に加担しているだけでお前も同罪なんだよ。さっさとあきらめろ。俺はお前に協力する気はない。ああ、通報しておくからな?」


 呆然と立ち尽くすメリッサの横を抜け、ドアへと向かう。

 ただ少し自分の立場が悪くなっただけで逃げ出すような奴は気に入らない。

 俺が今まで受けていた仕打ち、立場のつらさを良くかみしめて、残りの人生を過ごすんだな。


 ようやくマッドたちの研究所に乗り込める。変な邪魔が入ったけど、準備、覚悟、すべてが万端になった。

 ここからが俺とマッドの最終決戦だ。


 後日聞いた話によるとメリッサは無事王国軍に捕まったらしい。

 機密情報の持ち出しにより、国王の命令で即刻処刑されたそうだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る