第14話 絶望となすりつけ合い【マッド視点】

「いやだあああああ!!! 痛い痛い痛い痛いいだああい!!! 死ぬううううう!!! じにだぐないいいいいい!!!」


 あまりの痛みに、俺はベッドから転げ落ちて床をのたうち回っていた。

 城の医務室に運ばれた俺だったが、もはや死ぬことすらできずただただ絶望していた。

 おとなしくベッドに寝ていることもできない。

 しばりつけられても大暴れしてしまったため床に放置されていた。

 くそ……なんで俺がこんな屈辱的な状況に……!


「マッド! 大丈夫!?」


 メリッサが病室に来て、俺に駆け寄ってくる。

 しかし、床でのたうち回る俺とあきれ顔の医者どもを見比べるだけで近づこうとはしない。


「大丈夫に見えるかああああああああ!!! 」

「マッド! 落ち着いて!」


 ずっと痛みが引かず、俺は叫び続けた。

 しびれを切らした看護婦が俺に薬物を投与する。

 何やら説明されてもよくわからない薬物だったが話せる程度の痛みに軽減してくれたようだ。。

 一応まだ体のバランスは悪い。回復しただけましだろう。


 腕を一本失った影響はすさまじいものだった。


「な、なにが起きたの……!?」

「それが……ナノマシンをあの女に投与した瞬間……俺の腕が溶けたんだ……ほんの一瞬で」


 どういう理屈かわからないが、今までの実験では何の問題もなかったのに国王の前で発表したあの時だけすべてが失敗したのだ。

 具体的な原因はわからないが、とにかく今俺はピンチだった。

 いや、俺たち全員が……か。


「なんで……なんであの時だけ失敗したのよ……!?」

「絶対アイクだ……あいつが細工したんだ……! あの無能がっ……!」


 今まで人にけがをさせるような失敗なんてなかったのに……! あいつ、いつ細工しやがった……!



 ◇



 その後──。

 ルイもやってきて、俺のベッドの正面に置かれたソファに座る。

 みんな俺を心配してやってきたらしいがどことなくよそよそしい雰囲気を醸し出していた。

 おそらく、不安を隠しきれていないだけだろう。

 当然だ。

 俺たちは、国の重役、実力者たちの前で大恥をかいたのだから。

 いや、まだ彼らに大恥をかくのはいい。


 実際は俺はもっととんでもないことをしでかしてしまったのだ。

 国王の期待を裏切り、俺たちを指名した国王にも恥をかかせ、国王の顔に泥を塗ったのだ。

 それは決して許されることではなく、処罰は免れないだろう。

 取り返しのつかないことをしてしまったのだ。

 俺は人生最大のチャンスをドブに捨てた。

 人生最大の失敗によって……。


「私たち……これから仕事探さないといけないわね……」

「は? ……どういうことだっ!?」

「どうもこうもないぞマッド!! 貴様我が王に恥をかかせおってええええ!!!」


 そんな叫び声と共に、駆け込んできたのは先ほどの発表会で司会をしていた大臣だった。

 たしか名前はオレンヌとか言ったはず。

 どこかの貴族らしく無駄な肉と装飾品にまみれている。

 彼は鬼の形相で、ズカズカと俺に近寄ってきた。

 そして俺に片腕がないことなんかお構いなしに、襟をつかんで床に引きずり落した。


「国王様の前で何たる醜態!! あの場に関わった全員の首が飛ぶんだぞ!! もちろん私もだ!! ふざけた実験なんぞでよくも失敗しやがったなこのクソガキがあああああ!!!」

「くっそ……」


 クソむかつくけど言い返す言葉もない……。

 俺が自信満々に失敗したことは紛れもない事実なのだから。

 そんなことは俺自身が一番よく理解している。

 でも俺のせいじゃない……! 全部あいつのせいなんだ……!


「なぜ失敗した!! 大丈夫だって言ったじゃないか!!」


 けが人である俺に馬乗りになるオレンヌを見かねて、


「ちょっと!? マッドはけが人なのよ!? やめてあげて!」

「黙れ小娘!! こんな災厄なんぞ死んでもかまわん!! むしろ死ね!!」


 メリッサにはまだ俺のことを気にかけてくれるやさしさは残っているようだ。

 もはや誰からも見放される覚悟はできている。

 だけど、まだ終わっちゃいないんだ……。

 ここであきらめたら俺の人生が終わってしまう。

 なんとしてでも汚名を返上しなければ……。


「実験に失敗はつきものよ! そのくらいあの観客なら……!」


 メリッサがオレンヌの説得をし始めた。

 だがしかし、俺は目くばせをして、メリッサを黙らせる。

 ここで言い訳をしても研究者とは程遠いこいつが理解するはずもない。

 それに俺たちが失敗したということが事実だと知られれば俺たちの研究は打ち止めになってしまう。

 俺たちが国王に指名されるようになったのは俺たちの研究があってこそだ。

 絶対に研究だけは守らねば。


 今回の事件は実験の結果が予測したより大規模だっただけ、試作品の故障も新たな機能が発見された。そういうことにしておこう。

 そうでなければただ失敗した3流に格下げされるだけじゃすまなくなる。

 そうなったらただのゴミ人間として捨てられるだけじゃないか……!


「あの実験は失敗なんかじゃない……!」


 俺は、か細く乾燥した声で、絞り出すように言った。


「ふん、そんなことほざいたところで信じる奴がいるかあ!! 貴様の身体を見てみろ! 結果は明白だろう!!」


 俺の訴えを一刀両断して、オレンヌは満足したのか、来た時と同じようにドタドタと帰っていった。

 さすがに今の状況だと信じてもらえないか……。

 どうにかしてあの実験を成功だと思わせるような状況を作らないと……。

 今は回復に専念して解決策を探っていこう。


「マッド! どうしてあんな嘘を言ったの!? 観客も国王も絶対失敗だと思ってるのに! これ以上あがいたって……!」

「馬鹿、今はだ。まだナノマシンのストックはある。どうにかしてナノマシンの実験だけは成功だったと思わせられるはずだ! 今は耐えるんだ……! くそっ、アイクめ……!!」

「……できるの?」

「やるしかないんだよ!! あの実験のデータは!? 解決策のヒントがあるはずだ……!!」


 耐えろ……! 耐えるんだ……! どんなにむかついてもすべてアイクへの憎しみに変えていけ!! 全部あいつのせいだ!!

 一回の実験の結果などあの忙しい奴らのことだ、すぐ忘れるだろう。

 一度の失敗くらいでくよくよする必要なんてない。

 まだ終わっちゃいないんだ……!!



 ◇



 全ての責任をアイクに押し付けていったマッドたちを待ち受けていたのは自分たちの日ごろの行いの尻拭いだった。

 アイクへの復讐に走ってしまった彼らの状況はさらに悪くなっていくのであった──。


──────────────────────────────────────

【あとがき】

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